第21話 足りないもの
赤は完成した。
少なくとも、この世界の人たちはそう思っている。
ミアも。
市場の人たちも。
この前施術した女性も。
みんな綺麗だと言ってくれた。
それは嬉しい。
本当に嬉しい。
けれど。
「まだなんだよなあ」
リナは自分の爪を見ながら呟いた。
窓から差し込む光を受けて、赤色ははっきり見える。
色そのものには満足していた。
問題は別にある。
艶だ。
前の世界で見ていたネイルは、もっと光を受けていた。
もっと自然に輝いていた。
色だけではない。
艶があるから綺麗だった。
その違いを知っているのは、今のところリナだけだった。
昼過ぎ。
ミアが食堂の掃除をしている。
リナは何となく声を掛けた。
「その爪、どう?」
ミアは手を見た。
赤色はまだ残っている。
「気に入ってます」
即答だった。
「本当に?」
「はい」
ミアは笑う。
「最近、つい見ちゃうんです」
その言葉にリナも少し笑った。
前にも聞いたことのある反応だった。
爪を見る。
手を見る。
それだけで少し気分が変わる。
ネイルにはそういう力がある。
ただ。
リナの視線は別の場所を見ていた。
光の当たり方。
表面の見え方。
そこが気になる。
「どうかしました?」
ミアが不思議そうに聞く。
「いや」
リナは首を振る。
「もっと綺麗になると思って」
ミアは少し考える。
「十分綺麗ですけど」
その答えは予想通りだった。
ミアにとっては十分なのだ。
市場の人たちも同じだろう。
けれどリナは納得できない。
職業病かもしれない。
前の世界を知っているからかもしれない。
それでも気になってしまう。
ミアは再び掃除へ戻っていった。
リナはしばらく食堂を見回す。
最近は施術を希望する人が少しずつ増えていた。
最初はミアだけだった。
その次は市場の女性。
そしてまた別の人。
まだ多くはない。
だが確実に増えている。
最初は裏庭で十分だった。
けれど人が増えるにつれ、落ち着いて作業できなくなってきた。
そこで宿の主人が使っていない空き部屋を貸してくれたのだ。
「どうせ空いてるんだから使え」
そう言われた時は少し驚いた。
だが今では研究も施術も、その部屋で行っている。
小さな机と椅子しかない部屋だったが、リナには十分だった。
夕方。
宿の仕事を終えたリナは部屋へ戻った。
机の上には赤の試作品が並んでいる。
完成品もある。
失敗したものもある。
その中の一つを手に取る。
光へかざす。
やはり艶がない。
色はできた。
だが完成ではない。
その事実だけは変わらなかった。
窓の外では夕日が沈み始めている。
赤い光が部屋へ差し込む。
その光を見ながら、リナはふと思った。
色は作れた。
なら。
艶も作れるのではないか。
根拠はない。
方法も分からない。
けれど保湿軟膏もそうだった。
赤もそうだった。
最初は何も分からなかった。
それでも形になった。
なら次もきっと同じだ。
リナは机の上へ試作品を戻す。
そして紙の端へ短く書いた。
『艶』
たった一文字。
だが次の目標としては十分だった。
部屋の中は少しずつ暗くなっていく。
それでもリナの頭の中には、新しい課題がはっきり浮かんでいた。
赤の次は。
艶だった。




