第17話 赤
その日、リナは朝から部屋にこもっていた。
机の上には見慣れた道具が並んでいる。
試作品の容器。
木の実。
油。
何度も試した材料。
失敗した配合もある。
途中で諦めたものもある。
机の隅には、もう使わなくなった容器がいくつも置かれていた。
リナは小さく息を吐く。
そして目の前の容器へ視線を落とした。
昨日作ったものだった。
今朝もう一度試した。
結果は悪くない。
むしろ良い。
だからこそ慎重になっていた。
本当に良いのか。
見落としていることはないか。
何度も確認する。
そして最後に、自分の爪へ塗った。
薄く。
丁寧に。
乾くのを待つ。
窓際へ移動する。
光にかざす。
赤が見えた。
綺麗な赤だった。
濁っていない。
ムラも少ない。
何より、爪の上に乗っている。
リナはしばらく何も言わなかった。
ただ眺めていた。
前の世界なら特別なものではない。
もっと綺麗な色もあった。
もっと鮮やかな色もあった。
それでも。
この世界で。
この材料で。
ここまで来た。
それが嬉しかった。
「できた」
誰もいない部屋で呟く。
自然と笑みが浮かんだ。
保湿軟膏とは違う。
生活に必要なものではない。
なくても困らない。
それでも作りたかったものだ。
リナは立ち上がった。
部屋を出る。
見せたい相手がいた。
階段を降りると、一階の食堂では昼の準備が始まっていた。
ミアがテーブルを拭いている。
「ミア」
「はい?」
呼ばれて振り返る。
リナは近付いた。
「ちょっと見て」
そう言って手を差し出す。
ミアは素直に覗き込んだ。
数秒。
黙って見つめる。
「赤いですね」
第一声はそれだった。
リナは思わず笑ってしまう。
「うん」
「前より綺麗です」
「そう思う?」
「思います」
ミアは真面目な顔で答えた。
お世辞ではない。
本当にそう思ったのだろう。
リナは少しだけ肩の力が抜ける。
「完成したんだ」
「完成?」
「作りたかったもの」
ミアはもう一度爪を見る。
赤い色。
ただそれだけだ。
けれど今までの試作品とは違うことくらいは分かった。
「おめでとうございます」
素直な言葉だった。
リナは少し照れくさくなる。
「ありがとう」
ミアは嬉しそうに笑った。
何がすごいのかは分かっていないかもしれない。
それでも喜んでくれている。
それで十分だった。
食堂の窓から光が差し込む。
その光を受けて、赤色が小さく輝いた。
リナは自分の爪を見る。
まだ理想には遠い。
艶もない。
青もない。
けれど確かに一つできた。
この世界にはまだ存在しなかったものが。
その事実だけで、胸が少し温かくなった。
ミアは再び仕事へ戻る。
リナはその背中を見送りながら、自分の指先を見つめた。
そして静かに思う。
次は誰かに塗ってみよう。
その考えは、ごく自然に浮かんでいた。




