第16話 あと少し
昼過ぎ。
食堂の片付けを終えたミアは、窓際の席を拭いていた。
そこへリナがやって来る。
珍しく少し疲れた顔をしていた。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫」
そう言いながら椅子へ腰を下ろす。
大丈夫ではある。
ただ、この数日はずっと考え続けていた。
爪に色を残す方法。
どう見せるか。
どう塗るか。
何を混ぜるか。
頭の中がそればかりだった。
ミアは水の入った木のコップを差し出した。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
リナは一口飲む。
冷たい水が心地良い。
ふと視線を落とすと、自分の爪が見えた。
親指の爪には薄く赤色が残っている。
以前のようなムラは少ない。
色も落ち着いてきた。
まだ満足ではない。
だが、最初の頃よりずっと良かった。
「それ」
ミアが指差した。
「また赤いですね」
「うん」
「前より綺麗です」
何気ない一言だった。
リナは少しだけ目を丸くする。
「そう見える?」
「見えます」
ミアは迷いなく答えた。
リナは爪を見る。
確かに前よりは良い。
自分でもそう思う。
ただ、自分の基準が高すぎるのかもしれない。
元の世界では当たり前に見ていたものだ。
だから満足できない。
けれど、この世界の人から見れば違うのだろう。
「ありがとう」
素直にそう言った。
ミアは少し照れたように笑う。
その後、リナは部屋へ戻った。
机の上には試作品が並んでいる。
容器の数も増えていた。
失敗したもの。
途中でやめたもの。
少しだけ可能性がありそうなもの。
全部違う。
リナは一つの容器を手に取る。
最近試している配合だった。
爪へ薄く塗る。
乾くのを待つ。
光にかざす。
少しだけ息を止める。
悪くない。
むしろかなり良い。
赤色も残っている。
表面も以前より滑らかだ。
思わず笑みが浮かぶ。
もちろん完成ではない。
まだ足りない。
だがようやく見えてきた。
どこへ向かえばいいのかが。
それが嬉しかった。
夕方になり、窓の外が赤く染まり始める。
リナは窓際へ立った。
空の色を見る。
綺麗だと思う。
前の世界でも。
この世界でも。
綺麗なものは綺麗だ。
ふと自分の爪を見る。
そこにも小さな赤がある。
まだ理想には届かない。
それでも今までで一番近かった。
リナは小さく息を吐く。
「あと少し」
誰に聞かせるでもなく呟いた。
その言葉は、不思議なくらい自然に口から出ていた。




