第13話 赤を探す
市場で買った赤い実は、机の上に置かれたままだった。
籠に入ったままでも、色だけはやけに鮮やかに見える。
リナはそれをしばらく眺めていた。
(試してみるか)
リナは実を一つ手に取った。
軽く潰す。
皮が破れ、赤い汁がにじみ出る。
リナは自分の爪に視線を落とした。
前の世界で当たり前だった動作。
色をのせる。
それだけのことだ。
指先に赤を少しだけ取る。
爪の表面へ、薄く伸ばす。
ほんの一瞬で終わる作業だった。
だが。
見え方が変わった。
ただの汁とは違う。
爪の上にあることで、色が“形”を持ったように見える。
「……やっぱり違う」
リナは小さく呟いた。
問題は明確だった。
この赤はすぐ消える。
水で落ちる。
乾いても残らない。
ただの一時的な付着にすぎない。
だが。
可能性はそこにあった。
その後もいくつか試す。
少し置いてから塗る。
指で押さえる時間を変える。
薄くする。
厚くする。
どれも結果は同じだった。
残らない。
定着しない。
「やっぱり簡単じゃないか」
思わず息を吐く。
けれど落胆はなかった。
むしろ納得に近い。
前の世界でも、最初は同じだった。
塗ることと残すことは違う。
その差を埋める工程が必要になる。
気付けば夕方になっていた。
窓から差し込む光が机の上の赤を照らす。
ほんの一瞬だけ、本物の色のように見えた。
その時、扉がノックされる。
「リナさん?」
ミアだった。
「夕食ですよ」
「あ、もうそんな時間?」
ミアは部屋を覗き込み、机の上を見て目を丸くした。
「赤いですね」
「実験してた」
リナは短く答える。
ミアは机の上の実を見て首を傾げた。
「これ、食べるやつですよね」
「うん。でも今は別」
「別?」
「ちょっと試してる」
ミアはそれ以上聞かなかった。
最近のリナの「試す」はいつも分からない。
でも何かが始まる時の顔なのは分かっていた。
「何かできそうなんですか?」
ミアの問いに、リナは少し考える。
「まだ全然だね」
「でも、ちょっとだけ分かったことはある」
ミアは笑った。
「それ、いつも言ってますね」
「そうかも」
二人は軽く笑う。
「夕食、冷めますよ」
「今行く」
ミアが先に部屋を出る。
リナは机の上を見下ろした。
赤い実。
潰れた跡。
指先についたわずかな赤。
まだ形にはなっていない。
だが確かに、何かが動き始めている。
リナは小さく息を吐いた。
「ここからだな」
そう呟いて部屋を出た。




