7.専属侍女
メアリが部屋を出て行くと、伯爵はしばらく閉じられた扉を見つめていた。
そして卓上のベルを静かに鳴らすと、扉が叩かれる。
「失礼いたします」
「お呼びでしょうか、旦那様」
「メアリという侍女だが」
「はい」
「あれは元々アリシア付きではなかったな」
「はい。現在は侍女全体の補佐を務めております」
伯爵は少し考え込む。
「あれはよく見ている」
「余計なことは話さず、聞かれたことだけを正確に答える」
家令は小さく頷いた。
「私も同じ印象でございます」
「仕事ぶりも真面目で、気が利く侍女です」
伯爵は静かに決断した。
「ならば、明日からアリシア付きとしなさい」
「お嬢様付き、でございますか」
「ああ」
「あれなら任せられる」
「かしこまりました」
———
仕事を終えようとしていた頃だった。
「メアリ」
家令に呼び止められる。
「はい」
「伯爵様のご命令だ」
「明日より、お前はアリシア様付きの侍女となる」
一瞬、言葉の意味が分からなかった。
「……私が、ですか?」
「ああ」
「明日からだ」
胸がどくんと大きく鳴る。
(明日から)
(アリシア様のお側で……?)
頭の中が真っ白になる。
嬉しい…あまりにも嬉しい。
気を抜けば、今にも口元が緩んでしまいそうだった。
私はそっと息を整え、背筋を伸ばす。
「かしこまりました」
「誠心誠意、お仕えいたします」
家令は満足そうに頷くと、そのまま立ち去っていった。
姿が見えなくなった瞬間私は廊下を見回す。
(エマ)
(エマはどこでしょう)
———
休憩室へ入ると、ちょうどエマがお茶を飲んでいた。
「エマ」
「ん?」
私はエマの前まで歩いて行く。
そして小さく息を吸った。
「明日から」
「アリシア様付きになりました」
一瞬エマが固まる。
「……え?」
「本当に?」
「はい」
次の瞬間。
「良かったじゃない!」
思わず立ち上がり、私の両手をぎゅっと握る。
「ありがとうございます」
「もう」
エマは吹き出した。
「信じられないくらい幸せそうな顔してるわよ」
私は思わず頬へ手を当てた。
「……してますか?」
「してるわ」
「今までで一番幸せそう」
私は少しだけ考えて。
照れくさそうに笑った。
「……はい」
「嬉しいです」
エマもつられて笑う。
「知ってる」
「そんな顔見たら分かるもの」
二人の笑い声が休憩室へ小さく広がる。
その時廊下を通りかかっていた伯爵夫人が会話を耳にし、ふと足を止めた。
「……嬉しい?」
娘付きの侍女になっただけであれほど幸せそうな顔をするものなのだろうか。
伯爵夫人は静かに休憩室を見つめる。
やがて小さく微笑み、その場をあとにした。
(メアリ、だったわね)
その名だけが、静かに心へ残っていた。




