6.父親の誤解
数日後、家令から預かった書類を手に、私は伯爵様の執務室を訪れた。
軽く扉を叩く。
「侍女のメアリでございます。書類をお持ちいたしました。」
「入りなさい」
「失礼いまします」
重厚な机の向こうで、伯爵様が書類へ目を落としていた。私は静かに歩み寄り、家令から預かった書類を机へ置いた。
「家令よりお預かりして参りました」
「ああ、ご苦労」
用は済んだので一礼して部屋を出ようとすると、不意に伯爵様が口を開いた。
「そういえば」
私は足を止める。
「アリシアは変わりないか」
思いがけない問いだった。
「はい」
私は静かに頷く。
「お変わりございません」
伯爵様は小さく息を吐いた。
「…相変わらず愛想はないか」
少しだけ考える。
「そうですね」
「愛想が良い方では、いらっしゃらないかもしれません」
正直に答えると伯爵様は苦笑した。
「使用人たちに、きつく当たったりはしていないか」
その声には叱責ではなく、心配が滲んでいた。
私は首を横に振る。
「いいえ」
「侍女たちも、料理長も、庭師も」
「皆さん、アリシア様のお話を笑顔でされることが増えました」
伯爵様が顔を上げた。
「……アリシアの話を?」
「はい」
「皆さん、笑ってお話しされています」
伯爵様は少しだけ目を細める。
「庭師も、か?」
「はい」
私は頷いた。
「先日、暑い日に無理をなさらないよう、お声を掛けておられました」
「木陰で休み、水分をしっかり取るように、と」
伯爵様は黙った。
しばらくして、小さく息を吐く。
「……そうか」
その横顔は、どこか安堵しているようにも見えた。
「使用人へ無体を働いているわけではないのなら」
「それで良い」
私は深く一礼する。
「失礼いたします」
静かに部屋を後にした。
———
伯爵は、執務室で一人、手元の書類へ目を落としたまま考えていた。
(使用人たちが……笑って話す?)
思い返せば、最近、廊下ですれ違う庭師も、料理長も、どこか穏やかな表情をしていた気がする。
家令も以前より、アリシアについて否定的なことを口にしなくなった。
(私の知らないところで)
(何か変わったのか)
伯爵は小さく首を振る。
「……考えすぎか」
そう呟きながらも、その問いは心のどこかへ静かに残り続けていた。




