5.レオンの誤解
数日後、家令から頼まれた本を戻すため、私は図書室へ向かった。
静かな部屋には、紙をめくる音だけが響いている。
「あ…」
棚の前に立っていたのはレオン様だった。
一冊の本を手に取り、不思議そうに眺めている。
「メアリ」
「レオン様」
私は一礼した。
レオン様は手にした本を軽く持ち上げる。
「これさ」
「はい」
「ここのテーブルに置いてあったんだ」
表紙を見る。
『基礎から学ぶ王国史』
昨日、アリシア様が選ばれていた本だった。
「歴史の本ですか」
「うん」
レオン様は少し首を傾げる。
「誰が置いたんだろ」
「ところどころ栞が挟んであるし…」
私は少しだけ考えて答えた。
「昨日、アリシア様が探しておられましたよ」
レオン様がぴたりと動きを止める。
「……姉様が?」
「はい」
それだけ言うと私は家令から預かった本を棚へ戻し、一礼する。
「では、失礼いたします」
返事はなかった。
けれど振り返らず、そのまま図書室を後にした。
———
「レオン!」
廊下へ出ると、友人の少年が駆け寄ってきた。
彼は親同士仲の良い子爵家の令息だ。レオン様と仲が良く、こうして毎日のように遊びに来ている。
「何読んでるの?」
レオン様は手にした本を見せる。
「これ」
「へぇ、歴史?」
「机に置いてあったんだ」
「誰が置いたの?」
「…姉様らしい」
友人は少し驚いたように目を丸くした。
「アリシア様が?」
「うん」
少しだけ間が空く。
「でも、なんでだろう」
レオン様は本を見つめたまま呟く。
「…姉様が」
友人は腕を組んだ。
「うーん、アリシア様、レオンのこと嫌ってないんじゃない?」
「……そう、かなぁ」
レオン様は困ったように笑う。
「でも、いつも怒るし」
「まあ、それは分かんないけどさ」
友人は本をぱらぱらとめくる。
「これ、すごく分かりやすそうじゃん」
「良かったな」
レオン様は表紙を見つめ、小さく頷いた。
「……うん」
———
そのやり取りを、本棚の陰から見ていた人がいた。
エマだった。
(ふふ)
思わず口元が緩む。
(メアリの気持ちが少しわかる気がするわ)
———
昼休憩になり、エマはメアリの元へまた走っていった。
「メアリ!」
エマが弾んだ声で駆け寄ってきた。
「はい?」
「約束!」
「約束?」
「見つけたら教えてあげるって言ったでしょう?」
私は目を丸くした。
「ああ」
「また見つけたのよ!」
嬉しそうに話し始めるエマを見て、私も自然と笑顔になる。
「今日ね、図書室でレオン様が歴史の本を持ってたの」
私は黙って耳を傾ける。
「アリシア様が選んだって知って、すっごく不思議そうな顔してた」
「それで?」
思わず身を乗り出してしまう。
「友達にね、『姉様、僕のこと嫌ってないのかな』って」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が、じんわりと温かくなった。
「……そうでしたか」
それしか言えなかった。
「まだ坊ちゃま自身アリシアお嬢様の優しさが分かってないみたいだけどね」
エマは笑う。
「でも、前ならそんなこと考えもしなかったと思うわ」
私は静かに頷いた。
「きっと、大丈夫です」
「そう思う?」
「はい」
私は微笑んだ。
「レオン様は、ちゃんと気付かれる方ですから」
エマもつられて笑う。
「そうね」
「私もそう思う」
私は手帳を胸へ抱いた。
今日は、書きたいことがまた一つ増えた。




