2.推しの良さが伝わってなかったみたい
お昼休憩はいつも、使用人部屋は穏やかな空気に包まれていた。
皆がお茶を飲んだり、おしゃべりをしたり、それぞれ思い思いに過ごしている。
私はというと、窓際の席で小さな手帳を開いていた。
さらさらとペンを走らせる。
すると、後ろから声がした。
「メアリ」
「はい?」
顔を上げると、同僚の侍女エマが覗き込んでいた。
「最近ずっと何か書いてるわよね」
「そうでしたか?」
「そうよ」
私は首を傾げた。
でも言われてみれば確かに、毎日書いている。
「何書いてるの?」
「……少し気になったことを」
「見せて」
「嫌です」
即答した。
「なんでよぉ?」
「恥ずかしいので」
「えー、余計気になるじゃない」
エマは笑いながら手を伸ばしてくる。
私は慌てて手帳を閉じた。
「見ないでください」
「怪しいなぁ」
「怪しくありません」
「怪しいわよ」
「怪しくありません」
しばらく攻防が続いた末…
「取った!」
「あっ!」
一瞬の隙を突かれてしまった。
「返してください!」
「まあまあ」
エマは笑いながらページを開く。
私は観念して肩を落とした。
「……」
エマは黙ってページを読んでいる。
『朝五時頃、東屋で勉強。眠そうだった』
『旦那様に褒められたそうにしておられた』
『勉強の内容を尋ねられて少し嬉しそうにされていた』
『本日は紅茶を二杯』
『レオン様の熱を三回確認に行かれる』
『厨房へリンゴのコンポートを依頼』
『言い方は相変わらず不器用』
『でも行動は優しい』
ページをめくる音だけが部屋に響く。
やがてエマが顔を上げた。
「……何これ」
「返してください」
「これ、全部」
「返してください」
「アリシア様のこと?」
「……はい」
「なんで?」
私は少し考えた。
なんでだろう。
「なんとなくです」
「なんとなくでこんなに書く!?」
そう言われると、そうかもしれない。
エマはもう一度手帳に目を落とした。
「…でも。え…?」
今度は少し驚いた声だった。
「…アリシア様って、レオン坊ちゃまのこと心配してたの?」
「はい」
「でもすごく冷たいじゃない」
「そうでしょうか?」
私は首を傾げた。
「レオン様が熱を出された日は、一晩で三回も様子を聞きに行っておられましたよ」
「え?」
「翌朝には厨房へレオン様の好物を出すよう頼まれていましたし」
「……知らなかった」
「そうですか?」
「だって、あんな言い方するじゃない」
「言い方は……少し不器用ですね」
私は苦笑した。
「でも、心配はされていました」
エマは黙ってページをめくる。
『誰もいない庭で早朝から勉強』
『お母様に似合わないと言われたドレスは結局着なくなったご様子』
『新人侍女が叱られないよう家令へこっそり口添えに行かれた』
小さな文字が並んでいる。
「……へぇ」
ぽつりとエマが呟いた。
「アリシア様って、そんな方だったのね」
その言葉に、胸の奥が少しだけ温かくなった。
思わず口元が緩む。
「……はい」
「なんで嬉しそうなの?」
「え?」
「今、笑ったわよ」
言われて初めて気付いた。
私は笑っていたらしい。
どうしてだろう?
…少し考えてようやく分かった。
推しの良さが伝わるって、こんなに嬉しいんだ。
「…返してください」
「ちょっとぉ、話逸らしたわね?」
「返してください」
エマはくすりと笑い、手帳を返してくれた。
私は大事そうに胸へ抱く。
「ありがとう」
「え?」
「ちょっと見方が変わったかも」
私は思わず手帳を抱きしめた。
「そうですか?」
「うん」
エマは少し照れたように笑う。
「私も、アリシア様のことちゃんと見てみる」
「……」
「何か見つけたら」
少しだけいたずらっぽく笑って。
「今度は私が教えてあげる」
胸が、きゅんと鳴った気がした。
なんだろう、この気持ち。
……ああ
推しの話ができる人が、一人増えたんだ。
推し友ゲットですね。




