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推し活侍女 〜お嬢様がどう見ても最高なので、その魅力を語っていたら、いつの間にかみんなお嬢様推しになっていました〜  作者: ちょこだいふく


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15.レオンの悩み

——数日後の午後。


伯爵夫人は居間で刺繍をしていた。

窓から差し込む陽射しは柔らかく、屋敷の中も静かだった。


そこへ。


「母上」


声を掛けられ、顔を上げる。

レオンが扉のそばに立っていた。


「あら、レオン。どうしたの?」


「少し……よろしいですか?」


「もちろんよ。いらっしゃい」


伯爵夫人は刺繍を脇へ置いた。

レオンは向かいの椅子へ腰掛けるが、なかなか話し出さない。


「どうしたの?」


「……」


レオンは少し迷ってから、口を開いた。


「母上」


「なあに?」


「姉様って……」


一度、言葉を止める。


「僕のこと、嫌ってはいないんでしょうか」


伯爵夫人は目を瞬いた。


「どうしてそう思ったの?」


「前は、嫌われていると思っていました」


「……そうなの?」


「はい」


レオンは俯く。


「姉様、僕とはあまり話さないし、話してもいつも短いし」


何かを尋ねても、


『そう』


『好きにしなさい』


『別に』


そんな返事ばかりだった。

だからずっと姉は自分に興味がないのだと思っていた。いや、むしろ嫌われているのかもしれないとさえ。


「でも最近……」


レオンが顔を上げる。


「歴史の本を、姉様が探してくださっていたと聞きました」


伯爵夫人は静かに聞いている。


「僕が熱を出した時も、何度も様子を聞いていたって」


少し恥ずかしそうに続ける。


「リンゴのコンポートも、姉様が頼んでくださったそうです」


「そう」


「僕、知りませんでした」


伯爵夫人は何も言わなかった。

レオンは自分の手元を見る。


「姉様は何も言わなかったから」


少し間を置いて


「だから……」


また母を見る。


「もしかしたら僕、ずっと姉様のことを勘違いしていたのかなって」


伯爵夫人はしばらく黙っていた。

それから静かに微笑む。


「そうね」


「母上も、そう思いますか?」


「少なくとも」


伯爵夫人は少し考えてから言った。


「嫌いな相手の好物を覚えて、体調を気にして、その子が必要としている本まで探したりは、なかなかしないんじゃないかしら」


レオンが少し目を見開く。


「……ですよね」


「ええ」


「じゃあ……」


少しだけ表情が明るくなる。


「姉様は、僕のことを嫌いじゃない?」


「私はそう思うわ」


伯爵夫人は優しく笑う。


「むしろ、ずっとあなたのことを気に掛けていたんじゃないかしら」


「……ずっと」


「ええ」


レオンは何かを噛み締めるように黙った。

それから小さく


「そっか」


と呟いた。


伯爵夫人はその顔を見ていると胸の奥が少し痛んだ。

自分はこの子がそんなことを考えていたことさえ、知らなかった。アリシアに嫌われているのではないかとずっと一人で考えていたことも。


「……レオン」


「はい?」


「私もね」


伯爵夫人は膝の上で手を組んだ。


「最近、アリシアのことをちゃんと見ていなかったんだと気付いたの」


「母上が?」


「ええ」


少し苦笑する。


「大きくなるにつれて、あの子は何も話さなくなったでしょう?」


「はい」


「だから私は、あの子は一人で何でもできるのだと思っていたわ」


困っていない。

悩んでいない。

誰のことも必要としていない。


そう思っていた。


「でも違ったのね」


「……」


「話さないことと、何も思っていないことは違う」


伯爵夫人は静かに言った。

レオンがじっと母を見る。


「そして」


伯爵夫人は少しだけ寂しそうに笑った。


「アリシアのことだけじゃなかったみたい」


「え?」


「あなたのこともよ、レオン」


レオンが目を瞬く。


「僕?」


「ええ」


伯爵夫人は頷いた。


「あなたはアリシアよりもたくさん話してくれるから、大丈夫なのだと思っていたの」


「……」


「でも」


レオンをまっすぐ見る。


「言えることばかりじゃないものね」


レオンは何も答えなかった。

伯爵夫人はなおも続ける。


「姉に嫌われているかもしれないって、ずっと心配していたのでしょう?」


「……はい」


小さな返事だった。


「私、知らなかったわ」


「……」


「ごめんなさいね」


「母上が謝ることじゃ」


「いいえ」


伯爵夫人は首を振る。


「気付けなかったもの」


少しだけ身を乗り出す。


「だから、これからは何でも話してちょうだい」


「何でも?」


「ええ」


「嬉しかったことでも」


「困ったことでも」


「腹が立ったことでも」


伯爵夫人は少し笑う。


「アリシアのことでもね」


レオンの口元が少し緩んだ。


「……はい」


「もちろん、話したくないことまで無理に話す必要はないわ」


「はい」


「でも、一人で抱え込まなくていいのよ」


「……分かりました」


レオンは少し照れたように笑った。

その顔を見て、伯爵夫人も笑う。


しばらくしてレオンがぽつりと言った。


「今度、姉様に本のお礼を言ってみます」


「ええ」


「ちゃんと言えるか分からないですけど」


「大丈夫よ」


伯爵夫人は微笑む。


「アリシアだって、きっと同じだから」


「同じ?」


「言いたいことがあるのに、うまく言えないの」


「きっとお礼を言ってもそっけない態度を取ってしまうでしょうね」


レオンは少し考え、それから


「……もしかしたら、僕と姉様は」


「…似た者姉弟なのかもしれません」


伯爵夫人は一瞬きょとんとしたあとふふ、と笑った。


「そうかもしれないわね」


窓から柔らかな風が入ってくる。

伯爵夫人は目の前の息子を見る。


今まで知らなかったこと。

気付かなかったこと。

見ようとすれば、まだいくらでもあるのかもしれない。


アリシアだけではなく、レオンも夫も。

この家にいる、たくさんの人たちも。


だから、これからは少しだけ、今までより、ちゃんと見ていよう。


伯爵夫人はそう思った。

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