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推し活侍女 〜お嬢様がどう見ても最高なので、その魅力を語っていたら、いつの間にかみんなお嬢様推しになっていました〜  作者: ちょこだいふく


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14.伯爵参戦

ここ最近、妻の機嫌が良い。


伯爵はそう感じていた。

もともと穏やかな性格ではある。

けれど最近は、それとは少し違う。


夕食の席でふと思い出したように笑ったり、何か楽しみでもあるように、夕方になると少しそわそわしていたり…。そして何より


「今日はどこへ行っていた?」


何気なく尋ねると。


「厨房よ」


と答えることが増えた。

最初は料理長と何か相談でもしているのかと思っていた。けれど


「最近、よく厨房へ行くな」


ある日の夕食後、伯爵がそう言うと、伯爵夫人はカップを置いた。


「あら、そうかしら」


「そうだろう」


「たまたまよ」


「……何が?」


「通りかかるの」


伯爵はしばらく妻を見る。


「厨房の前を?」


「ええ」


「毎日のように?」


「毎日ではないわ」


少し間があった。


「……ほとんど毎日だけれど」


伯爵は眉を上げた。

妻は何でもないことのように紅茶を飲んでいる。


「何かあったのか?」


「何が?」


「最近、楽しそうだ」


伯爵夫人の手が止まった。


「私が?」


「ああ」


少し考えてから。

伯爵夫人はふっと笑った。


「そう見える?」


「見える」


「なら、そうなのかもしれないわね」


「何がそんなに楽しいんだ」


その問いに、伯爵夫人は少し迷いながら話しだした。


「使用人たちがね」


「使用人?」


「アリシアのことを書いているノートがあるの」


伯爵は黙った。


「……ノート?」


「ええ」


「何のために?」


「最初はメアリを喜ばせるためだったそうよ」


「メアリを?」


話がよく分からない。

なおも伯爵夫人は楽しそうに説明を続ける。


「アリシアが今日は何をしたとか、何を食べたとか。少し笑っていたとか」


「……そんなことを?」


「そうなの」


「それが面白いのか?」


「面白いというか……」


伯爵夫人は少し考える。


「知らなかったあの子を、毎日少しずつ知る感じかしら」


伯爵は黙って妻を見る。

その表情は、確かに楽しそうだった。


「皆、よく見ているのよ」


「アリシアを?」


「ええ」


「私も最近、知らなかったことがたくさんあって」


伯爵夫人はくすりと笑う。


「私まで書くようになってしまったわ」


「……お前も?」


「ええ」


「何を書くんだ」


「昔のこととか、皆が勘違いしているところを少し補足したり」


伯爵はしばらく何も言わなかったがやがて、


「そのノートはどこにある?」


伯爵夫人がちらりとこちらを見る。


「厨房よ」


「……そうか」


「気になるの?」


「いや」


即答した。

伯爵夫人の口元が少しだけ上がる。


「そう」


それ以上、何も言わなかった。


——その夜。


屋敷が静まり返った頃、伯爵は書斎で一人、書類を読んでいた。


……はずだった。


けれど先ほどから同じ行を何度読んでも頭に入ってこない。


(アリシアのことを書いたノート……)


くだらない。

そんなものを気にする必要はない。

娘が普段何をしているかなど、必要があれば家令に聞けば済む。


伯爵は書類へ視線を戻す。


数分後また顔を上げた。


「……」


ペンを置いた。


——しばらくして、伯爵は一人、暗い廊下を歩いていた。


何をしているのだろう。

自分でもそう思う。

厨房の前まで来て、一度立ち止まる。


静かだ。

当然、誰もいない。


伯爵はそっと扉を開けた。

月明かりの差し込む厨房。

昼間とは違い、ひっそりとしている。


「……確か、棚だったな」


小さく呟く。


そして見つけた。


『本日のアリシア様2』


表紙の文字を見て、伯爵は少しだけ眉を寄せる。


「本当にあるのか」


「しかも2冊目…?」


手に取り開く。


『今日はパンをいつもより半分多く召し上がった。——料理長』


「……そんなことまで書くのか」


次。


『庭で小さな鳥を見つけ、しばらく見上げておられた。——エマ』


次。


『本日、家庭教師の先生から難しい問題を褒められた際、「そう」とだけお答えになったが、その後ほんの少しだけ口元が緩んでいた。嬉しかったのだと思う。——メアリ』


伯爵はそこで少し手を止めた。


「……長いな」


思わず呟く。


さらに頁をめくる。


『不機嫌なのではなく、考え事をしている時は返事が短くなる。昔から。——母』


「……」


伯爵の口元が少しだけ緩んだ。


「…お前も書いていると言っていたな」


また頁をめくる。


読み進めるうちに最初に感じていた可笑しさは、少しずつ薄れていった。

代わりに、知らない娘の姿が、頁の中に増えていく。


使用人を気遣ったこと。

菓子を気に入っていたこと。

猫に逃げられて落ち込んでいたこと。

褒められて、ほんの少し嬉しそうだったこと。


伯爵は無言で頁をめくった。


そしてある一文で手が止まった。


『本日、旦那様の書斎の前でしばらく立ち止まっておられた。お声を掛けようか迷われていたように見えた。——リナ』


「……」


伯爵はその一文を見つめた。


しばらくして小さく息を吐く。


思い出したことがあった。

アリシアがまだ幼かった頃。

何か言いたいことがある時、あの子は、よく書斎の前で立ち止まっていた。


扉を叩くでもなく。

帰るでもなく。

ただ、そこに立っていた。


こちらから声を掛けると。


『別に、何でもありません』


そう言って逃げるように去っていった。


伯爵はノートの横に置かれていたペンを見る。


「……」


少し迷ったが、手に取ると


『幼い頃も、何か相談したいことがある時は書斎の前でしばらく立っていた。こちらから声を掛けると「別に」と言って逃げていた。——父』


書き終える。

伯爵はしばらくその一文を見つめた。


そして


「……私は何をしているんだ」


小さく呟いた。


当然誰も答えない。

静かな厨房に、自分の声だけが残った。


伯爵はノートを閉じると元の場所へ戻す。


そのまま厨房を出ようとして一度だけ振り返った。

棚の上の『本日のアリシア様2』。


「……1冊目もあるんだったな」


——別に続きを見る必要などない…。


そう呟きながら伯爵は静かに扉を閉めた。

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