10.エマの企み
伯爵夫人との話から数日後の昼下がり。
その日、私はアリシア様のお供で屋敷を離れていた。
——その頃
厨房では、エマたちが遅めの昼食を取っていた。
「そういえばさ」
エマがパンをちぎりながら言った。
「最近のメアリ、すごく楽しそうじゃない?」
向かいに座っていた侍女が笑う。
「分かる。アリシア様付きになってから特に」
「よね」
「というか、アリシア様の話してる時だけ妙に幸せそう」
「それは前からよ」
料理長まで笑って話に加わってきた。
「あの子、この前アリシア様が焼き菓子を二つ食べたってだけで、ものすごい顔してたぞ」
「見た見た」
「そんなに嬉しいものなのかしら」
「メアリには嬉しいんじゃない?」
そこでエマが、ふと思いついたように顔を上げた。
「ねえ」
「なに?」
「だったらさ」
少し悪戯っぽく笑う。
「私たちが見つけたアリシア様のこと、書いておいたらあの子喜ぶんじゃない?」
一瞬、みんなが黙り、それから
「それ、良い!!」
「絶対喜ぶわよ!」
「この前も私が庭師の話したら、ものすごく食いついてきたもの」
「じゃあ書こうよ」
「何に書く?」
「うーん、ノートない?」
急に話が弾み始めた。
エマが立ち上がり、厨房の棚を探し始める。
「確かこの辺に…あった!」
取り出したのは、一冊の薄いノートだった。
「これでいいんじゃない?」
「いいじゃないの」
「最初、誰が書く?」
「言い出したエマでしょ」
「え、私?」
「ほら、早く」
笑い声の中、エマはペンを取った。
少し考えてから、書く。
『本日、アリシア様。庭師の帽子が風で飛ばされた時、拾って渡していた。——エマ』
「どう?」
「いいじゃない」
すると別の侍女が身を乗り出す。
「あ、私もある!」
「なになに?」
「昨日、新入りの子が花瓶を落としそうになった時、アリシア様が支えてくださったの」
「書いて書いて!」
「あ、私も!」
「料理長は?」
「俺?」
「何かないの?」
料理長は少し考えてから笑った。
「昨日のスープを、美味しかったと言ってくださったな」
「それ!」
「しかも少しおかわりされた」
「それ絶対メアリ喜ぶ!」
「書こう!」
気付けば、みんなで一冊のノートを囲んでいた。
最初はただメアリが喜びそうだから、それだけだった。けれど
「こうして書いてみるとさ」
一人の侍女がページを眺める。
「アリシア様って、意外と色々してるのね」
「そうね」
「ちゃんと見てないと気付かないけど」
「……ちょっと可愛いところもあるしね」
「分かる」
「この前、猫に逃げられて少ししょんぼりしてた」
「それ書いて!」
「それは書いていいの!?」
また笑い声が上がる。
エマは楽しそうにノートを閉じた。
「メアリ、どんな顔するかな」
「絶対あの顔よ」
「どの顔?」
「アリシア様の話聞いた時の、あの幸せそうな顔」
みんなが笑った。
「早く見せたいね」
その頃、そんなことになっているとは知らない私は、アリシア様の隣で、今日も完璧な侍女を目指していた。




