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第2話「ぷっちょ・インシデント」

 世の中、UFOマニアの間では、宇宙人は日本が危険だと知っている、とされている。

 日本製のソフトキャンディは、宇宙人にとって銀河規模の禁止薬物である。エリア51の入構証には、裏面に小さく「日本製食品の持ち込み厳禁」と明記されていた。銀河間条約の付則第三項にも載っている。宇宙人の親は子供に言い聞かせる。「日本製のお菓子には近づくな」と。

 

 ちなみに今日、店に忘れ物があった。


 観光客が忘れていったビニール袋を、俺はカウンターの端に置いた。中身を確認すると、見覚えのあるパッケージが入っていた。

 ぷっちょ。5個入り。

 俺は袋を閉じた。

 落とし物として保管するのが正しい対応だ。知的生命体として、それ以外の選択肢はない。

 俺は袋を閉じた。

 閉じた。

 閉じたのだが。

 宇宙人たるもの、銀河の知的生命体である以上、自我を失うなど、もってのほかだ。

 もってのほかだ。

 もってのほかだが。

 あの、ほわわーんとした感覚は。

 捨てがたい。

 いや、手放せない。

 いや、俺は宇宙人だ。銀河系を股にかけた知的生命体だ。エリア51で外星人交渉マニュアル247ページを読破した存在だ。

 だがしかし。

 俺の触角が、勝手にぐるぐる回っている。

 「これは……調査として記録が必要だ」

 俺は1個目を口に入れた。

 ほわわーん。

 「……調査結果、良好」

 触角が止まらなかった。


 店長が厨房から出てきたのは、それから5分後だった。

 カウンターの上のぷっちょを見た瞬間、縦に細い瞳孔が大きく開いた。

 「マンくん」

 「はい」

 「これは」

 「落とし物です。保管中です」

 店長はぷっちょを手に取り、じっと見つめた。そして、深く息を吸った。

 「なんという危険なドラッグだ!」

 ハローキティが激しく揺れた。

 「これが銀河規模で禁止されている理由がよくわかる!人類への警告が必要だ!地球環境への影響を調査しなければ!そもそもこんなものを製造している日本という国は——第三銀河系会議でも問題になった——付則第三項を読んだことがないのか——」

 店長はぷっちょを口に入れた。

 「……」

 ほわわーん。

 「……かわいいな」

 ハローキティをうっとり眺めていた。

 俺は何も言わなかった。


 カウンター席では、いつもの面々がいつもの場所にいた。

 最初に気づいたのはダレルだった。電卓を叩く手を止めて、カウンターの上のぷっちょをじっと見た。

 「……これは」

 「落とし物です」と俺は言った。

 「28年間、文書管理をしてきた私がこんなものに手を出すなど、倫理的にありえない!エリア51の規則第147条、禁止薬物の取り扱いについては——持ち込み厳禁——違反者は即時退去——28年間、一度も規則を破ったことがない私が——」

 ほわわーん。

 「……28年間、まあ、よかったのかもな」

 ダレルは電卓を閉じた。生まれて初めて。


 ブリトニーが窓際のテーブルから立ち上がった。

 「ちょっと待って」テレパシーがいつもより鋭かった。「これ、絶対ナチュラルじゃない。オーガニックでもない。添加物の塊。私たちノルディックは純粋な星の民として、こういったものとは——宇宙の調和を乱す——地球の波動が——」

 ほわわーん。

 テレパシーが全方位に垂れ流しになった。

 半径5メートル以内の全員がなぜか幸せな気持ちになった。

 チャドがぼそっと言った。

 「俺は銀河艦隊で——」

 ほわわーん。

 「……地球、いいな」


 ミゲルが最後だった。

 マルゲリータを食べる手を止めて、ぷっちょを見た。しばらく黙っていた。

 「ビザの更新を10年忘れた私でも、さすがにこれは——いや、しかし——倫理的に——法的に——」

 ほわわーん。

 「……更新、まあ、いいか」

 誰も何も言わなかった。


 そのとき、ドン、という音がして、電子レンジが爆発した。

 誰も振り向かなかった。

 全員ほわわーんとしていたからだ。

 「ダレル、それ修理しとけよ」と俺は言った。

 「……まあ、いいか」

 ダレルが電卓を閉じたまま答えた。

 それはそれで問題だった。


 店を閉める時間になって、俺は窓の外を見た。

 ブリトニーの菜園に、見覚えのあるパッケージが大量に埋まっているのが見えた。

 ぷっちょ。おそらく50個以上。

 「ブリトニー」

 「……ナチュラルな土壌改良剤よ」

 「そうですか」

 俺は窓のブラインドを下ろした。

 今日だけで、俺はぷっちょを2個食べた。調査目的である。断じて、それ以外の理由はない。

 俺は断言する。

 今この瞬間、俺は銀河一幸せな宇宙人だ。

 トッピングの卵が何個なくなろうと。

 店長のハローキティが何枚剥がれようと。

 ダレルの電子レンジが何回爆発しようと。

 ブリトニーのテレパシーが何度垂れ流しになろうと。

 俺は、断言する。

 銀河一、幸せだ。

 ——ぷっちょ、残り2個。


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