第3話「店長、日本へ行く」
世の中、UFOマニアの間では、宇宙人にとって日本は危険地帯とされている。
ハードドラッグだらけの国。銀河間条約で渡航注意区域に指定されている。宇宙人の親は子供に言い聞かせる。「日本には絶対行くな」と。
なぜなら、俺がその一番目——マンティスマン本人だからだ。
ちなみに今日、店長の机に妙なメモが置いてあった。
人間は、自身の根性を証明するために、タトゥーという模様を皮膚に刻むらしい。
地球に長く住んでいるレプティリアンは、人間のような柔らかい肌を持たない。鱗がある。そのため、タトゥーを入れることができなかった。
そこで彼らは、自らの鱗に模様を描くことに凝り始めた。
店長のハローキティのネイルシールは、その文化のなれの果てである。
俺はそのことを、この店で働き始めて半年後に知った。
それ以来、ハローキティについて何も言わないことにしている。
メモは手書きだった。
「作戦:日本潜入計画」
箇条書きで書いてあった。
一、成田空港付近に着陸。人間に偽装。
二、東京都内のシール専門店を特定。
三、ボンボンシール、全種類入手。
四、帰還。
理由の欄には一言だけ書いてあった。
「鱗に貼る」
俺はメモをそっと元の場所に戻した。
止めなければならない。銀河の知的生命体として、それ以外の選択肢はない。
俺も行きたい、などとは、これっぽっちも思っていない。
「店長」
「なんだ」
「これは」
店長はメモを見た。俺を見た。メモを見た。
おもむろに腕まくりをした。
ハローキティが蛍光灯の光を受けてきらきら光った。
「店長、正気ですか」俺は言った。「日本ですよ。あの日本ですよ。銀河間条約で渡航注意区域に指定されている、ソフトキャンディが街中に溢れている、あの危険地帯ですよ」
「わかってる」
「わかってるんですか!?あそこはコンビニだけで何種類のソフトキャンディが売られてると思ってるんですか。スーパーは?デパートは?自動販売機まであるんですよ!?」
「わかってる」
「わかってて行くんですか」
店長はハローキティをうっとり眺めた。
「……わかってて行く」
俺は言葉を失った。
店長の目に、何か決然としたものを感じた。揺るがない意志。折れない信念。あるいはもしかして、崇高とさえ言えるような、ボンボンシールへの渇望。
恐竜時代からこの土地に生きてきた生命体が、今、鱗に貼るシールのために、銀河規模の危険地帯への渡航を決意している。
あれが、憧れというものか。
俺は何も言えなかった。
言えなかったのは、ハローキティのせいだけではない。
俺も、少し、わかってしまったからだ。
なぜか1時間後には、店中の全員が知っていた。
「止めなきゃいけないよな」とケビンが言った。
「当然だ」とダレルが答えた。「無謀すぎる。無計画すぎる。28年間、文書管理をしてきた私から言わせれば、この作戦書はツッコミどころが多すぎる。そもそも渡航注意区域に——銀河間条約違反——ソフトキャンディが自動販売機で売られている国に——」
「日本、行ってみたいよな」とケビンが言った。
「当然だ」とダレルが答えた。
誰も何も言わなかった。
ブリトニーがテレパシーを送ってきた。
【日本のオーガニック文化、気になってたのよね。】
俺たち不法滞在だぞとチャドが返した。
まあ、いいか。
ミゲルがマルゲリータを食べながら言った。
「ビザがないから無理だ」
全員がミゲルを見た。
「……まあ、いいか」
そのとき、ドン、という音がして、電子レンジが爆発した。
誰も振り向かなかった。
「ダレル、それ修理しとけよ」と俺は言った。
「日本に行ったら、修理してもらう」とダレルは答えた。
それはそれで問題だった。
結局、誰も止めなかった。
代わりに、ブリトニーが日本のお菓子を取り寄せることを提案した。
「行けないなら、向こうから来てもらえばいい」
全員が賛成した。満場一致だった。民主主義とはこういうものだと俺は思った。
翌日、段ボール箱が届いた。
中にはぷっちょ、うまい棒各種、ラムネ菓子、そして見慣れないパッケージが一つ入っていた。
「ねるねるねるね」と書いてあった。しかも40周年記念パッケージだった。
店長が箱を手に取った。裏面の説明を読んだ。
「……粉を混ぜると色が変わる?」
「そうらしいです」
「なぜ」
「わかりません」
店長はしばらく黙っていた。
「錬金術だ」
「違います」
「いや、これは錬金術だ」
ハローキティが静かに光っていた。
ダレルが袋の裏を読み始めた。
「この老女は何者だ」
「CMのキャラクターです」
「なぜ錬金術を人間に教えているんだ」
「CMです」
「……待て」ダレルの手が止まった。「青色から紫色に変わる。惑星をイメージした星型のパーツ。月のように輝くソース。宇宙はどんな香りかを想像しながら——」
ダレルが顔を上げた。
「延べ数千人の想像力を掛け合わせた結果、最終的に宇宙というコンセプトにたどり着いた、と書いてある」
店内が静まり返った。
「……知られてる」とケビンが言った。
「最初から、知られてたんだ」とミゲルが言った。
「28年間」とダレルが言った。「28年間、文書管理をしてきたのに」
「なぜ、誰も教えてくれなかったんだ」
誰も何も言えなかった。
日本は、最初から、わかっていたのかもしれない。
ブリトニーがテレパシーを全方位に飛ばした。
【混ぜていい?】
全員が無言でうなずいた。
店長が粉を混ぜ始めた。
青色が、紫色に変わった。
店内が静まり返った。
「やばい」とケビンが言った。
「これはやばすぎる」とミゲルが言った。
「やばい」とチャドが言った。チャドが二回目を言うのを俺は初めて聞いた。
「28年間」とダレルが言った。「28年間、なぜ誰も教えてくれなかったんだ」
ブリトニーのテレパシーが完全に垂れ流しになった。幸福感が店内に充満した。
店長がねるねるねるねを口に入れた。
ほわわーん。
「……日本、行く」
「行きましょう」と俺は言った。
言ってしまってから、気づいた。
730日、一度も言わなかった言葉だった。
店内の空気は、今日だけ、最高だった。
俺はまだここにいる。
理由は、まあ、いろいろある。
ぷっちょも、ねるねるねるねも、その理由の一つではない。
断じて、ない。
——日本行きの航空券、調査中。
※ねるねるねるねの40周年記念パッケージ「うちゅうのフルーツ味」は実在します。クラシエ様には一切関係ありません。なぜこのタイミングなのかは、我々にもわかりません。




