第1話「卵をめぐる冷戦」
【注意書き】
本作はフィクションです。
作中に登場する人物名、団体名、地名、アイテム名、およびその他の固有名詞は、実在の人物、団体、商品、組織等とは一切関係ありません。
また、特定の国家、民族、文化、政治的立場を批判・差別する意図は全くありません。
バラク・オバマ元大統領のエリア51に関する発言は実在しますが、本作における使用はコメディ目的のフィクションであり、同氏の名誉を傷つける意図は一切ありません。
宇宙人は実在しません。たぶん
世の中、UFOマニアの間では、宇宙人は4種類いるとされている。
一つ目はマンティスマン。二つ目はグレイ。三つ目はレプティリアン。四つ目はノルディック。
この話はインターネットのネタとして長らく扱われてきたが、実は本当のことである。
なぜなら、俺がその一番目——マンティスマン本人だからだ。
バラク・オバマ元大統領はポッドキャストでこう言った。「宇宙人はいるけど、エリア51にはいない」と。
彼は正しい。
一言も嘘をついていない。
なぜなら全員、予算削減でレイオフされて、基地の外に住んでいるからだ。
その予算削減を決めたのは、議会と大統領である。
それ以外は不法移民だ。ビザという概念を経由せず、UFOで直接地球に乗りつけてくる連中のことである。入国審査?知らない。税関申告?聞いたことがない。そういう者たちが、気づけばこの町に住んでいる。
アメリカ政府は今日も「宇宙人はいない」と言っている。
彼らは正しい。エリア51には、もういない。
ちなみに今日も卵が足りない。
ネバダ州ラヴェル。人口2,847人。そのうち約1,850人は、正確に言えば「人口」としてカウントしていい存在ではない。元エリア51職員、観光ワーホリからそのまま居座った連中、そしてビザという概念を知らないままUFOで直接着陸してきた者たちが混在する、銀河規模で見ても特に何もない町だ。
俺——職場では便宜上「マンくん」と呼ばれている——がこの町のピザ屋でバイトを始めて、もうすぐ730日になる。
最初は3ヶ月のつもりだった。
長くなった理由は、まあ、いろいろある。今は考えないことにしている。
「店長、それ3個目です」
俺は生地を伸ばしながら、できるだけ平静を装って言った。
カウンターの向こうで、店長——レプティリアン型、推定年齢は本人も覚えていないらしい——がゆでたまごを口に放り込む手を止めた。止めただけで、戻しはしなかった。
「……俺はオーナーだ」
「トッピング用の在庫です」
「オーナーには試食の権利がある」
「3個は試食じゃないです」
店長はゆっくりこちらを振り向いた。縦に細い瞳孔が、俺をまっすぐ見ている。そして、おもむろに腕まくりをした。
鱗の一枚一枚に、ハローキティのネイルシールが貼ってある。
「マンくん」
「はい」
「俺はこの土地に恐竜時代からいる」
「存じています」
「お前みたいなワーホリ上がりに、とやかく言われる筋合いはない」
ハローキティが蛍光灯の光を受けてきらきら光っていた。
俺は何も言わなかった。
言えなかった。
俺はこの店長から、どうやってトッピングの卵を守ればいいのだろう。銀河系を股にかけた知的生命体として、これが今の俺の最大の課題である。エリア51では、外星人との交渉マニュアルが全部で247ページあった。卵の守り方については、一行も書いていなかった。
カウンター席では、この町の住民たちがめいめい好き勝手にしていた。
一番端のスツールで年金の計算をしているのはダレルだ。グレイ型、元エリア51文書管理部門、勤続28年。レイオフ通知をテレパシーで受信した瞬間に卒倒したという伝説を持つ。今は郵便局で働いているが、「28年の貢献がこれか」という話を週3回はする。
その隣でピザを一切れ持ったまま固まっているのがケビンだ。レプティリアン型、店長の甥っ子、元エリア51警備員。叔父の店で働くよう言われたが断り、今はガソリンスタンドにいる。給油しながら遠い目をするのが最近の習慣らしい。
ミゲルはマルゲリータを食べていた。グレイ型、元エリア51勤務、ビザの更新を忘れて10年。ラヴェルで一番人間語が流暢で、注文は毎回マルゲリータの卵トッピング抜きと決まっている。店長への当てつけだと全員知っているが、誰も言わない。
窓際のテーブルでは、ブリトニーとチャドが向かい合って座っていた。ノルディック型カップル、金髪、長身、UFOで直接着陸してきた組だ。入国審査という概念を経由していない。チャドは人間の女性に毎日声をかけられて困っているが、本人は気づいていない。
「また始まった」とケビンが小声で言った。
「毎日か」とミゲルがマルゲリータを一切れ持ち上げながら答えた。「卵トッピング頼まなくて正解だったな」
ブリトニーがチャドにテレパシーを送った。
【止めに行く?】
【俺たち不法滞在だぞ。目立つな。】
ふたりは同時にオーガニックレモネードに口をつけた。
ダレルが電卓から目を上げずに言った。
「28年勤めた職場では、こういう光景は見たことがなかった」
誰も何も言わなかった。
嘘だと全員わかっていたからだ。
そのとき、ドン、という音がして、電子レンジが爆発した。
煙が薄く漂う。誰も振り向かない。
「ダレル、それ修理しとけよ」と俺は言った。
「28年間、文書管理をしてきた」とダレルは電卓から目を上げずに答えた。「電子レンジは専門外だ」
店内の空気は、爆発の前と何も変わらなかった。
「4個目には手を出さないでください」と俺は言った。
「わかってる」と店長は言った。
店内がしばらく静かになった。
ダレルが電卓を叩く音だけが続いた。
店長は厨房の隅で腕を組んで壁を見ていた。ハローキティが静かに光っている。少なくとも、今回は潔白らしい。
カウンターに目を向けると、ミゲルがマルゲリータを食べ終えた皿をそっと端に寄せるところだった。皿の隅に、黄身の跡があった。
「……卵トッピング抜きじゃなかったんですか」
ミゲルはしばらく黙っていた。
「今日は気分が違った」
ダレルが電卓から目を上げずに言った。
「28年勤めた職場では、こういうことはなかった」
誰も何も言わなかった。
嘘だと全員わかっていたからだ。
俺はこの店の卵を、いったい誰から守ればいいのだろう。
730日、答えは出ていない。




