手紙
「まさかこれほど大量に間諜が来るとは想像してなかったよ」
「ヴァル様は良くも悪くも時の人ですから」
パーティー会場であるにもかかわらずいつものメイド服姿で俺の世話をかいがいしくしてくれるララが、空いたグラスをスッと提げ新しく桃のジュースを渡してくれる。
恵みの里で取れる果物を使った果汁100%のフレッシュジュースだ。
本当に砂糖を使っていないのかと思うほどに甘みが強く、思わず飲み干してしまう。
たしかに事前に父上に、あまり細かく精査をしなくてもいいので人員を送って欲しいとは言った。
いちいち精査をしてから送り出すとなると時間がかかりすぎるし、実際ベルトの嘘発見器能力と俺の魔眼の力があれば、こちらに対して悪意のある人間は全て事前に弾くことができると思っていたからだ。
だが正直なところ、これだけ大量の移民希望者がやってくるとは思っていなかった。
それだけ人数がいれば間諜の数も凄まじく、最終的には数が足りなくなり俺自ら出向いて魔眼で彼らの忠誠度を計らざるを得なかったほどだった。
大量の領民がやってきたことで、既にダート大森林に事前に用意していた家は充足率が9割を超えている。
今後のことを考えれば、切り倒した樹を使う形で家を建てていく必要があるだろうな。
「文官希望者も多かったしな……皆あれほど求人を探しているとは思わなかった」
「王国では文官の地位は低いですから……」
「でも最終的には八千人近く希望者がいたんだぞ? 手の空いてる王国の頭脳労働者はほとんど来てたんじゃないか?」
武力がないとわりとどうしようもないこの世界では、文官の地位は異常とも言えるほどに低い。
だが俺は前世の記憶から、官僚機構が適切に機能しなければ世の中が上手く回っていかないことを知っている。
そのため俺は文官と武官の地位を同等とするため、まずは平の文官と武官の給料を揃えることにした。
今はさほど外貨が稼げていないためできていないが、最終的には文官のトップである事務次官の俸給を現在の俺の領軍のトップである部族連合長(これには現在カーミラが就いている)と同じ額にまで持っていくつもりである。
俺からしたら当然のことをしただけだったのだが、この施策のおかげで、国中の文官希望者が我が領に殺到することになった。
中には既に働いている職場を辞めてこちらに転職するほどの剛の者まで出てくるほどだ。
「採用試験、ちょっと異様だったよな」
「目がガンギマリしている人が多くて、怖かったのです……」
文字通り自分の人生がかかっているからか、面接の時も目を血走らせたり口から泡を飛ばしていたりする人がいたので、普通にホラーだった。
もしかしたら古代中国の科挙とかも、こんな感じだったのかもしれないな……。
「ただそのおかげで優秀な人材が多く取れたのは素晴らしいことじゃ。アマゾネスでは戦えぬ男など種馬としての価値しかないが、人間は違うのじゃろう?」
「ああ、むしろそういう人材が必要だな」
現在の俺達は自分達で開拓した土地を使って自給自足をしているだけだ。
今後領地を発展させていくためには人を集め、外貨を獲得するのは不可欠だ。
そのためには領民が働ける環境を整える必要があるし、彼らが大過なく過ごしていけるよう生活インフラを整えたり、いざという時には仲裁を行ったりする必要もある。
獣人の戦士達が警邏に回ってくれているおかげで戦力的には不足していないが、我が領は戦力以外は全て不足している。
それを補うためにも、文官はある程度の数が必要なのである。
「リリィ達にも色々と覚えてもらう必要があるからな」
「はい、私達も色々と叩き込まれていて大変です……」
少し疲れた様子のリリィが軽く笑う。
そんな様子も儚げで美しく見えるのは、旦那としての俺のひいき目だろうか。
彼女達マーメイドは地域によっては未だに、人間による狩りが行われているという残酷な現実がある。
マーメイドの肝を食べれば不老不死になれる……などという根も葉もない噂が出回っていること。そして彼女達が皆人間から見れば絶世の美女であることから生まれた悲劇だ。
アマゾネスと比べてもよりおっとりした性格の者が多いマーメイドに関しては、俺の方もかなり気を遣っている。
将来的に外貨獲得のメインとなってくるのはおそらく北海地域の産業や貿易業になってくるため、文官として雇った者達の中でも特に優秀な者達をそちらに回し、一刻も早く彼女たちにある程度の経済的観念を身につけてもらうつもりだった。
試験解答が満点に近く人間的にもまったく問題が無かったオットーとフランなら、きっと人魚達に正しい知識を身につけさせてくれるだろう。
特にフランの方は骨を折ってまで確保したんだ、成果を出さなかった文句を言ってやるつもりだ。
「皆には苦労をかけるが、よろしく頼む」
「人と共に生きることを決めた時点で覚悟の上じゃ」
「ヴァル様を信じているので、気にしていないのです」
「わ、私は……もうちょっとお手柔らかにお願いしたいかなぁ、と」
領民達の生活を回すだけではなく、獣人や魔人達の生活を俺達人間側に合わせていく必要がある。
それがこれほどまで大変だとは、正直思っていなかった。
別の種族、別の文化、それらをすり合わせながら一つの領地を経営していくのは想像以上の難事だ。
強い敵を倒せばいい戦いの方が、よっぽどわかりやすい。
獣人や魔人に対して差別意識のない文官を選び、彼らを派遣する形で彼女達には現在進行形で王国側の常識を学んでもらっているが……俺の方もしっかりと査察に入って、万が一にも彼女達に危害が及ぶことがないようにしなくてはならない。
獣人もアマゾネスもマーメイドも、皆素朴で人を疑うことを知らない者達が多い。
そもそも狩猟生活と物々交換、困った時はお互い様。
そんな相互扶助の精神だけでだけで十分生活が回っていた彼女達を何も知らずに、王侯の輪の中に入れるのは、猛獣の檻の中に鶏を入れるようなものだからな。
(実際本当に獣人狩りのやつらが来たからな……二年の間にパワーレベリングを徹底しておいて、本当に良かった)
現在俺の領地の亜人達は全員がパワーレベリングを済ませており、老人や幼女であってもレベルは40を超えており、森の魔物をワンパンできる程度には強くなってもらっている。
おかげで彼らが捕まりかけた時も、問題なく返り討ちにすることができた。
どうやら奴隷狩り達は魔人のいるダート大森林の奥地までは入れずとも、比較的浅いところにいる獣人ならなんとかなるとでも思っていたらしい。
俺の領民のことを人とも思っていなかった彼らは、もちろん全員二度とそんな浅慮を起こさぬよう教育させてもらったわけだが……。
「間諜の多さでも察せるが、王国の人間にとって、この領地はよほど宝の山にでも見えているらしいな」
「うちは近頃暗い話が多いウェスペリア王国の中で久しぶりに出てきた、景気の良い話ですからね……」
俺の領民が食い物にされることがないよう、王国側との接触は慎重に行っていく必要があるだろう。
だが牽制はしておく必要がある。
こちら側からずっと受け身でいるというのもつまらないからな。
諜報達から情報は仕入れられた。
ベルトが嘘を見抜けるおかげで、虱潰しに質問をしていくことで元凶もおおよそ特定できたからな。
あまり俺のことを見くびるなよ、悪党共。
「そのためにも、今度の査察は成功させなくちゃいけないな……」
俺の胸には一通の封筒が入っていた。
その中に入っているのはあることが記された、父上からの手紙だ
そこに記されているのは――ある程度入植が落ちついた段階で、我が領に査察官がやってくるという報せであった。
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