査察官
現在、ウェスペリア王国の王宮では、とある人物の問題に関して議論が紛糾していた。
それが、ヴァル・フォン・フレイムの爵位が本当に男爵でいいのかという問題である。
かつて何度もフロンティアスピリッツに溢れた開拓団や領地貴族となることを夢見た冒険者達が赴き、その全てが失敗に終わったダート大森林の開拓。
これがもし本当に為されているのであれば、その土地の広さはとてつもないものになる。
ダート大森林は、その全域がどれほどの広さがあるのかその全貌が掴めぬほどに広い魔境である。
もしそれら全てを手中に収めたのであれば……その領地の範囲は、到底男爵の規模に収まっていいものではない。
子爵まで爵位を上げるべきでは、あるいは一息に伯爵まで上げてしまうことで治める税を増やすべきではないか。
いや、来るべき戦いの日のためにも彼には辺境伯となってもらい、より多くの権利を与え国防のために軍事力を増やしてもらうべきである。
そんなことをして国に叛意を持たれてはたまったものではない。首輪をつけるために今すぐにでも重税を課すべきだ。
そんなことをして独立でもされたらどうするのか、現状維持をしながら男爵の意を窺うべきだ。
様々な意見が出るものの結果として意見が統一されることはなく、議論は完全に膠着状態に陥っている。
その理由は現在王国内での意見が、派閥によって真っ二つに割れているからである。
一つは武勇に優れたフレイム伯爵が王家へ提出した報告書を読み、魔王軍への脅威を正確に認定している外患派だ。
この世界に定期的に現れては人間達に破壊をまき散らす魔王や、未だにその脅威を正確に認定することなくこちらと争いをする気でいるクライリシュ帝国。
彼らへの対応のためには現在は国内の政になど意識を向けている場合ではなく、その全てを国防のために割くべきと考えている者達である。
彼らは主に戦場で帝国に敵対していた武闘派の貴族達や、ここ最近明らかに魔物が凶暴化してきていることを理解しているある程度軍について明るい貴族達によって構成されていた。
彼らは総じて強力な軍をわずかな時間で育て上げてみせたヴァルに対して好意的であり、彼に習って王国軍全体を強化すべきと主張をする者も多かった。
中にはヴァルを征夷大将軍として中心に据え、挙国一致の上で外敵に対して立ち向かうべきだと主張する者までいるほどなのだから、基本的には国が生んだ新たな英雄であるヴァルの信奉者であると言える。
そんな外患派と敵対しているのが内憂派である。
彼らは総じて楽観主義者であった。
魔王軍幹部が襲来した?
ヴァル・フォン・フレイムとかいう若造一人で蹴散らせる程度の軍勢だったのだろう?
であれば気にする必要はない。
それに伝承に聞く魔王は勇者によって討伐されてきたというではないか。
であればいざとなれば勇者がやってきて全てを解決してくれるだろうから、心配する必要はない。
帝国との戦争?
そんなもの数年に一度は起こる小競り合いのようなものではないか。
今までなんとかなってきているのだから、今回もなんとかなるに決まっている。
だからこそ、ヴァル・フォン・フレイムは、今すぐにでもダート大森林の開拓によって得られる利益を王国に還元すべきだ。
彼らは主に、領地を持たずに王から支払われる禄で生活をしている宮廷貴族達であった。
故に自分達の権益を増やすことに余念がなく、ヴァルに首輪を付けるべしと声高に主張している。
領民や文官希望者に紛れ込んでいた密偵はそのほとんどが彼らの手の者達であり、それらが全て失敗に終わったことで彼らはますます主張を頑なな者へと変えていた。
現在王国はヴァル・フォン・フレイムによって真っ二つに割れていると言っていい。
そして両派は今のところ、自分の意見をまったく取り下げようとしていない。
彼らの意見を吸い上げて最終的な決定権を出すべきウェスペリア国王、ザイラル二世はというと……彼もまた、自身の立場を決めかねていた。
彼の気持ち的には外患派寄りなのだが、現在の彼の正妻はゴリゴリの内憂派。
恐妻家である彼は妻の勘気を恐れて、毅然とした態度が取れずにいたのだ。
悩んだ末に彼は一つの結論を出した。
――査察官に、一度ダート大森林を見てきてもらおう。
現在はダート大森林に関する情報が、あまりにも少なすぎる。
そのせいで内憂派の人間はそこに金塊が埋まっていると決めつけ、意固地になっている。
だが実際のところ、それが本当なのかどうかはまったくわかっていない。
現在は支部の設立を断念し素材の買い取りのみを行っているという冒険者ギルドの職員達からの話や、商人達からの伝聞が精々であり、その実像はまったく掴めていないのだ。
一度査察を行ってつまびらかにしてしまえば、誰も文句をつけられなくはなるだろう。
そして決して馬鹿ではないザイラル二世は、調査を行うための査察官に、恣意的な判断が含まれぬよう、政治的な色をつけない人物を選出することを求めた。
その結果としてどちらの派閥に所属することもなく中立的に立ち回っていた一等査察官、バルクハイム・フォン・シュトラッセがその任に当たることになる。




