第九節 ブラックホール蒸発と、失われた一つのAの不在
■ 第九節 ブラックホール蒸発と、失われた一つのAの不在
ブラックホール情報パラドックスを考える際、最初に明確にしなければならないのは、ブラックホールへ落下した情報が人間にとって取り出せなくなることと、その情報が世界の物理的記述から完全に消滅することとは、同じ命題ではないということである。ブラックホールの事象の地平面を越えた物質や光は、古典的な時空の記述に従う限り、外部へ戻って直接的な信号を送ることができないため、遠方の観測者は、落下後の局所状態を通常の方法によって取得できなくなる。しかし、取得できないという事実は、外部の観測者に利用可能な経路が閉じたことを示していても、落下前に成立していた情報上の区別が、世界全体から消滅したことを直ちには示さない。情報の所在が観測者から隔離されること、情報が複雑な相関へ符号化されること、情報を復号するために非現実的な時間や計算量が必要になること、そして情報を区別する物理的な差そのものが失われることは、それぞれ異なる状態であり、ブラックホール情報パラドックスが真に問うているのは、その最後の意味における根源的な喪失が起こりうるかどうかである。
ブラックホールが形成される以前に、互いに異なる二つの量子状態AとBが存在していたとする。AとBは、粒子の種類、配置、位相、相関、運動状態その他のいずれかにおいて異なり、理想的な測定が可能であれば区別できる。これらがそれぞれブラックホールを形成し、あるいはすでに存在するブラックホールへ落下した後、ブラックホールがホーキング放射によって蒸発し、その最終的な放射状態が、落下した内容の微視的な違いに関係なく同一の熱的状態になるとすれば、AとBは一つの同じ結果へ移されたことになる。このとき問題となるのは、AやBを構成していた物質が別の形へ変化したことではなく、AであったこととBであったことを区別する情報が、最終状態のどこにも含まれないことである。
この過程を写像として表すならば、初期状態を最終状態へ移す作用をFとし、
F(A) = R
F(B) = R
となる場合、AとBは異なるにもかかわらず、同じRへ写される。これは多対一の写像であり、Rだけを与えられても、そこへ至った初期状態がAであったのかBであったのかを定めることができない。より重要なのは、単に人間がその区別を知らないのではなく、最終的な全情報の内部にAとBを区別する構造が残っていないならば、原理的にも判定できないということである。ブラックホール情報喪失の核心は、このような多対一化が自然界の根本的な時間発展として許されるのかという点にある。
これに対し、全体の時間発展がユニタリであり、異なる初期状態が異なる最終状態へ対応し続けるならば、外部に現れる放射が一見したところ熱的であっても、その全体的な相関には初期状態の違いが残されていなければならない。この場合、
F(A) = R_A
F(B) = R_B
であり、局所的な観測ではR_AとR_Bを区別できないとしても、全自由度を含む記述においてはR_AとR_Bは同一ではない。情報は、特定の放射粒子一個の性質へ単純に記録される必要はなく、多数の放射成分のあいだに形成される微細な相関、放射された時刻の順序、量子的な位相関係その他へ分散していてもよい。重要なのは、どの場所に読みやすく保存されているかではなく、AとBを区別する構造が全体としてゼロになっていないことである。
この序文から導かれる最初の課題は、「復元不可能」という表現を複数の水準へ分解することである。ブラックホールへ落下した情報が復元不可能であるというとき、それは第一に、現在の観測技術では読み取れないという技術的な復元不能を意味しうる。第二に、情報を読み出すために必要な観測精度、時間、装置、計算資源が物理的に用意できないという実行上の復元不能を意味しうる。第三に、復号に必要な手順は原理上存在するが、その複雑性があまりにも大きく、有限の観測者には遂行できないという計算的な復元不能を意味しうる。第四に、外部から取得できる部分だけでは復元できないものの、内部、放射、重力場その他を含めた全体系には区別が保持されているという部分系における復元不能を意味しうる。そして第五に、いかなる完全な記述を用いても初期状態を区別するものが残っていないという原理的な復元不能を意味しうる。
この五つのうち、最初の四つは、情報の消滅を必ずしも意味しない。観測者が届かない場所にある情報、極端に複雑な形式へ変換された情報、全体的な相関を測定しなければ読めない情報は、利用可能性を失っていても、物理的な記述から除かれているわけではない。永久保存性理論が否定しようとするのは、第五の原理的な復元不能、すなわち情報がいかなる形式にも対応せず、初期状態についての一意な区別が世界の記述から完全に除去される場合である。
本節では、この区別を基礎として、「取り出せない情報はまだ一つもない」という仮定を置く。ただし、この仮定は、現在の人間が宇宙に含まれるすべての情報を現実に回収できるという意味ではない。また、任意の部分系から過去の全状態を容易に再構成できるという意味でもない。それは、異なる入力を区別していた情報が、全体系における時間発展の途中で、いかなる対応も持たない完全な空白へ移されることはない、という原理的な仮定である。
この仮定のもとでは、復元とは、必ずしも元の物体や配置を物理的に再製作することではない。情報Aを復元するとは、現在の全情報から、初期状態がAであったことをBその他から区別できる規則が、少なくとも原理上存在することを意味する。元の形を作り直せなくても、Aから生じた最終状態がA以外の初期状態から生じた最終状態と同一でなければ、Aを識別する情報は保存されている。
したがって、純粋な情報保存における復元可能性は、物質的な逆再生よりも広い。ブラックホール蒸発の全過程を逆向きに実行し、落下した物体をそのまま取り出さなくてもよい。放射全体の量子状態から、落下前の状態を区別できる一意な対応が存在すれば、情報論上の復元可能性は成立する。
ここで重要になるのが、純粋状態と混合状態の区別である。純粋状態は、体系について許される最大限の量子的記述を持ち、全体として他の純粋状態から区別される。混合状態は、複数の可能な純粋状態についての統計的な重なりとして表され、与えられた混合状態だけからは、どの純粋状態が実際の入力であったかを定められない。もしブラックホール形成前の純粋状態が、完全蒸発後に初期状態へ依存しない混合状態へ移されるならば、一意な時間発展は失われる。
ただし、外部から見た部分的な状態が混合していることは、全体状態が混合していることを意味しない。二つ以上の部分が量子的に相関している場合、一方だけを取り出した状態は混合して見えても、両方を含む全体は純粋でありうる。ブラックホール放射が局所的には熱的であっても、異なる時刻に放射された成分、残存するブラックホール、重力的な自由度その他を合わせた全体には、純粋性が保持されている可能性がある。
この部分と全体の相違によって、情報の取り出せなさを正しく位置づけることができる。ある放射粒子だけを測定して初期状態を判定できないからといって、初期情報が消滅したとは言えない。情報は単一の成分ではなく、複数成分の組み合わせに保存されている可能性がある。二つの成分を別々に見ても無秩序に見える一方、それらの対応関係を調べれば規則が現れることがある。情報は物の属性としてだけでなく、複数の測定結果を結びつける相関として保持されうる。
ブラックホールから情報を取り出すという問題は、この相関をどの範囲まで集めれば初期状態の一意な復号が可能になるかという問題へ置き換えられる。蒸発初期の放射だけでは、初期状態について十分な情報が現れないかもしれない。放射が蓄積し、ブラックホールと放射のあいだの量子的な関係が変化した後には、より多くの初期情報が放射側から復号可能になるかもしれない。このとき、情報が途中まで存在せず、ある時点で突然生成されたのではない。情報が外部の特定部分から復号できる量が変化しているのである。
したがって、取り出せる時刻と保存されている時刻を同一視してはならない。情報が外部放射から復号可能になる以前にも、全体系には初期状態を一意にする構造が含まれている可能性がある。情報保存は全時間的な条件であり、情報取り出しは特定の部分系と時刻に依存する操作的な条件である。
この区別を導入することで、連続場としての可能域を定義できる。ある時刻tにおいて、全体系に含まれる情報から、将来または過去の状態を識別しうる操作の集合をM(t)とする。この集合には、現実に実行できる測定だけでなく、物理法則によって原理上許される復号、再構成、相関測定が含まれる。時間が進むにつれて、個々の操作は利用不能になり、別の操作が可能になることがある。しかし、情報保存が完全であるならば、初期状態Aを他から区別するための操作可能性が、すべて同時に消滅する有限時刻は存在しない。
ここで可能域を連続場と呼ぶのは、それが離散的な選択肢の一覧ではなく、時刻、観測領域、精度、復号方法に応じて連続的に形を変える操作可能性の構造だからである。ブラックホールへ物質が落下する以前には、Aを直接測定する操作が可能である。地平面を越えた後には、直接測定の経路は閉じる。しかし、外部の重力的な応答、ブラックホールの全体状態、後に放射される成分の相関など、別の形式による識別可能性が残るならば、可能域全体は消えていない。
したがって、一つの取得経路が閉じることと、可能域が失われることは異なる。直接観測という経路が閉じた後に、相関から復号する経路が開かれているならば、情報への接続方法が変化しただけである。連続場としての可能域が保存されるために必要なのは、同じ操作が永遠に利用可能であることではなく、ある操作から別の操作への移行が、有限時間内に完全な空集合を通過しないことである。
この条件を、一方向に対する一対一性として定式化できる。時間の向きを初期状態から蒸発後の放射へ向かう方向とし、その各時刻における全情報状態をI(t)とする。情報が保存されるならば、任意の二つの初期状態AとBについて、時間発展後の状態I_A(t)とI_B(t)は、全体系の記述では区別可能でなければならない。
すなわち、有限時刻tに対して、
AがBと同じでないならば、I_A(t)もI_B(t)と同じではない
という対応が維持される必要がある。
ここでの一対一性は、各初期状態がそれぞれ一つの固定された粒子や放射成分に対応するという意味ではない。一つの初期情報が多数の自由度へ拡散し、全体的な符号として保存されてもよい。必要なのは、異なる入力が同じ完全な符号へ変わらないことである。
また、一方向とは、情報が一つの空間方向へ移動することではない。時系列の順序に沿って、初期情報が各時点の全情報へ写される方向である。情報の配置は内部、地平面付近、放射、相関へと変化しうるが、初期から現在へ向かう写像の一意性が保たれる限り、情報の直線は失われない。
この一方向の一対一性によって、連続場としての可能域の喪失のなさを表現できる。時刻tにおいて直接利用できる測定経路が一つもなくても、将来の放射を含めた復号経路が残っているならば、可能域は時間軸上で閉じていない。逆に、ある有限時刻Tを境に、Aを区別する直接的、間接的、将来的なすべての復号経路がなくなるならば、Tは情報Aに関する可能域の終端となる。
本節で「取り出せない情報はまだ一つもない」と仮定することは、この終端TがいかなるAについても有限時間内に存在しないと仮定することである。現在利用できない情報はありうる。現在の観測者が知らない情報もありうる。現実的には永遠に近い時間をかけても復号できない情報もありうる。それでも、全時間発展を含む原理的な可能域において、情報Aへ接続するすべての経路が空になる最初の時刻はない。
この仮定は非常に強い。量子論において全体のユニタリティが成立しても、実際の観測者が情報を取り出すには、放射のほぼ全体を集め、極端に精密な量子操作を行い、巨大な計算複雑性を乗り越えなければならない可能性がある。また、重力を含む完全な量子理論が未完成である以上、現実のブラックホール蒸発について、すべての情報がどの形式で復号されるかを確定することもできない。
それでも、永久保存性理論が必要とするのは、実用的な復号手順の完成ではなく、一意な対応を根本的に否定する多対一化が、有限な物理過程として成立するかどうかである。全体の時間発展が一対一であるならば、復号の困難さは、情報の欠如ではなく、符号の複雑さに属する。
ここで、世界の一回性とAとBの関係を再構成する必要がある。通常、AとBが異なるという表記は、二つの独立した状態を比較するために用いられる。しかし、一回の現実的な時間発展において、同じ現在にAとBという二つの完成結果が同時に置かれているわけではない。一回の現在には、一つの全情報状態があり、その情報状態が一つの時間発展を受ける。
本節における「AとBの不等関係のなさ」とは、AとBという異なる情報内容が同じであるという意味ではない。また、量子状態の区別を否定するものでもない。それは、一回の現実的系列の内部に、同じ情報位置から独立に成立する二つの完成状態AとBが存在しないという意味である。
AとBは、異なる入力を比較する理論上の記号としては必要である。しかし、実際に通過される一回の系列では、その時点における全情報は一つであり、次の全情報も一つである。複数の可能性は、一つの現在から許される変換関係として含まれるが、それぞれが同時に完成した第二、第三の現在として置かれているのではない。
このため、一回性における非二重性は、情報の一意性と結びつく。ある時刻tにおける全情報状態I(t)は、その一回の現在に対して一つである。時刻tからtプラスdtへの全体的な移行も、一回の時間発展として一つである。理論上の別入力Bを想定することはできても、それは同じ一回の内部に並ぶ第二の現実ではなく、別の初期条件についての比較である。
したがって、AとBの不等関係が一回性の内部にまだないという命題は、選択以前の現在が二つの完成した情報へ分割されていないことを意味する。現在には区別可能な変換方向が含まれうるが、その区別は一つの情報場の内部にある。一つが選択されるとき、他方は第二の独立現実として並ぶのではなく、許容されなかった変換として現在の規則に含まれる。
この非二重性とブラックホール情報保存を結びつけると、重要な帰結が得られる。ブラックホールへAが落下した場合、Aとは異なるBが落下した別の実験を理論上比較できる。しかし、Aが落下した実際の系列には、Bの最終放射が第二の完成状態として併存しているわけではない。実在するのはAに対応する一回の全体的な蒸発系列である。
それでも、Aに対応する系列がBに対応する系列と区別できなければならないのは、Bも同時に実在するからではない。時間発展の規則が、異なる可能な入力を同じ出力へ潰さないことによって、Aの一意性を保証するためである。別入力との比較可能性は、一回の情報を一意に定める条件であり、二つの現実を同時に要求するものではない。
この意味で、一意性には比較可能性が必要であるが、現実的な二重化は必要ない。AがAとして一意であるためには、仮にBであったなら同じ最終状態にはならなかったという反事実的な区別が、時間発展の規則に含まれていなければならない。しかし、Bの系列が同じ現在に第二の現実として成立する必要はない。
ここから、「AからAを可能にできない最初の一回がない」という命題を、純粋な情報の自己対応として定義できる。ここでAからAへ進むとは、初期状態の物質的な形や局所配置をそのまま維持することではない。情報Aが任意の有限時間後にも、Aを他から区別する一意な符号へ対応し続けることを意味する。
時刻ゼロにおける情報AをA_0とし、時刻tにおける符号化状態をA_tとする。このとき、
A_0からA_tへの対応が一意であり、A_tから初期の識別情報へ原理的に戻る規則が存在する
ならば、情報論上のAからAへの連続は維持されている。
A_tはA_0と同じ表現を持つ必要はない。ブラックホール形成後には、Aはブラックホールの状態へ符号化され、蒸発中には内部と放射の相関へ分配され、完全蒸発後には放射全体の微細な関係へ表されるかもしれない。それでもA_tがA以外の初期状態と区別されるならば、情報AはAとしての一意性を失っていない。
したがって、AからAを可能にできない最初の一回とは、ある有限時刻Tにおいて、A_Tが他の初期状態の符号と完全に同一化され、以後、いかなる操作によってもAへ対応づけられなくなる最初の時点である。このTが存在するならば、Aの情報的な自己連続はそこで終わる。
本節の仮定では、この最初のTは存在しない。任意の有限時間tについて、A_tはAを一意にする全体的な符号を保持し、Aを他から識別する原理的な操作可能性は空にならない。これを、
任意の有限時間tについて、A_0とA_tの一意な対応が閉じない
と表すことができる。
この条件は、情報が常に外部から取り出せることを意味しない。事象の地平面を越えた直後には、外部だけからAを読み出すことができないかもしれない。蒸発途中にも、放射の一部だけでは復号できないかもしれない。しかし、全体の時間発展においてAの符号が消えず、将来的または大域的な復号可能性が残るならば、AからAへの一意な連続は閉じていない。
ここで、一対一性と有限時間性を結びつけなければならない。情報保存を無限時間後の抽象的な結果としてだけ置くならば、有限の現在においてAが保存されているかを判断できない。永久保存性理論に必要なのは、無限の最後に情報が突然回復することではなく、そこへ至る各有限区間で、一意な対応が一度も完全には切れないことである。
仮に時刻T_1からT_2まで、AをAへ対応づけるいかなる全体的規則も存在せず、T_2以後に突然Aの情報が再出現するとすれば、その再出現した情報がT_1以前のAに由来することを保証できない。情報のない空白から、同じ内容が偶然生成された可能性と区別できないからである。
したがって、情報保存は途中の空白を許さない。外部から読めない期間はありうるが、全体的な符号が存在しない期間はあってはならない。A_0からA_tへの対応は、各有限時点において形を変えながら連続していなければならない。
この連続は、数学的に滑らかな値の変化を必ずしも意味しない。相転移的な変化や、符号化領域の急激な移行が起こることもありうる。重要なのは、移行の前後で一意な対応が失われないことである。情報の所在や復号方法が不連続に変化しても、初期状態を他から識別する全体的な規則が保持されるならば、情報保存は連続している。
したがって、連続場としての可能域は、すべての操作が滑らかにつながることではなく、少なくとも一つの復号可能性が、各有限時点において原理的に残ることである。ある方法が閉じるときには、別の方法または別の符号化領域が、その一意性を受け取らなければならない。
この受け渡しを一方向に対して一対一にするとは、時間の各段階において、一つ前の情報が一つ次の全体情報へ欠落なく対応することである。ここで欠落なくというのは、すべての数値が同じ形式で残ることではない。初期状態を一意にするために必要な区別が、全体として削除されないという意味である。
ブラックホール情報問題において、ページ曲線が象徴するものも、この受け渡しの時間的な構造である。蒸発初期には放射単独のエントロピーが増加し、放射だけを見ると情報が失われているように見える。しかし、全体が純粋性を保つならば、ある段階以後には放射内部の相関が初期情報を担い、完全蒸発後の放射全体は一意な純粋状態として記述されなければならない。
アイランドを用いた計算が示唆するのは、放射の情報内容を評価するとき、古典的な空間配置だけを基準として内側と外側を分割してはならない可能性である。外部放射のエントロピーを計算する領域へ、幾何学的にはブラックホール内部に見える領域が含まれるならば、情報の帰属は単純な空間的位置よりも、量子的な符号化関係によって決まる。
これは、情報を取り出す経路について重要な意味を持つ。情報が事象の地平面の内側にあるように見える時期にも、その情報が外部放射の量子的記述と無関係であるとは限らない。どこから取り出せるかという問いは、空間上の場所だけでなく、どの自由度の組み合わせが復号領域を構成するかという問いになる。
したがって、「取り出せない情報はまだ一つもない」という仮定は、あらゆる情報が常に同じ外部領域から読めるという主張ではない。復号領域そのものが時間とともに変わり、ある時点ではブラックホール側に、別の時点では放射側に、さらに別の時点では両者の関係に情報が表されるとしても、全体的な復号経路が一度も完全には消えないという主張である。
ここで「まだ」という語は、単なる未確認を意味しない。それは、有限時間内に完全な情報喪失点を指定できていないことを意味する。情報が現在読み取れないからといって、将来も原理的に読み取れないとは言えない。また、将来に読み取れる保証が未確定であるからといって、現在すでに消滅したとも言えない。
本節ではさらに強く、完全な量子論的時間発展が一意である限り、情報を完全に失う有限時点は存在しないと仮定する。このとき、世界には「失われた一つのA」がまだない。
失われた一つのAとは、単にAが外から見えなくなった状態ではない。Aという情報が、全体系のどの自由度にも、どの相関にも、どの復号規則にも対応せず、Aを入力した場合と別の入力をした場合とが完全に同じになる状態である。このようなAが一つでも存在すれば、世界の時間発展には多対一化が含まれる。
しかし、全体的な一意性が維持されるならば、Aは局所的な表現を失っても、一つの符号として残る。符号は極端に複雑になり、実際には読み取れず、別の自由度へ非局所的に分散していてもよい。Aが他の入力と同一化されていない限り、失われた一つのAにはならない。
この命題は、Aの形態的な存続を述べていない。Aが物体、生命、文章、量子状態のいずれであっても、元のまとまりが保存される必要はない。本節で扱うのは、純粋な情報としてのAが、他の入力から区別される一意性を保持するかどうかだけである。
したがって、世界に失われた一つのAがないという命題は、「すべてを元の姿に戻せる」という命題よりも弱い一方、「何らかの痕跡が残る」という曖昧な命題よりも強い。必要なのは、異なる初期情報が、全体的な時間発展において異なる符号へ対応し続けることである。
ここで、AからAへの連続と、一回性を統合できる。一回性とは、Aが一度入力された系列が、Bを入力した系列と交換できないことである。Aから始まった系列は、どの有限時点にもAに由来する一意な符号を持ち、Bの系列と完全に重ならない。このため、Aの一回は、後からBの一回へ置き換えることができない。
しかし、一回性の内部にAとBという二つの完成した現実が同時に存在するわけではない。実際の系列は一つであり、その一つがAに対応する。一意性を判定するためにBとの理論的比較を行うことはできるが、比較対象Bは同一の現在に置かれる第二の現実ではない。
したがって、世界の一回性におけるAとBの不等関係のなさとは、相違がないことではなく、同じ一回の現在がA系列とB系列へ実在的に二重化されていないことを意味する。一回の情報は一つの系列に属し、その系列の一意性は、他の可能入力と同じ出力へ移らないことによって保証される。
この構造によって、選択を二つにせずに情報を保存できる。Aが選択されたとき、Bを第二の現実として成立させる必要はない。Aから始まる情報系列がBから始まる系列と交換不能であるように時間発展を一意に保てば、Aの選択はAとして保存される。
また、Bが選択されなかったことを、独立した一個の情報として保存する必要もない。選択規則全体が一対一であり、Aの符号が他入力から区別されるならば、Aがどの入力条件のもとで選ばれたかは、その全体的な符号化に含まれる。
ここで連続場としての可能域は、実現しなかった入力ごとに別世界を用意する場ではない。それは、一つの時間発展規則が、取りうる異なる入力を互いに同一化せず、それぞれに固有の符号を割り当てるための写像領域である。
可能域の喪失とは、この写像領域の一部が多対一化し、異なる入力が同じ符号へ移されることである。したがって、可能域の喪失のなさは、すべての選択肢が現実化することではなく、どの許容入力も他の入力へ吸収されず、一意な時間発展を持ちうることである。
ブラックホールへ落下したAが外部から観測できなくなっても、Aに対応する全体状態がBに対応する全体状態と区別されるならば、Aの可能域は閉じていない。現在の外部観測だけではAへ戻れなくても、全体状態からAへ対応づける原理的経路が残っているからである。
この経路は、物体をブラックホールから物理的に引き上げる経路ではない。現在の符号から初期情報を特定する復号経路である。したがって、事象の地平面によって空間的な帰還経路が閉じても、情報的な自己対応が閉じたとは限らない。
この点において、ブラックホールは、空間的な取り出し不能と情報的な取り出し不能を分けるための最も明瞭な例となる。物質や光が古典的に外へ戻れないとしても、情報が放射へ一意に符号化されるならば、空間的な不可逆性と情報的なユニタリティは両立する。
したがって、AからAを可能にできない最初の一回がないという命題は、Aが地平面の内側から同じ経路で戻れるという意味ではない。Aがどのような変換を受けても、任意の有限時点における全体的な符号から、Aであったことを他の入力から区別する可能性が完全には閉じないという意味である。
この情報的自己連続を、一方向に一対一でつなぐことができるならば、世界の一回性は保たれる。Aは各時刻で異なる形式へ変わるが、その形式変化は一つの順序を持ち、途中で別の入力と交換されない。A_0、A_1、A_2という記号は、同じ表現の反復ではなく、同じ初期情報に対応する異なる時刻の符号である。
この列において重要なのは、A_nからA_{n+1}への各移行が一意であり、A_nが別の初期情報の系列へ接合されないことである。各時点で情報の所在が変わっても、この系列対応が維持されるならば、一つのAは一度も失われていない。
反対に、一時点でもA_nとB_nが完全に同一となり、そこから先に両者を分ける情報がないならば、その時点でA系列とB系列は合流する。この合流以後、最終状態から初期入力を一意に決定できないため、少なくとも一方の情報は失われている。
したがって、世界に失われたAがないという命題は、異なる情報系列が有限時間内に完全合流しないという命題へ置き換えられる。局所的な経路は交差し、同じ測定値を示し、同じ熱的状態に見えることがあっても、全体的な符号が同一化しない限り、系列は失われていない。
ここで熱的という語にも注意が必要である。熱的な分布は、個々の放射結果について限られた統計情報しか与えない。複数の異なる純粋状態が、局所的には同じ熱的分布を示すことがありうる。そのため、熱的に見えることは、全情報が同じであることを意味しない。ブラックホール放射が近似的に熱的であっても、極めて微細な相関が初期情報を担っているならば、全体の純粋状態はそれぞれ異なる。
この微細な相関を現実に測定できないことは、理論的な一意性を否定しない。人間の測定能力には限界があり、すべての放射を完全に捕捉することも、量子的な位相を無損失で保持することも困難である。しかし、観測能力の限界を、自然法則の多対一性へ置き換えてはならない。
本節の「取り出せない情報はまだ一つもない」という前提は、この混同を避けるために置かれる。現在取り出せないことは、現在存在しないことではない。永遠に実行不能であるように見えることも、原理上の一意な復号写像がないこととは異なる。
ただし、この前提を空虚な主張にしないためには、「原理上可能」という表現にも条件を設けなければならない。単に論理的矛盾が見つからないだけでは、復号可能性があるとは言えない。全体的な時間発展が一対一であり、初期状態と最終状態の次元または自由度が整合し、異なる初期状態の内積や区別可能性が保存され、最終状態に対する逆写像が数学的に定義できる必要がある。
量子論におけるユニタリな発展では、時間発展演算子Uに対して逆演算子が存在し、
A_t = U(t)A_0
であるならば、
A_0 = U(t)^{-1}A_t
と表すことができる。この逆演算が現実に容易に実行できるとは限らないが、数学的な対応が存在する限り、A_tはA_0を一意に定める。
ブラックホール蒸発がこの形式で全体的に記述できるならば、放射状態は初期状態を一意に符号化している。逆演算が極端に複雑であっても、一つの最終状態が二つの異なる初期状態に対応することはない。
もっとも、重力を含む時空では、体系を単純に内部と外部へ分割し、それぞれ独立したヒルベルト空間を割り当てること自体が難しい可能性がある。重力的な制約や境界条件のため、情報の全体構造は、通常の局所量子系よりも非局所的でありうる。このことは復号問題を複雑にするが、同時に、内部から情報が消えたように見えることだけで全体的な喪失を結論できない理由にもなる。
アイランドやエンタングルメント・ウェッジの考え方は、どの情報がどの領域から復号可能かが、固定された古典的位置ではなく、全体の量子的な符号化構造によって変化しうることを示す。この場合、情報の保存場所を一点として探すこと自体が適切ではない。保存されるのは、初期状態と現在状態との一意な対応であり、その対応は複数領域の関係として実現される。
したがって、連続場としての可能域も、一つの場所に広がる場ではない。それは、時間ごとに変わる復号領域、測定操作、量子的相関、逆写像の集合によって構成される。Aへ接続する一つの操作が失われても、全体系に別の操作が残る限り、可能域は連続している。
この連続性を厳密にするためには、各有限時刻tについて、Aを識別できる原理的な操作D_tが少なくとも一つ存在すると考えることができる。D_tは時刻ごとに同じである必要はない。
D_0はAそのものへの直接測定であり、D_1はブラックホールの全体状態に対する測定、D_2は内部と初期放射の相関測定、D_3は後期放射を含む復号操作であるかもしれない。これらが時間に応じて入れ替わっても、
D_t(A_t) = A
という識別関係が原理上維持されるならば、Aへの情報的な経路は閉じていない。
ここでD_t(A_t) = Aとは、元の物体を再生成することではなく、A_tがどの初期情報に対応するかを一意に判定することを意味する。この一意な判定が各有限時刻で可能ならば、AからAへの情報連続は保たれる。
反対に、あるTにおいて、どのようなD_Tを考えてもA_TからAを識別できず、A_TがB_Tと完全に同一であるならば、TはAへの情報経路が失われた最初の時刻となる。本節の前提では、そのようなTはまだない。
この「まだない」は、未来永劫に絶対ないとすでに証明したことを意味しない。それは、永久保存性理論が採用する基礎仮説として、任意の有限時間における一対一対応の維持を要求するものである。理論が完成するためには、この要求を満たす時間発展の数学的条件と、実際の量子重力がそれを満たすかを示さなければならない。
しかし、少なくとも理論上の方向は明確である。世界に失われた一つのAがないと主張するために必要なのは、すべての情報を現在の人間が取り出せることではない。異なる初期情報が有限な時間発展によって完全に同一化されず、各Aに対して一意な符号列と原理的な復号操作が残ることである。
この条件が満たされるならば、ブラックホールは情報の墓所ではなく、情報表現を極端に変換する装置となる。直接読める局所情報は、非局所的な相関へ変わり、短い記述は長大な符号へ拡散し、単純な復号は極端に複雑な逆演算へ変わる。それでも、多対一化が起こらない限り、一つのAは他のAへ吸収されない。
世界の一回性も、この吸収の不在によって支えられる。一回の入力Aは、一つの固有な全体系列を形成する。その系列の途中でAの表現が何度変わっても、別入力Bの系列と完全合流しなければ、Aの一回はAとして一意である。
したがって、AからAを可能にできない最初の一回がないという命題と、世界に失われた一つのAがないという命題は、同じ一対一性の二つの表現となる。前者は時間方向に見た自己対応の非閉鎖であり、後者は入力集合から見た多対一化の不在である。
時間方向には、A_0からA_tへの対応がどの有限時点にも維持される。入力方向には、AとBが同じ全体状態へ写されない。この二条件が同時に成立するとき、一つの情報は時間の中で失われず、同時に他の情報へ置き換えられない。
この構造において、AとBの不等関係は理論的な区別として必要であるが、世界の一回性を二つへ割るものではない。異なる入力の比較は一意性を保証し、実際の時間発展は一つの入力について一つの系列を形成する。比較の複数性と現実の一回性は両立する。
また、AからAへの連続は、Aが不変であることを要求しない。Aはブラックホール、放射、相関、符号へと形式を変える。それでも、一意な逆対応がある限り、情報上の自己は保たれる。
連続場としての可能域も、同じ経路の永久的な開放を要求しない。直接測定、内部記述、放射相関、全体的復号という異なる経路が、互いに一意性を受け渡し、有限時間内に完全な空白を作らなければよい。
本節で提出される結論は、次のように整理できる。
第一に、ブラックホールへ落下した情報が外部観測者から取得不能になることは、情報が全体系から消滅することを意味しない。取得不能、計算不能、部分系からの復元不能、原理的な復元不能は区別されなければならない。
第二に、ブラックホール情報喪失の核心は、異なる初期状態が同じ完全な最終状態へ写される多対一的な時間発展が許されるかという問題にある。全体がユニタリに発展するならば、情報は局所的な表現を失っても、一意な全体的符号として保存される。
第三に、「取り出せない情報はまだ一つもない」という前提は、現在の観測者がすべてを復号できるという主張ではなく、任意の初期情報Aについて、全体系からAを識別する原理的な対応が有限時間内に完全には失われないという仮定である。
第四に、連続場としての可能域とは、直接観測、相関測定、将来的な放射復号その他の操作可能性が、時間に応じて形を変えながら、一意な識別関係を受け渡す構造である。一つの経路が閉じても、すべての経路が同時に空にならない限り、可能域は失われていない。
第五に、一方向に対する一対一性とは、初期情報から各時刻の全情報へ向かう写像が、多対一にならないことである。情報の場所や形式は変わっても、異なる入力が同じ完全な符号へ移されてはならない。
第六に、世界の一回性におけるAとBの不等関係のなさとは、AとBの内容が同一であることではなく、一回の現実系列が同じ現在においてA系列とB系列へ二重化されていないことを意味する。AとBの理論的比較は一意性を保証するが、二つの完成した現実を同時に要求しない。
第七に、AからAを可能にできない最初の一回がないとは、情報Aが同じ表現を維持することではなく、任意の有限時点において、現在の符号から初期情報Aを一意に識別する原理的な関係が閉じないことである。
第八に、世界に失われた一つのAがないとは、Aが見えなくならないことでも、元の形へ戻せることでもない。Aが別の入力と完全に同一化されず、一つの固有な符号列として時間を通過し続けることである。
ゆえに、ブラックホールが情報を読み取れないほど複雑に変換するとしても、それは直ちに情報の終端ではない。事象の地平面は、外部からの直接取得を閉じる境界にはなりうるが、情報上の一意な対応を閉じる境界であるとは限らない。
Aはブラックホールへ落下し、外部から見えなくなり、熱的に見える放射へ拡散し、膨大な相関の中へ符号化されるかもしれない。それでも、AがBと同じ完全な放射状態へ押し潰されないならば、AはまだAとして一意である。
取り出せない情報は、失われた情報ではない。復号不能に見える符号は、無ではない。一つの直接経路が閉じたことは、すべての可能域が閉じたことではない。そして、有限時間内のどこにもAをAへ対応づけられない最初の一点が存在しないならば、世界にはまだ、完全に失われた一つのAはないのである。




