茶会2
箔翔は、仕方なく上座に座り、格下の神達が挨拶に来るのに会釈を返していた。
維心から出ろと言われたら、前の父王なら断りも出来たが、箔翔には出来なかったからだ。何しろ、維心は政務の師匠でもあり、逆らう事など出来なかった。
あまり親しく話すような神も居らず、箔翔はひたすらにムッツリと黙って座っていた。自分の知り合いと言えば龍だが、此度は龍の王族は誰も参加していない。
龍といえば炎嘉ぐらいだが、炎嘉はもとより自分を龍だと思っていないし、箔翔も炎嘉は鳥だと思っていた。
そもそも、その炎嘉すらこの席には出て来ていない。
恐らく奥で、高みの見物でもしているのだろう。
箔翔は、本人はあまり意識していないが、箔炎譲りの美しい容姿だった。
神世でも珍しい豪華な金髪に時に赤に見える緑の瞳に涼やかな目元で、そこに居る皇女達の視線を一身に集めていた。
しかも、箔翔は独身の最高位の鷹の王。
さらにまだ、かなり若い部類に入る。
自然、回りは浮き足立った雰囲気になった。
「箔翔殿。」
声を掛けられて、箔翔はそちらを見た。
するとそこには、会合で何度か目にしている王が、若い女を横にこちらを見ていた。
「…鴎実殿。」
箔翔は、自分の記憶を何とか引っ張り出して軽く会釈を返した。相手は、嬉しそうに微笑んだ。
「何度かお会いしておったが、覚えてくれておったとは嬉しい事よ。」と、隣りの女に頷き掛けた。「我が第二皇女、美鈴ぞ。」
美鈴と言われたその皇女は、頭を下げた。
「美鈴と申します。」
箔翔は、また軽く会釈した。
「鷹の王、箔翔ぞ。」
鴎実は、言った。
「美鈴は、我が皇女の中でも王妃に似て殊に美しいので、此度の機会にどうにか嫁ぐ場が見つからぬかと連れて参ったのだ。箔翔殿には、ただ今は一人の妃も居らぬと聞いておるし、目通りをと思うての。」
箔翔は、少し眉を寄せた。つまりは、自分の娘をどうか、と言っているのだ。
今日はこんな席なので、これから山ほどこのような申し出を聞くことになるのだろう。箔翔はうんざりしたが、言った。
「本日は龍王からの打診で仕方なく参っただけであって、我も妃を探しに参ったのではないのだ。確かに美鈴殿は大変に美しいが、我より他に良い縁があるのではと思うがの。」
もっと遠回しな表現もあった。しかし、箔翔ははっきりと断る方を取った。
鴎実は目に見えて残念そうな顔をしたが、苦笑した。
「そうであるのか。ならば致し方ない。とは申して、此度はたくさんの宮の皇子や皇女、それに王が参加しておる場。主をその気にさせる女が現れたら良いの。」
同じ王同士なので、意に添わない縁がどれほど面倒なのか知っている鴎実は、そう言うとそこを去って行った。
箔翔はホッと肩を撫で下ろしたが、回りが急に水を打ったように静かになったのを感じ取って、自然皆が見つめる方を見た。
そこには、目が覚めるほどに美しい、覚えのあるような気の男女が立っていた。
思った通り、燐と綾の二人が茶会の席に現れると、皆一斉に息を飲み、シンと静まり返った。そうして誰かが我に返って動き出したのを最初に、一斉に二人に向けて歩いて来た。
さすがの燐も、それには退いた…まさかこれほどにあからさまに寄って来るとは思っていなかったのだ。
今まで、茶会とは言っても宮で開くものなので、王族の燐には皆、どこかしら遠慮もあり遠巻きだった。
そんなものかと思っていたが、神世では見合いの茶会とはこんな風に真剣勝負なのだろう。
「驚くほどに美しい。焔殿には、会合の席でお会いしておるが、気がよう似ておるの。主らは鷲か?」
「鷲がこれほどに美しい種族であるとは、我も知らなんだ。」
「これはまた目が覚めるようぞ。他が霞むとはまさにこのことよな。」
「こら割り込むでないぞ。我が先に話しておったのに。」
「我の皇女が来ておるのだ。目通りをせぬか。」
「我は序列上から二番目ぞ。」
「序列を振りかざすとは下品な王も居ったものよな。」
「ああ、こちらへ参らぬか、庭へでも出ようぞ。」
回りの王達が一斉に話しかけるので、燐も綾もさすがに言葉に詰まった。綾も、あちこちから手を取られていつもなら軽くいなすのだが、これほどあからさまに来られた経験が無いので、呆然としている。
こちらから見ていた箔翔が、ここでは唯一序列最高位の自分が声を掛けなければ、大変なことになる、と察して、椅子に座ったまま声を張った。
「こちらへ!我は鷹の王、箔翔。同じ種族同士、話がしたいと待っておった。」
騒がしかった王達が、ピタと静かになった。
そうして、綾の手を離すものかと掴んでいた王達も、渋々ながら手を放した。
ホッとした燐は、綾に頷き掛けて箔翔の方へと歩いて来て、頭を下げた。
「感謝致しまする、箔翔殿。我は鷲の王、焔の兄、燐。こちらは母の綾でございます。」
やっぱりそうか。
箔翔は思って、二人を見た。
鷲の宮の様子は、調べさせて知っていた。なので、綾がこの美しく愛らしい容姿の裏で、どれほどしっかりと気強い女なのかも知っていた。
それでも、そ知らぬ風を装って、箔翔は頷いた。
「焔殿と気が良く似ておったゆえ。同じ鳥から分かれた種族同士であるしの。座るが良い。」と、側の椅子を示した。燐と綾は、そこへ安堵の表情で腰掛ける。箔翔は、続けた。「ならば知るまいな。こういう茶会は、皆必死であるのだ。己の好みの相手を見つけるために来ておるのだし、見つけたなら早よう手にして婚姻の約束を取り付けなければ、他の者に取られてしまう。相手を探しておる女など限られておるし、毎回同じようなメンツになってしまうもの。新しい相手が、ましてこのように美しい相手が来たとなれば、皆があのように殺到してもおかしくはないのだ。公青も、先に知らせて置けば良いものを…困ったことよな。」
燐は、それを聞いて合点がいった。珍しい上、先を越されてはと必死になるのだ。だからあんなことになる。
「…助かり申した。我ら、まだ神世に出て来たばかり、分からぬことだらけでありますので。箔翔殿は、しかし序列上位の王であられるのに、一人身と聞いておりまするが。」
箔翔は、そんなことは知られているのか、と思って少し驚いたが、頷いた。
「そう。一度この公青の妹と婚姻となったが、離縁しての。あれは今は別の宮へ嫁いでおるが、我はそんなこともあり、ようよう考えてでなくば妃など要らぬと思うておる。此度のことは、龍王が出ろと申すから、出て参っただけよ。時の無駄だと思うて皆を眺めておったわ。」
燐は、まじまじと箔翔を見た。
自分も美しいと言われて来たし、確かに人目を引く容姿であるという自負もある。だが、箔翔もまた、違った形でそれは美しい。嫁ぎたいという皇女は多いであろうに、それを蹴っておるのか。
「鷹ともなれば、妃は一人と決まったものでもないであろうに。主は、それほどに人目を引く容姿であられる。思うままではないのだろうか。」
箔翔は、首を振った。
「確かに誰でも思うままであるが、我の思うままではないの。我が望むとおりの女など、神世には少ないのだ。そもそも我は、父の放蕩のせいで人から生まれた皇子でな。父はまた、人世でいろいろ学んで参れと我をしばらく人世へ置いた。なので、我は人のような性質の女でなければ、あまり興味が湧かぬのだ。女神は皆、何を考えておるのか全く分からぬ。我は己を隠して微笑んでばかりの女は好かぬのだ。」
燐と綾は、顔を見合わせた。人のような女…想像もつかない。
何しろ、最近まで自分の種族としか接して来なかったのだ。それが、人のことまで分かるはずなどなかった。
「よう…分かりませぬわ。」綾が、首をかしげながらも、必死に考えているようで、言った。「本当に、ずっと引っ込んでおった田舎者でございます。人のことなど、全く知りませんで…。」
混乱しているようでも、イライラしているようでもあるように、箔翔には見えた。箔翔は、薄っすら笑った。
「いや、宮へ篭っておらずとも、恐らくあまり神は人を知らぬのだ。我とて共に生活してみて初めて分かったことがあったのだからの。だがまあ、我のことは良い。それよりも主らは、此度は真剣に相手を探しに参ったのであろう?」と、こちらを気にしつつも、最高位の鷲と鷹に割り込めないでいる神達の方へちらと視線をやった。「皆序列は申し分ない。あとは性質よな。こちらを積極的に見ておる女神も王も、我はお勧め出来ぬ。王は妃が多く、女神は他の茶会でも残って焦っておる者達。もし我が探しておるのなら、あのようにがっついておる者達ではなく、ためらいがちに隅で茶を飲んでおる者達から声を掛けるかの。男女の付き合いに慣れておらぬか、茶会が初めてであるかの奴らであるから。」
燐と綾は、真剣にそれを聞いてふんふんと頷いた。
「確かにその通りやもしれぬの。我はあのようにあからさまに見上げられることに、慣れておらぬから。」
燐が言うのに、綾も頷いた。
「お相手の、本当の様を知らずに流されてしまうような、そんな危険を感じましたわ。我は、もっとゆっくりとお話をしたいと思うております。」
燐は、しかし困惑したように箔翔を見た。
「だがしかし、箔翔殿の側を離れたらすぐにでもあれらが寄って参って、我ら自由に歩き回れぬのではないか。」
箔翔は、困ったように立ち上がると、言った。
「しようが無い。では、我がついて参ろうほどに。だがしかし、庭へでも出る風で、我らだけの世界を作っておるふりをせねば、あやつらは相手を探しに立ったと思うて我にまで寄って参る。」と、燐を見た。「主は誰が良いと思うのだ。」
燐は、回りを見回した。だが、めぼしい女など、いない。何しろ、今まで興味を持った女が、弟の婚約者だけだったのだ。
「…分からぬ。我は見目だけで選ぶことはないし。」
箔翔は、肩をすくめた。
「我とてそうよ。ならば、とにかくは庭へ。さすれば、こんな場に慣れないので隠れておる者達がパラパラと見つかるであろう。さ、参ろうぞ。」
箔翔は、先にさくさくと歩いて行く。
燐は急いで綾の手を取ると、箔翔の背を追って庭へと向かったのだった。




