茶会3
炎嘉と公青が居間へと入って行くと、志心が公青の皇子の公明を相手に、何やら話していた。
小さな公明は、賢そうな瞳でじっと志心を見上げ、黙っておとなしく志心の話を聞いている。侍女や乳母達も、側に黙って控えているだけだった。
公青が、驚いたような顔をして、それに近付いて言った。
「なんとの、志心殿。どうやってこれを静かにさせておるのだ?」
志心は、公青と炎嘉が入って来たのを見て、穏やかに微笑んだ。
「何を言うておる。こやつは大変に利口な皇子ぞ。このように幼いのに、我が神世の歴史の話をしておったら、それは真剣に聞いておるのだ。主、教育のしかたを間違っておるのではないのか?これはもう、少々難しいことでも理解する子ぞ。」
公青は、驚きながらまじまじと公明を見た。
「そうなのか?主は、歴史に興味があるか。」
公明は、公青を見上げて頷いた。
「はい、ちちうえ。われは、でもまだ書がよめぬので、こうして志心様におはなしをしてもらっておったのです。」
公青は、公明を抱き上げて、言った。
「そうか、まだ早いかと字もかな文字しか教えておらぬしな。まずは、字であるな。」と、乳母を見た。「相留に言うて、師をつけよ。字を教えさせるのが先よな。」
公明は、目を輝かせた。
「では、われはあの、たくさんの書をよむことができるようになるのですね。」
まだ見た目は赤子のようで、しかし言葉は早かった公明だったが、まさかここまで理解が早い子であるとは思わなかった。
公青は思いながら、公明の頭を撫でた。
「そうよな。まずは、字を。さすれば何でも己で調べて書を読むことも出来ようほどに。まだ神世でも早いと言われる歳であるから、我もそれほど急いで教えることはないかと思うておったが、主が望むなら別よ。師について、学ぶが良い。」と、公明を下ろした。「さ、父は仕事よ。主は戻れ。」
公明は、こっくりと頷くと、頭を下げた。
「はい、ちちうえ。ごぜんしつれいいたします。」
意味が分かっているのか分かっていないのか、とにかくぺこりと頭を下げると、公明は出て行った。
炎嘉が、それを見送りながら感心したように言った。
「何と賢しい子よな。先が楽しみではないか、公青。ま、我はあの歳にはもう、書は読めたし書けたわ。」
志心が、苦笑しながらそこへ座る炎嘉と公青を見て言った。
「主や維心は特別ぞ。そこまで気が大きな神は、神世には生まれた例はないからの。何に対しても優秀であることは、我らも聞き及ぶところであるし。それで、維心は来なかったのか。」
炎嘉は、頷いた。
「あやつは愚かなのだ。特に何も考えずに、維月に茶会へ行くとか言うてしもうたらしゅうてな。後から慌てて訂正したが、時既に遅かった。怒って月の宮へ帰っておるのだそうだ。なので、もしも本日来てしもうたら、二度と戻って来ぬかもしれぬと、あやつは来ないことにしよった。」
志心は、首をかしげた。
「そうか…ならばあの噂は本当か。龍王妃は身内の術に掛かって一時赤子に戻ってしまい、今は育っておるが記憶がないとかなんとか。」
炎嘉は、眉を寄せた。
「何ぞ、そんな噂が?」
志心は、頷いた。
「我が軍神達がの。どこよりか調べて参ったわ。だがしかし、無事に維心が娶っておるのは変わらぬだろうが。ならば支障はないかと思うて、我も龍の宮へいちいち問い合わせもせなんだのだ。」
炎嘉は、息をついた。
「当事者の間では、そう簡単なことではなかったのだぞ?維月は維心が育てたゆえ、一時は我に嫁ぐと言うたほど。ま、以前の維月ならば大歓迎であるが、今の維月は幼い。前の維月のような包容力もないし、何やら薄い気がするのだ。早よう術が解けてくれることを祈っておるよ。」
すると、公青がどこか別の所を見ているような目をして、顔をしかめた。
炎嘉と志心は、公青を見た。
「何ぞ、何か見えたか。」
公青は、頷いた。神はだいたい、自分の結界の内は見ようと思えば見えるのだ。
「燐と綾ぞ。箔翔が庇って何とか他の神達にたかられぬようになったが、それでもあれでは相手が見つかるまい。庭へ出ることにしたようよ。」
炎嘉が、難しい顔をして公青を見た。
「ぬかったの。しかし此度、燐はどうあれ綾には必ず相手を見つけてもらわねばならぬのに。あやつらは目立ち過ぎるのだ。もっと小規模にすれば良かったのに。」
公青は、渋い顔をした。
「ああ、此度は我が翠明や甲斐、定佳を呼びたいと申したからであろうの。そちらでいう格が、あやつらの宮にはまだ付いておらぬだろうが。なのでいくら見合いの茶会と言うて、上から二番目までとなると文句も出ようということで、龍の宮が三番目までと広く定めたのだ。なので、こんな数になってしもうて。」
炎嘉は、仕方なく立ち上がった。
「ああ、しようがないの。ここで何か出来るというと、我しか居らぬではないか。もう、あんな場は前世で飽き飽きしておるのに、行かねばならぬか。」
志心が、笑った。
「主はほんによう他の神を気遣うことよ。だがしかし、主にしかこれは出来ぬからの。」
炎嘉は、ふんと鼻を鳴らしてから歩き出した。
「己の性分に呆れるわ。だがしかし、焔の宮には落ち着いてもらわねばならぬゆえ。行って参る。」
そうして、炎嘉は仕方なく、茶会の席へと出向いて行ったのだった。
一方、箔翔と燐、綾が庭へ出ると、確かにパラパラと神達は居た。
しかし、皆誰かと共に歩いていて、恐らくは自分の相手と狙いを定めた同士なのだろう、真剣な目で相手を見つめながら、探るような会話をしつつ通り過ぎることが多かった。
燐が、ため息をついた。
「確かにたくさんの神が居るが、接することが困難であると選ぶことも出来ぬな。これでは、どんな女であるのかなど、分からぬではないか。」
すると箔翔は、苦笑して頷いた。
「なので人数が多いから良いというわけではないのだ。ここでは気を探り、己の好みの気であるとか見目であるとかで探し出し、そうして話して合うか合わないかと見極める。男は別に良い、何人でも娶ることが出来るしの。だが女は、それが限りの相手であるし、難しいやもの。」
綾が、そっとため息をついたのが聴こえた。まさか、これほど大変だとは思わなかったようだ。確かに今まで、狭い鷲の領地の中だけで居たのだから、こんな大規模な茶会など知らなかったのだろう。
だがしかし、この綾が嫁がねば鷲の宮は困るのだと箔翔は知っていた。なので、どうしたものかと考えた。
「さてな…どうしたものか。我もそれほど、茶会には詳しゅうないのだ。その辺りの王とでも、話して見るか?」
燐が、横から言った。
「箔翔殿。母は王妃であったので、出来れば序列のことも考えて見て欲しいと思う。あまりに小さな宮であったら、母もこれまでの生活があるゆえ、辛かろうと。」
箔翔は、確かに、と思った。だが序列が上から二番目であると、数は限られている。キョロキョロと二番目の王を探して気を探っていると、脇から声がした。
「まぁた箔翔よ。慣れぬことをさせられて、主も大変よな。ま、主は主で相手を探さぬか。そのために維心は主にも出よと申したのだと思うぞ。」
横で、綾がハッと息を飲んだのが分かった。
箔翔は、相手に向かって言った。
「我は当分相手は要らぬと申しておるのに。して、炎嘉殿。茶会には出ぬと聞いておったのに、気が変わられたか。」
炎嘉は、華やかにそれは美しい王だった。そんな炎嘉の回りには、序列が二番目の王達と、その宮の皇女達がぞろぞろとついて歩いて来ているのが見えている。饒舌で、明るい炎嘉の回りには、いつもこうして神が取り巻いていたのだと、箔炎から聞いたことがあった。
今生は、ついぞこんな席では見ないと聞いていたのだが。
「我とていろいろ考えておるわ。別に相手は見つからずとも、こうして賑やかにしておるだけでも気持ちが華やぐもの。」
すると綾が、控えめに頭を下げた。
「鷲の宮、綾と申します。」
炎嘉は愛想良く微笑んで会釈した。
「龍の南の宮、王の炎嘉ぞ。」
綾は、驚いたような顔をした。
「え、龍?」
それにしては眩しいほどの華やかさ。これは主に鳥族の風情なのに。
炎嘉は、笑った。
「なに、前世は鳥族の王での。記憶もそのままに転生したら、龍であったのよ。龍王の維心とは前世よりの友であったし、あれも我を使うのは難しいようで、南へ厄介払いされたのだ。」
綾は、少し頰を染めた。
「まあ…厄介払いなどと。きっとそのお姿が、眩しいので同じ宮にはと思われたのでございましょう。」
炎嘉は、少し驚いた顔をした。しかし微笑むと、言った。
「ならば我らと歓談しようぞ。あまりに人数が多いゆえ、気心知れた神ばかりを連れて出て参ったのだ。」
綾は頷くと、すっと炎嘉に手を差し出した。炎嘉はまた驚いたように片眉を上げたが、その手を取ると、庭を歩き出したのだった。




