茶会
結局、維心は西の宮へ行くのを断念した。
このままでは、あの維月どころか、元へ戻った維月の喚起まで被って、戻って来なくなると恐れたからだ。
西へ行く前に龍の宮へと立ち寄った炎嘉は、それを聞いて大笑いした。
「何との!それは怒るわ、あの維月ならの!主も軽々しくそんな事を決めるからではないか。」
維心は、むっつりと不機嫌な顔のまま炎嘉を見た。
「茶会になど興味はないのに。ただ、皆と話そうかと思うただけよ。」
炎嘉は、手を振った。まだ笑っている。
「ああ、ま、慣れぬのにふらふらと他の女など見に出かけようなどと悪い考えを起こすからそうなるのだ。やっと婚姻を取り付けて、まだ数日であったではないか?それは維月でなくとも、機嫌が悪うなるわ。我でもそんな短時間で茶会に出ようなどとは考えなかったのに。」
維心は、怒って立ち上がった。
「だから、我は他の女などに興味はないと言うに!」
炎嘉は、わかったわかったと手で合図して、言った。
「それを信じよと申すのが難しいのだ。婚姻からしばらくは、なので皆おとなしくして行動で示すものであるのだ。それを主は…ま、それだけ何も知らぬということであるがな。さて」と、立ち上がって首を回した。「行って来るか。暇にしておったら維織も良い年頃に育っておるだろうから、あちらへ連れて参っても良いかと思うたのに、居らぬのだな。」
維心は、ぶすっと膨れっ面のまま横を向いた。
「維月と十六夜が月の宮へ行ったのなら、自分も参ると申しての。今はあちらぞ。」
炎嘉は、頷いて歩き出した。
「ならば一人で参る。なに、あちらに志心も来ておるとか聞いておるし、ゆっくりして参るわ。主はおとなしゅうしておれ。あれを失っても良いなら構わぬがの。そうしたら、我が貰い受けるゆえ、別に好きにすれば良いが。」
維心は、炎嘉を軽く睨んだ。
「煩いわ。早よう行け。」
炎嘉は苦笑すると、そのままそこを出て行った。
維心は、深いため息をついたのだった。
公青の宮では、たくさんの客を迎えててんやわんやだった。
玉座に座って次々に来客達の挨拶を受けながら、横に立たせている甲斐、翠明、定佳を見た。
安芸はやはり来なかった…現在二人目を宿して身重の妃がどれほどに怒るかと思うと、とても出られない、というのが安芸の答えだった。
公青は苦笑しながら、三人を見やった。
三人は共に、初めて会う気の大きな東の神達からの挨拶を受け、公青に一々紹介されてすっかり緊張して固まっていた。
毎回、自分の息子のようなもの、という公青の言葉に、更に粗相は出来ぬと緊張するようだった。
一当たり挨拶も終え、茶会の席へと皆が移動し始めた頃、やっと侍従の声が告げた。
「鷲の宮から、燐様、綾様ご到着でございます。」
公青は、来たか、と薄っすらと微笑んだ。
この二人は、親子なのだと言う。
しかし綾の方は、前の鷲王を篭絡してそんな身分でもないのに、他の妃を差し置いて正妃の座へと座ったやり手の女。
神世では、そんな女は珍しかった。
しっかりと顔を見てやろう、と侍従に頷き掛けた。
「こちらへ。」
すると、大扉が開き、二人の鷲が歩いて来た。
公青は、思わず目を細めて息を飲んだ…綾という女もそうだが、燐ということ男も、相当な美しさだ。
これほどの容姿は、維心以外で見たことが無かった。いや、確かカラスの久島もそうだったか…。
そんなことを思って見ていると、二人は公青の前まで進み出て、軽く頭を下げた。
「公青殿とお見受けする。我は、鷲の王、焔の兄の、燐。こちらが我の母の、綾と申す。ただ今は一人身であるので、こちらの茶会へと参加させて頂いた。」
公青は、頷いた。
「よう来られた、燐殿、綾殿。我は公青、この西の島を統べておる王ぞ。こちらは、我の島のそれぞれの領地を任せておるそれぞれに王の、こちらから甲斐、翠明、定佳。我の息子のようなものであるし、顔見世も兼ねて此度の茶会へ参加させようと思うての。」
燐は、それは魅力的に微笑んだ。
「ならば、我らと同じであるの。我らも長く宮を閉じておったゆえ、新参者のようなもの。此度は共に、茶会の席へ参りたいもの。」
公青は、この燐の堂々とした様と、それでいて押し付けがましくなく控えめな様子に、感心していた。
これは、此度の茶会はこれを巡って大変なことになりそうだ。
公青は、綾の方も見た。
「大変に美しい母上であるの。一人身であるとは、此度集まった王達は何と幸運な。我は此度、参加出来ぬので残念なことよ。」
燐は、片眉を上げた。
「ほう?公青様は、出られぬのですか?」
公青は、苦笑した。
「我は今、皇子がやんちゃで手が付けられぬでな。甘やかしてしもうたゆえ、今奥宮はとても新たに妃を、という雰囲気ではないのだ。正妃は身重であるし、それどころではないというのが、本音よ。しかし華やかな雰囲気は良いもの。主らは存分に楽しんでもらいたい。」
綾が、にっこりと人懐っこく微笑んだ。
「小さな子が居るのは良いこと。明るいご様子が手に取るようで、こちらの宮は良い場所であること。何やら我まで、明るい心地になりまする。」
公青は、分かっていながら綾の美しさとその愛らしい様に惹かれるような気がした。もちろん、自分は見た目だけで惹かれることはないが、それでもこれは、まるで性質まで優しく包み込むような様ではないか。大したものよ。
「綾殿が席へと移られたら他の王が大変であろうの。このように美しい女神は、ついぞ見ておらぬ。主も、本日は良い神ばかりが集っておると聞くし、ようよう見て決めて参るが良いぞ。」
綾は、深くそれは美しい所作で頭を下げた。
「はい、公青様。」
燐が、軽く頭を下げた。
「では、我らは席へ。」
公青は、頷いて侍女に合図する。
二人は、侍女に先導されて、茶会の席へと移って行った。
公青が息をついて甲斐や翠明、定佳に話しかけようとそちらを向くと、後ろから声がした。
「おーおーあれはまた、大変な狐よなあ。」
びっくりした公青は、慌ててそちらを見た。
すると、そこには炎嘉が笑って立っていた。
「何ぞ、いつ参った。」
公青が驚いたまま言うと、炎嘉はからかうように笑った。
「ついさっき。主はあれに見とれて我に気付かなんだではないか。良い折であるし、我も観察させてもろうたのだ。あんなものが宮へ入ったら大変であるぞ?良いようにされてしまうわ。何しろ、維月の悪い版であるから。そう、言うなれば黒維月。ま、維月ほど影響力はないであろうがの。これは、維心が来ずで良かったことよ。あの狐であれば、維心に狙いを定めて大変であったわ。あの頑固者は斬って捨てよるかもしれぬからなあ。」
それを聞いた、翠明が目を丸くして両隣の甲斐と定佳を見る。二人も、同じように驚いていた。
公青が、はーっと息を付いた。
「まあ龍王の女嫌いは有名であるし。維月殿でなければ絶対に手を付けぬと聞いておる。斬って捨てるだろうの。して、主はその維月殿は良いのか。新しい妃を探しに参ったのであろう?」
炎嘉は、盛大に首を振った。
「そんなはずはなかろうが。あれを見に参った。それで、どこの王があれを娶るのか見てやろうと思うてな。今生は妃など要らぬわ。前世で飽き飽きよ。我は本当に愛した女しか、側には置かぬ。維心が正解だと、前世より思うておったから。」と、首をくいと振った。「では、主は茶会に出ぬだろう?我もよ。志心が来ておると聞いた。どこで待たせておるのだ?」
公青は、息をついて立ち上がった。
「あちらぞ。我の居間。子守りをしておるわ。参ろうぞ。」と、甲斐と定佳と翠明を見た。「ああ、主らは子供でもあるまいし、茶会の席へ行って参れ。普段と同じぞ、気に入れば庭でも歩けば良いし、良いのが居らねば控えに戻れば良い。好きにせい。」
三人は、顔を見合わせてから、公青に頭を下げた。公青は、それを見てから、炎嘉を連れて自分の居間へと戻って行ったのだった。




