表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
同じ時間を過ごしたくて、あなたを愛する覚悟を決めたんだ  作者: 亜沙美多郎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/16

13

 怜志は心の準備をしてたつもりでいたが、息を殺して伊角の次の言葉を待つ。このまま何も知らないまま帰る方が余程怖いと思っていたのに、聞く間際になると背中に冷や汗が流れる。

「陽彩くんは、コールドスリープで眠っていたんです。三十年間。実行したのは先々代の研究責任者だった滝川さん。鳴海さんは、お姉さんである白石さんから、ここに陽彩が眠っている。あの子を迎えに行ってほしいと、僕の連絡先を預かったそうです。そして、僕たちは鳴海さんの依頼で陽彩くんをコールドスリープから目覚めさせたということです」

「コールドスリープだなんて……そんなわけ……三十年? あり得ない……」

 今の時代でも、まだ研究段階なはずだ。短期間のコールドスリープに成功したなんて噂は耳にするものの、研究者の極一部で囁かれているに過ぎない。実際、研究はなされているが公にされている成功例もない。それを三十年以上も前に? 子供を?

 どんな内容でも受け入れるとは言ったが、この話を信じろなんて言う方が無理があるのではないかと問い詰めたくなる。

 伊角の人柄は知っている。誰よりも研究熱心で、冗談が通じないタイプ。まして自分が嘘を言うなんて概念すら先ずない人だ。その伊角が決死の覚悟で打ち明けてくれた。だからと言って簡単に信じられる内容ではない。

 激しく動揺している怜志を黙認しながらも、伊角は話を続ける。

「短時間の保存ではないと最初から仮定されていたため、一般的に言われている冬眠よりも体温を下げる必要がありました。体温を三十度に下げたくらいで人間の生命を保てるのはせいぜい一週間が関の山でしょう。

 白石さんの話では、いつ目覚めさせてと頼むかは見当もつかないとのことだったので、数年は眠らせると予想し、滝川さんと研究チームは体温設定を冷凍に近い状態まで下げることにしました。勿論、当時の技術から言えば殆ど賭けですよ。滝川さんも、まさか世代が変わっても白石さんが迎えに来ないとは考えていなかったようですし。前任の研究責任者は滝川さんの右腕だったし、滝川さんの研究に心酔している人だったので、自ら全面的に任せてほしいと名乗り出たと聞いています」

「それでもまだ、白石さんは現れなかった……」

「えぇ。前任者は僕の直属の上司でした。その間は音信不通でしたが、僕に代替わりをしてから研究室を訪ねてきた女性がいました。それが白石さんだとは直ぐに分かりました。彼女は病気を患っていて、陽彩を自分の妹に託すつもりでいると話しました。だから、どうかこのまま研究を続けて欲しいと。そうして、コールドスリープとクローンの研究が同時進行で長期に渡り続けられてきたのです」

 そうして月日は経ち、鳴海が伊角に電話をかけたことから再び陽彩の時間が動き始める……。

 ここまで説明を聞いて、信じないとは言わせないという圧を感じる。これまでの研究者が全力で取り組んできた時間を否定するのは何人であっても許さないと、鋭い視線が物語っている。

 伊角は自分が陽彩の案件に関わっている責任者の中では、一番苦労を知らないのだと話す。クローンの研究は順調に進み、殆どのクローン臓器も移植できるレベルに達していたし、コールドスリープの研究だって参考になるデータがたくさんあった。それらは全て前任者たちが苦労して作成してきたのものなのだ。

 

「目覚めた陽彩くんは記憶障害は起こしていたものの、脳と心臓は機能してくれました。他の臓器は順次機能低下が見られ、皮膚も凍傷が確認されたため、そこから移植手術の日々が始まりました」

 五歳の柔らかく繊細な肌は、長期間に及ぶ低温保存には向いていなかった。しかし皮膚の細胞移植は然程難しいものではない。むしろ、その程度で済むなら調整次第でコールドスリープは充分医療現場で実装可能だという期待に繋がる。研究者からすればポジティブに捉えられる結果だったようだ。

「眠らせる前に陽彩くんの細胞を搾取し、滝川さんは直ちにクローンの臓器を造り始めていて、それを前任の研究責任者が引き継ぎ、僕が引き継ぎ……そうしながら、心臓、肝臓、腎臓以外の移植の準備は整っていたので手術も速やかに行えました。ただそれが成人した健常者であれば耐性がつくのも早かったでしょうが、陽彩くんのような子供には、全身麻酔をしての移植手術に加え、リハビリを重ねる日々。血圧低下や酸素不足……研究者にとっても全てが初めての経験です。数分単位で様子を見なければなりませんでした」

 怜志は信じざるを得なかった。自分に研究者の軌跡を否定する権利などない。それに、伊角たちレベルの人が、これまで誰も成し遂げられなかった研究を成功させているのは、疑うよりも誇るべきではないか。やはり、伊角は凄い人だったと尊敬せずにはいられない。

 それと同時に、なぜ陽彩が一般の病院ではいけないのかも理由は充分すぎるほど理解した。

 

 けれど、伊角は全面的に陽彩の研究を肯定してるわけではなかった。ずっと抱えてきた、人としての倫理感に苛まれる一面も捨てきれないできたのだと話し始める。

「陽彩くんを眠らせたのは彼が五歳の頃でした。勿論、コールドスリープの安全性なんて保証もされていなかったですよ。今でさえそうなのですから、五歳の子供をなんて……」

 自分なら頼まれても断ったと言いたげに言葉を詰まらせる。

「なぜ、断らなかったのですか。その、滝川さんと言う研究者は」

「断らなかったと言うよりも、断れなかったと表現するのが正しいでしょうね。覚えていませんか? 青柳さんが僕の研究室に配属された直ぐにした話。ここの研究に多額の寄付金を送ってくれた人がいるという……」

「……城ヶ崎……? 城ヶ崎と滝川さんが旧友だったという話ですよね」

「えぇ、そうです。そして、陽彩くんは白石さんと城ヶ崎さんの子供なんです」

「なんて……」

 ここで城ヶ崎に結びついてしまうとは、神様はなんて残酷なんだと思わずにはいられない。

 陽彩が城ヶ崎の身内なわけはないと、自分に納得させ、復讐を諦めたのだ。いくら似ているとはいえ、体格も性格も纏う空気も全く違う。陽彩があの(・・)城ヶ崎の子供なんて今更言われて、納得できるものか。

 しかし伊角の話は容赦なく続けられる。

「城ヶ崎さんは白石さんと出会って、瞬く間に恋に落ちたと伺っています。滝川さんが彼の変わりっぷりに驚いていたくらいでしたから。それまではパパラッチになんて気にもしていなかったし、芝居ができればそれでいいと言うのが口癖でした。

 一度結婚もされましたが、相手の方とは共演で知り合ったのだと伺っています。お互い、下手にマスコミに追いかけられて仕事に打ち込めないくらいなら、これを機に形だけの結婚をしないかと持ちかけられたそうです。お互いの利害のためだけに結婚するなんて、いかにも城ヶ崎さんらしいと滝川さんは半ば呆れていましたけどね。

 でも聞いた話では、結婚してから間もなく白石さんと出会ったみたいです。現場に雑用のバイトできていたのが白石さんだったと。その白石さんに殆ど一目惚れだったらしく、こんなにも自分が恋に溺れる日が来るとは思いも寄らなかった。城ヶ崎さんから猛アタックして二人は交際を始めました」

「待ってください。でもそれって結果的に不倫じゃないですか」

「まあ、世間的に言えばそうでしょうが、城ヶ崎さんと俳優の……名前は……結城璃子さんだ。結城璃子さんは形式だけの夫婦でしたから、お互い自分のペースで生活されていたと伺っています。

 城ヶ崎さんは自分自身が自由のない生活を送っていたため、どうしても白石さんの存在を誰にも知られたくなかった。それは白石さんを特定の場所に住まわせないほどの徹底ぶりだったそうです。結城さんとの離婚後も結婚しなかったのは、白石さんがマスコミに追われないようにするためです。だから、白石さんが妊娠・出産したのも世間からは知られずに済んだ。ですが……」

 城ヶ崎の死亡により、思わぬところから一般女性との熱愛が報じられた。城ヶ崎の財産が全て交際女性に遺贈されたからだ。

「白石さんの存在が明るみになるのは時間の問題だったようです。バイトで城ヶ崎の現場に入っていましたし、二人が話しているのを目撃した人だっていないわけではありません。白石さんはその頃、既に陽彩くんを育てていましたし、自分たちの平穏な暮らしを守るために身を隠して暮らしていました。けれど、マスコミというのはどこまでも執拗に突き止めにきます。白石さんは城ヶ崎さんの『咲良(さくら)と陽彩には平和に暮らしてほしい』という言葉を思い出し、今の状況が既に平和ではないと気付きました」

「姉は、その時城ヶ崎さんと何度か訪れたこの研究室を思い出したと言いました」伊角に変わり、今度は鳴海が話し始める。

「滝川さんなら、どうにかしてくれると考えたようです。自分一人ならどうにか逃げられるかもしれない。けれど当時五歳の陽彩を連れていると、陽彩を危険な目に遭わせるかもしれない。それを懸念した姉は、城ヶ崎さんと滝川さんがコールドスリープの研究をしているという話で盛り上がっているのを思い出しました」

「それで、陽彩くんを眠らせてくれと頼んだってわけですか?」

「えぇ。コールドスリープはまだ発表できる段階ではなかったし、クロノス総合病院の研究室は関係者以外立ち入り禁止。こんなにも守られている場所は他にはないでしょう?」

「そうですけど……」

「姉も、マスコミが落ち着けば直ぐに陽彩を迎えに行きたかった。でも巨額の遺産を受け取ったでしょ? そんな美味しいネタをマスコミが簡単に手放してくれるはずもなく、家族でさえ行方を知らなかったの」

 以前、話していた話を思い出した。長い間、音信不通だった姉は、本当は家族を守るために自分の居場所や安否さえも知らせなかったというわけだ。

「姉は城ヶ崎さんとの子供を、どうしても守りたかったの。たった一人、彼のDNAを引き継いだ子供だもの。滝川さんも姉の熱意に、城ヶ崎さんと叱咤激励した日々が夢を追う糧になっていたのを思い出し、コールドスリープを許可してくれたと……。姉は私に陽彩の養育費と言って城ヶ崎さんからの遺産の一部を渡しました。そして、残りはこの研究室に寄付しました。きっと城ヶ崎さんも、それを望んでいるだろうって言って。だから、私はこの研究室を……伊角先生たちを信じているの」

 二人は熱く語ったが、決して怜志に同調しろという言い方はしなかった。ただ、自分たちが経験してきた真実の全てを述べただけだ。

 全ては城ヶ崎や滝川の想いを受け継ぐために……。

「青柳さんは、ただ真実を知ってくれているだけで良いの」

 長い話し合いが終わる頃には、もう夜も耽ていた。

 鶴見が会議室に来て、鳴海をICUに入れる準備が整った旨を告げた。

「じゃあ青柳さん、本当にありがとう。これからも陽彩をよろしくね」

「えぇ……」

 鳴海は鶴見と共に陽彩の眠る病室へと移動する。

 

 会議室で二人きりになった伊角が、大きなため息を吐き出した。鳴海には言えない話はここからだと言わんばかりに、テーブルに視線を落としたまま話し始めた。さっきまでの威勢は消え、静かな空気が流れる。

「正直、躊躇いがなかったかと聞かれると、悩み葛藤した時期は多々ありました。本当に正しい行いをしているのか。本当はクローン人間としてではなく、人間(・・)として短くとも真っ当な人生を送らせてあげるべきだったのではないかと。けれど、僕の一存で研究が止まるわけではないでしょう? 嫌なら、僕だけが退くだけです。それでは何も解決にはなりません」

「だから研究を続けてきたと?」

「陽彩くんを助けてあげたいのは本心です。それに、城ヶ崎さんの支援なくてはここまで医学は進歩しなかったと言っても過言ではない。多大なる感謝の気持ちと共に、僕たちが研究を続けることが最大の恩返しにもなると思っています」

 伊角の言わんとすることは理解できた。同じ立場なら、怜志も同じように悩んだ気がする。

 常に冷静で鶴見に『研究バカ』と言われるほどの人でも、こんなふうに人間らしく悩むのかと、逆に怜志は少し嬉しくもあった。

「陽彩も、鳴海さんも白石さんも、きっと伊角さんと出会えて良かったと思っているはずです。俺だって、今、伊角さんの話を聞いていてそう思いました。それに、陽彩が言ってたんです。『生きたい』って」

「陽彩くんが?」

「伊角さんなら、力になってくれるでしょう?」

 伊角は刹那、逡巡したが、直ぐに顔を引き締め「勿論です」と答えてくれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ