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同じ時間を過ごしたくて、あなたを愛する覚悟を決めたんだ  作者: 亜沙美多郎


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 鳴海は大きめの旅行バッグを抱え、飛び込んで来た所だった。

「あの、陽彩を運んでくださり、ありがとうございました。それで……陽彩は……」

「伊角さんたちが連れて行きました。俺も車を停めて来たところで、見失ってしまって」

 怜志から鳴海に改めて謝罪したが、鳴海は「良いのよ」と手を振る。

「きっと検査してるでしょうから、行きましょう。時間がかかるかもしれないし、その間に話さないといけないわね」

 鳴海は覚悟を決めたと示すように息を一つ吐く。

 怜志と伊角が繋がっていたことが打ち明ける大きな要因となっているとはなんとなく分かるが、それ以上は聞いてみないことには始まらない。

「カバン、持ちます」

 鳴海の抱えている旅行バッグを受け取る。伊角から連絡が来た時点で、入院は確定していたようだ。

 二人、無言で歩く。鳴海は向かうべき場所を把握しているらしく、迷わず進む。怜志よりもこの施設に慣れているのは一目瞭然だった。

 

「……長い入院生活になるかもしれないわ」

 目的の場所に到着し、ドアの反対側に置かれている長椅子に並んで腰を下ろすと同時に、鳴海は口を開いた。穏やかな印象を受けていたが、今は平然を装っているふうにしか見えない。

 怜志は黙って鳴海に視線だけを向けるが、小柄な彼女の頭頂部しか映らなかった。

 鳴海は俯いたまま怜志に訊ねた。

「伊角先生の研究をご存知なのよね?」

「はい。クローンの研究に、俺も携わっています」

「そう……」

 鳴海は何から話せばいいのか考えている様子だった。

 再び黙り込んでしまい、沈黙の時間が流れていく。しばらく鳴海から話し始めてくれるのを待っていたが、怜志から気になっていたことを訊ねてみることにした。

「陽彩は幼い頃から伊角さんが診てきたんですか?」

「えぇ、そう。そうなの。もう、長い付き合いになるわ」

「それは何故なんです? だってここは総合病院としてもカナリ規模が大きいでしょう? 何故、研究室じゃないといけないんですか?」

「伊角先生からは何も……聞いていないのね?」

「はい。まぁ、所詮は薬品会社の営業ですし、その上、担当になって間もない。機密情報を教えられている方が奇跡だったでしょうね。陽彩との関係にしても、俺がアルコープの常連だとは知っていますが、二人で遊ぶ仲とは知りません」

「じゃあ、伊角先生が何故クローンの研究をしているのかも知らない?」

「それは医療の現場で、個人に合ってる薬や治療法を見出せるようにするためではないんですか?」

「そうね、表向きはそう。実際、伊角先生の研究が進んでいるから、クロノス総合病院は最先端の治療で実績を上げてきた」

「他にもっと重要な目的がありそうな言い方ですね」

 おかしいとは思っていた。これだけ素晴らしい研究を公にしない理由。それが鳴海が言わんとしていることに違いない。しかし鳴海はまだ決意しきれないでいる。鼻からゆっくり深呼吸をして気持ちを落ち着かせているが、ハンカチを力一杯握りしめ、膝が小刻みに震えているのを見逃さなかった。


 ようやく鳴海が続きを話そうと顔を上げた時、真ん前のドアが開き、伊角が出てきた。

「緊急手術になります。鳴海さん、説明と同意書を……宜しいですか?」

「はい。伊角先生を信じていますから」

 伊角は仕事では聞いたことのない、柔らかい口調で鳴海に話しかける。伊角は立ち上がった鳴海の背中を支えて別室まで移動する。

「青柳さんも、一緒にどうぞ」

 伊角の言葉に怜志は反射的に顔を上げた。

「同席しても良いんですか?」

「何も知らないままでも良いなら、ここで待っててくれて構いませんが」

「嫌です。お二人の口から、ちゃんと説明してください」

 急を要する事態のため、鳴海に手術の内容を説明するので隣で聞いていてくれと伊角は言った。

 近くの小規模な会議室に入り、伊角と対峙して席に着く。

 後から入室した白衣の女性が伊角に数枚の用紙を手渡しながら、伊角からの支持を受け、また直ぐに退室した。

「心臓です」

「……やっぱり……」

 単語だけの会話で、怜志だけ置いて行かれていると感じる。鳴海は、陽彩からこれから受ける手術内容を、このたった一言で理解したようだ。伊角は怜志としっかりと視線を合わせて断言した。

「心不全です。今から陽彩くんの心臓移植の手術を行います」

「移植? ……って、ドナーは?」

「つい先日、造り上げたでしょう? クローンの心臓を」

「え……待ってください……まさか……あの心臓は……」

「えぇ、陽彩くんの細胞から造った、陽彩くんのための心臓です」

「陽彩の……」

 頭が真っ白になる。あの、怜志の拳よりも小さな心臓が、陽彩の体内に? 息を呑み、無意識に手で口許を覆う。心臓が大きく波打ち、振動が脳内にまで響いた。

「クローンの研究は……陽彩のため……?」

「すまない、青柳さん。今はこれ以上時間が取れないんです。鳴海さん、研究は間に合いました。安心して移植できる心臓が完成しています。これで、最後です。乗り越えましょう」

「……よろしく……お願いします」

 鳴海は伊角に深々と頭を下げた。説明書を受け取り、伊角から早口で手術の手順が説明された。

「全身麻酔をかけ、麻酔が効いたのを確認した後、人工心肺を取り付けてから心臓を摘出。そしてクローンの心臓を吻合(ふんごう)します」

 鳴海が頷きながら同意書にサインしていく。とにかく全身麻酔をしなくては始められない。

 「青柳さん、後でゆっくり時間を取りますので」そう言って会議室から飛び出した。


「鳴海さん、もしかして、クローン臓器の移植手術は他にも?」

 二人きりになった会議室で怜志は思い切って質問をぶつけた。伊角が言っていた『これで最後』という言葉が引っかかる。もしかして、陽彩は他にもクローンの臓器を移植しているみたいだと思った。

 鳴海はハンカチを顔に当てながら汗を拭い、「そうよ」と掠れた声で答える。

「陽彩は……あの子は、殆どの臓器がクローンなの。皮膚だって細胞移植しているわ」

「な……っ!? そんなことが……」

「可能にしてくれたのは、伊角先生や、ここの研究室の人たちのおかげ。そうじゃなければ、陽彩はもう、この世にはいなかったわ……」

 幼少期から体が弱いとは聞いていたが、それほどとは思ってもみなかった。

 それと同時に、この研究室がクローンの研究を極秘で進めている理由が判明した。

 倫理の問題で認められていないクローン人間を、一からではないしろ、現実に作り出していたからだ。陽彩が子供の頃から入退院を繰り返していたということは、下手すれば二十年近く前からその手術が執行されていた可能性がある。

 クローンの研究はずっと昔から続けられてきた。それを今更、公にしない理由なんて思いつきもしなかったが、まさかクローンの臓器を移植している人間が現実的にいるなんて、誰が考えるものか。

 怜志は言葉を失ってしまった。酷い眩暈がする。鳴海が怜志の顔色が悪いのに気付き、手を伸ばす。

「ごめんなさい。他人(あなた)に聞かせるつもりはなかったの。本当に、ただ、陽彩の友達になって欲しくて……。あの子に、生きる喜びを知って欲しかった。でも、巻き込んでしまったのは私の責任よ。どうか、恨むのは私だけにして」

 鳴海が背中をさすってくれる。小さいながらに、使い込まれたしっかりと分厚い手。両親のいない陽彩をたった一人で育ててきた。その苦労は、怜志には到底想像しきれない。

「むしろ早く話して欲しかったとは思います。そうすれば、もっと付き合い方もあった」

「それではダメよ」鳴海は怜志の言葉を遮った。こんなにも大きな声が出るのかと怜志は瞠目とする。

「普通の人として、接して欲しかったの。あの子だって、人間なのよ。私にとっては」

 鳴海は泣き崩れた。

「幸せだって思って欲しいの。普通の幸せでいいの。私たちが当たり前に営んでいる日常を、味わって欲しい。その権利くらい、くれたって良いじゃない。生きてるんだもの。青柳さん、陽彩がクローン人間だと知っていても、態度を変えなかったと言える?」

「鳴海さん……」

 陽彩がクローン人間だと知っていても、態度を変えないか……。怜志は答えられなかった。

 震えている彼女の背中から哀愁が漂っている。

 慰めなければ……そう思い、鳴海に寄り添おうとしても力が入らない。頭が回らない。

 

 会社でも、この研究チームに入れたことを喜んでいた。要と共に、最先端のクローンの研究に関われて、そんな自分に誇りさえ持っていた。自分のしていることが、人の命に繋がるんだって、そう信じて疑わなかった。

 伊角たちの研究への姿勢だって怜志は尊敬していた。目標達成のためなら倒れるまで向き合い続ける。要がそんな伊角たちに全面的に関われるのが羨ましかった。自分も同じように頼りにされる営業マンになるのを目標としていた。なのに、その研究の真の理由はクローン人間を作っていただんて……。

 そりゃ陽彩の細胞で造った臓器だ、移植しても余程の問題がない限り適合する。ドナーを探す時間だって省ける。この技術が世に広まれば、人間の寿命がぐんと伸びるだろう。でもなんだって陽彩がその被験体になっているのだ。最初を辿れば、まだ幼い子供だったはずである。自分で物事を決められる年齢ではない。別に他の誰かでも良かったのではないか。それとも|彼でなければならない理由・・・・・・・・・・・・があるとでもいうのか。

 伊角からの提案があったのかどうかまでは分からないが、自分の孫を生き延びさせるためにそこまでする鳴海を信じられないと思ってしまった。

(確かに、クローン人間だと知れば見え方は違っていたかもしれない)

 自分の仕事が正しいのかさえ、分からなくなってしまった。叫び出したい衝動に駆られるのを必死に耐える。頭を抱えて上体を限界まで折り曲げ低く唸った。

 鳴海の気持ちを理解してあげられなくはない。陽彩は両親を亡くしたが、母は鳴海の娘でもある。娘が産んだたった一人の子を守りたいと思うのは当然なのだろう。

(それでもクローン人間にしてまで生き延びさせたかったのか。それとも、俺の考えの方が時代錯誤になっているのか)

 世間では、別に病気から解放されるならクローンだって良いとう声も少なからずある。臓器がクローンになったとて、言わなければ誰も気付かない。怜志が陽彩の真実に辿り着けなかったように……。

 自分ならどうするだろうか……と考える心の余裕はなかった。ただ鳴海の行き過ぎた行為を訝りつつも、どこか陽彩が羨ましく思った。

 もしも怜志が子供の頃、陽彩と同じ状況に立たされたとしても、きっと母は怜志をクローン人間にしてまで生きさせてはもらえなかっただろうから。

(そうだ。生きたいに決まっている。陽彩だって、この世界がどんなものかも知らないまま、死にたくないと思っていたに違いない。だって、陽彩は俺に生きたいと言ったじゃないか)

 ようやく頭の中でそこまで整理できた時、鳴海が申し訳なさそうに声をかけた。

「青柳さんは、お帰りください。巻き込んでしまったことは、改めて謝罪いたします。これ以上、貴方に迷惑はかけられませんから」

「それは、二度と陽彩に会わないでくれということですか?」

「極論になってしまいますが、青柳さんは仕事で研究に携わっていますし、違法な行為に加担させてしまっているのも事実です。けれど、このまま仕事として研究室に出入りするだけなら、裏の事情まで知らなかったと通せます。鳴海陽彩という存在も知らないと言えば良いんです」

「今さら、陽彩との時間をなかったことにしろと仰るのですか?」

「今なら、それが可能だと提案しているんです。私は、他人がなんと言おうと陽彩を育てなくてはならないので、後戻りはできません」

「そのためなら、クローン人間になっても構わないと?」

「えぇ、そうよ」

 さっきまで狼狽していた鳴海とは打って変わって、その双眸からは強い決意が伝わってくる。

 鳴海の熱意が感じられる。じゃあ怜志はどうだ。自分だって陽彩にいろんな楽しみを教えてあげると約束したのではなかったか。陽彩から頼りにされて喜んでいたのではなかったのか。

 何より、自分だって陽彩との未来に期待していたのではないのか。

「立ち去ることは出来ません。俺は、陽彩と約束したんです。これから色んな思い出を作ろうって。今まで叶わなかった事を、一緒にやっていこうって。今なら……なんて言わないでください。それに、俺だって陽彩の存在に救われているんです。せっかくお互いが心拠り所を見つけたところなんです。もう会うななんて言われても受け入れられません。誰がなんと言おうと、俺は陽彩から離れません」

「あの子はこれからも苦労するかもしれないのよ」

「どこまでも、サポートします。むしろ俺が極秘の研究に携わっているからこそ、陽彩の秘密は守られるじゃないですか」

「私たちの罪を、貴方も一緒に背負うと言うの?」

「えぇ、そうです」

 怜志からも鳴海を見詰める。真剣さは伝わっているはずだ。


 鳴海はそれでも怜志に同じ重荷を背負わせるのを躊躇っているようであった。何か、まだ不安な要素があるなら言って欲しいと怜志から言う。

 すると鳴海は、更なる事実へと繋がる言葉を発した。

「貴方は、陽彩と約束をしたのね。私もね、約束したの。絶対に陽彩を幸せな人生を送らせるって。守ってみせるって。あの子の母と……私の、姉との約束なの」

 瞬きもせず、静かに涙を溜めている。相当の決意でここまで来たのだと、訴えるような目力だ。

 鳴海の言葉に嘘はない。全て真実だ。怜志だって鳴海と同じくらい陽彩を守る覚悟を決めている。

 しかし怜志は鳴海の発した一言に違和感を覚えた。

「姉の子……とは、どういうことですか? 陽彩は、鳴海さんのお孫さんではないのですか?」

 鳴海の実年齢は知らないが、品の良い初老の女性だ。なのに陽彩がその姉の子供なんてあり得ない。言い間違えたのかと思ったが、鳴海は否定しなかった。

「陽彩は、私の姉の子供よ」

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