6話 近くて遠いこの距離が
「行政官の登用パーティ?」
「ああ。新しく登用された者を王宮に披露する場で、貴族や王族も集められる」
行政官という難関試験に合格した者は、今後、政治に関わってくることになる。中には、貴族の養子となったり、宰相になる者もいる。
きっと、上流階級との顔合わせを兼ねているのだろう。
「ふうん、行ってらっしゃい」
「……パートナーがいるんだ」
ちょうど朝食のパンを食べ終わったから顔を上げると、レオナルドが真剣な顔でこちらを見ていた。
「だから、アンタに一緒に来て欲しいなと思って」
「私!?」
「他に誰がいるんだ」
「無理よ、無理! 魔女連れていくって正気じゃないわよ」
知らない人間からすれば、私はただの娘にしか見えないだろうが、貴族の中には知り合いも多い。過去、薬をやり取りした貴族もいるし、もちろん迫害してきた人間もいる。
私が首を横に振り続けていると、レオナルドはテーブルに手をついて身を乗り出してきた。
「頼む! パートナーもいない登用者なんて、それこそいい笑いものだ。出世ルートも断たれてしまう」
「貴族のご令嬢に頼みなさいよ。元はフォーサイス侯爵家の次男でしょう」
「勘当された問題児の次男とパートナーになってくれる人間がどこにいるんだよ!」
そう言われて、私は口をつぐんだ。
確かに、パートナーを引き連れずに夜会にやってくるなんて笑いものだ。彼のこれからのことを思えば、協力してあげたい気持ちがあるのも事実で。
「……一晩だけよ」
「本当か!」
「ええ。魔女だとばれる前に帰るから、そのつもりでいなさい」
レオナルドの顔が、ぱあっと明るくなった。まわりに小さな花が飛んでいるように、顔を綻ばせる。
「恩に着る!」
彼は自然に私の手を取って、優しく包み込んだ。
レオナルドにとっては、感謝の気持ちを伝えるためだけの握手なのだとわかっているのに、いちいち心臓が早鐘を打っていく。
(ハッ、まるでこれじゃ、私がレオナルドのことが好きみたいじゃない!)
絶対にそんなことがあってはいけないと、私は優しく手を振りほどくと、食べ終えた皿を持って立ちあがった。
「そろそろ、貴方が出て行く日も決めないといけないわね」
レオナルドは行政官となれば、王都に住むはずだ。別れの日も近い。
きっと、こんな小汚い魔女の家なんて出られて清々するはずだ。
それなのに。
「……そうだな」
それなのに、どうして貴方はそんなに切ない顔をするの?
◇
夜会の当日、私は物置の奥から古い衣装箱を引っ張り出した。
「げほっ、げほっ……」
蓋を開けると、闇のように黒いドレスが出てきた。かつて人間と交流があった頃、招かれたパーティで着たものだ。何十年前のことかは、思い出さないことにする。
(型が古いかしら……まあ、いいわよね)
皺を伸ばして、袖を通して、髪を結い上げる。
するとどうだろう。鏡の中の女は、いつもの黒ローブ姿とはまるで別人で、自分でもうっかり見惚れてしまいそうになる。
だけど、ふと首元に目を落として、絶句した。
「……っ」
このドレスは胸元が大きく開いており、傷跡が丸見えだった。大きな稲妻のようなそれは、肩から胸元にかけて大きく走っており、痛々しい。
(どうしよう)
この傷を晒して、夜会に出向くわけにはいかない。私は鏡台の前で、ぎゅっと膝を抱え込んでうずくまった。
その時、タイミング悪く、部屋がノックされた。
「着替えは終わったか?」
明るく弾んだようなその声に、ずんと気が重くなりながら、なんとか返事をする。
「ごめんなさい。行けないわ」
「どうした?」
レオナルドの声は、責めるようなものではなく、心配するようなものだった。
「……入ってもいいか」
返事をせずにいると、ゆっくりと扉が開かれた。顔を上げた私と目が合って、レオナルドにばっちり傷跡を見られてしまう。
レオナルドも察したのか、困ったような表情で私に問いかける。
「ドレスはそれしかないのか?」
「……そうね。これしかないわ」
「わかった。少し待ってろ」
レオナルドは、一瞬時計をみて「間に合うか」と呟いたあと部屋を出て行った。きっと私を置いて、別の人を誘っていくんだろうと、そう思った。
(ドレスを作り出す魔法でもあれば良かったのに)
私は、またうずくまってしまう。レオナルドと出かける夜会が楽しみだったことに気が付いて気持ちはさらに沈んでいく。
いつまでぐじぐじと引きこもっていただろう。1時間ほどが過ぎた時、再び部屋の扉が開いてレオナルドが入ってきた。
「ヴィオラ、顔を上げて」
その言葉とともに、私の肩に柔らかい布がかけられる。それは、黒いレースで出来たボレロだった。
「こ、こんなボレロどうしたの」
私は驚いてレオナルドを見つめた。私の家にボレロなんてないし、レオナルドはお金を持っていないはずである。
すると、彼は得意げな表情を浮かべて、へへと笑った。
「アンタの部屋のカーテンで作った。間に合わせだけど、隠せるだろ」
「驚いた、裁縫までできたのね」
「アンタが何にもできないからだろ!」
そう叫びつつも、レオナルドの表情は本当に楽しそうだった。
改めてよく見れば、彼が纏っている紺色の行政官の制服は、派手なものではないはずなのに彼が着ると華のある衣装のように見える。
ピンク色の髪も編み込んでアレンジされており、こうして見ると、本当に侯爵家の令息なのだと嫌でも思い知らされた。
――レオナルドは、とっても近くにいるのに、こんなにも遠い。
「……ありがとう」
そう感謝を告げれば、レオナルドは照れたように顔を真っ赤にした。
レオナルドを見ていると、嬉しくて楽しくて、でも切なくて泣きたくて仕方がなくなってしまう。
何百年も生きてきて、こんな風になったことなんて一度もなかったのに。




