5話 北の魔女曰く、
「久しぶりじゃな、南の魔女」
「げ、北の魔女」
私が庭で作業をしていると、真っ白な髪の少女が目の前に降り立った。私より幼い見た目をしているが、彼女は何千年も生きている東西南北4人の魔女の中でも一番のおばあちゃんである。
南の魔女である私は、過去視の魔法が使えるが、北の魔女は未来視が使える。実は、私も未来視の方が欲しかったので密かに悔しいと思っている。
「そなた、人間と暮らしとるんか?」
「……そうだけど」
「はぁ、南の魔女って本当に人間が好きじゃなぁ」
「別に、好きとかじゃ……!」
好き、とかじゃない。
私の母も人間と恋に落ちて、私がまだ50歳くらいの頃に死んでいった。私は長生きするつもりなので、誰かを愛するつもりはない。
『自分のためじゃなくてね、他人のために何かしてあげたいと思うことが愛なのよ』
母はそう言っていたけど、私は自分のことしか考えて生きていないから、絶対にありえない。
ましてや、レオナルドなんかに。
「別に、恋とは言ってないんじゃがな~、心あたりがあるんかのぉ」
「う、うるさい、このお節介年増!」
「なんじゃと!? この美少女に向かって酷い娘じゃ!」
全くショックを受けていなさそうな顔で、ニヤニヤと私を見つめてくる北の魔女に腹が立ってくる。
彼女は、いつも私のことをからかって遊んでいるのだ。
「で、お忙しい北の魔女様が何の用なのよ」
「そなたの未来が見えたから、アドバイスをやろうかと」
「ちょっと、勝手に見ないでよ!」
私が声を張り上げると、先ほどまでおどけていた北の魔女はスッと目を細めて表情を無くした。
「――そなた、近々、死ぬぞ」
「……えっ」
思いもよらないその言葉に、私は思わず息を呑む。
どこからどう見ても、冗談ではなさそうである。
「まあ、しばらくの間は死なないように気を付けることじゃな。我々は老いるのは遅いが、不死ではない」
彼女の言う通りだ。私たち魔女は、不老であって不死ではない。
致命傷を負えば死ぬし、普通に病気だってする。
「もしかして、また殺されかけるとか……?」
縁起でもないことだ。だけど、もしレオナルドが、私のことを裏切ったらと思うと怖くて仕方がない。
縋るように北の魔女に問えば、彼女はペロッと舌を出した。
「それ以上は、追加料金じゃ」
語尾に音符がつくかのようにご機嫌に言い切り、私は頭の血管が浮き出そうになった。北の魔女は、未来が見えるからと言って法外な料金をせびってくるのだ。
「まあ、未来なんてわからん方が面白かろう」
「自分の死ぬ未来なんて、面白いと思えないんだけれど!」
北の魔女は笑いながら揺らめいていく。私に死の警告だけして消えるつもりらしい。
「あ、ちょっと!」
「じゃあの~」
北の魔女はすーっと薄くなって、パッと光を放った後、跡形もなく消えてしまった。生きている長さが違うからなのか、魔法の腕も段違いである。
家に戻ろうと薬草の入った籠を抱えてくるりと振り向けば、怪訝な顔をしたレオナルドが立っていた。
「なんだ、今の白い妖精みたいなの」
「……さあ」
私は首を傾げておいた。
◇
(……死ぬかもしれない、かぁ)
北の魔女の予言は、本人が回避しようとしない限り外れない。裏返せば、私が気を付けてさえいれば死ぬことは無いのである。
だけど。
(思い出される死にかけの日々!)
ガサツで適当な魔女人生を送ってきた私である。
つい先日も、熱病の薬を浴びて、1週間近くレオナルドに看病してもらったのだ。いつ、どこで死にかけるかわからない。
ふと見れば、レオナルドは、いつものように行政官の試験のために本を開いている。私は薬瓶を並べながら、その手元をちらりと見た。
「その本、この前も読んでなかった?」
「……別に、何回読んだっていいだろ」
彼は本を持ち上げて顔を隠した。背表紙はぼろぼろで、角が擦り切れている。村の古道具屋で手に入れたものらしい。
(もしかして他に本がないだけじゃないの?)
そう思った私はレオナルドに声をかける。
「ねえ、王都に行きましょう」
「は? 王都?」
「あなたの本を買いに。この辺りじゃ、古い本しか手に入らないでしょう」
「……金がない」
レオナルドは申し訳なさそうに顔を逸らした。着の身着のまま、放り出された彼だ。当然一銭も持ち合わせているはずもない。
「じゃあ出世払いね。行政官になったら利子をつけて返しなさい」
レオナルドは口を開けたり閉じたりして、最後に小さく「……わかった」と言った。
◇
乗合馬車を降りると、王都には人が溢れていた。パン屋の前には列ができていて、道の端では果物売りが声を張り上げている。
(うう、人が多い……)
私はフードを目深に被り直した。
なんだかんだ王都には見知った顔もいるため、魔女だとばれると面倒なことになる。石を投げられるくらいならまだいい方で、衛兵なんて呼ばれたら面倒なことになる。
「おい、こっちだ」
レオナルドは慣れた様子で人の間を進んでいく。私が置いていかれそうになると、彼は振り返って顔をしかめた。
「アンタ、遅い!」
「仕方ないでしょ、人が多いんだから」
「……ほら」
唐突にぐい、と手を掴まれた。
「なっ……!」
「はぐれられる方が面倒だから」
そのまま手を引かれて歩く。なんだか落ち着かない気持ちのまま、彼についていった。
本屋は、通りの角にある大きな店だった。天井まで届く棚に本がぎっしり詰まっていて、紙とインクの匂いがする。
レオナルドは真っ直ぐ奥の棚に向かうと、分厚い本を一冊抜き取った。表紙をめくって、中を確かめて、それから値札を見て、変な顔をしたかと思うと、棚に戻した。
「それ、いらないの?」
「別に。前に読んだことがあるからいらない」
「嘘つき」
私は同じ本を取って、店主のところへ持っていった。慌てたレオナルドが後ろから追いかけてくる。
「お、おい! それ、高いだろ!」
「私、これでも薬でそこそこ稼いでるのよ」
嘘だけど。
「……っ、ありがとう」
包んでもらった本を押しつけると、レオナルドは受け取ったまま俯いた。
「アンタは、どこか行きたいところとかないのか? 案内するけど」
私は少し考えて、通りを見渡した。人の多いところは苦手だ。かといって、せっかく街まで出てきて何も見ずに帰るのも惜しい。
「落ち着いた、おしゃれなところに行ってみたいわ」
レオナルドは少し考え込んで告げる。
「……アンタ、甘いものは好きか?」
魔女は薬草だってかじるのだから、甘いものが食べられないはずがない。そう答えると、彼は通りを一本入ったところへ私を連れていった。
そこは、小さなカフェだった。品の良い店で、貴族らしき女性たちもお茶をしているのが見えた。
「貴方、こんな店を知っているのね」
「……前に、何度か来たことがあって」
誰と、と聞こうとして、やめた。聞かなくてもわかったからだ。きっと婚約者と来たのだろう。
なんだか、胸の奥がもやもやする。
(この席にも、座ったのかしら)
その令嬢とここで向かい合って、彼はどんな顔をしていたんだろう。私が大好きな、あのくしゃくしゃした笑みを向けていたんだろうか。
「おい、なんか怒ってないか」
「魔女は嫉妬なんてしないの!」
しまった、と思ったときには遅かった。レオナルドが目を丸くして、それからじわじわと口元を緩めていく。にやにやしているその顔を見ていると、猛烈に腹が立ってきた。
彼は慣れた様子で店員を呼びとめ、ケーキを注文した。運ばれてきたのは、苺をのせたタルトと、クリームを何層も挟んだミルクレープだ。
「なにこれぇ……っ!」
フォークを入れると、クリームがふるりと崩れた。口に入れると、冷たいクリームがとろけて、幸せな気持ちでいっぱいになる。
「アンタ、そんな顔もするんだな」
顔を上げると、レオナルドが頬杖をついて私の手元を見ていた。自分の皿にはほとんど手をつけていない。
「……食べないの?」
「アンタを見るのに夢中になってたから」
目じりを下げて、綺麗な顔で微笑む。
お願いだから、そんな顔を向けないで欲しい。
このままだと勘違いをしてしまいそうになるから。
◇
店を出ると、日が傾きかけていた。
なぜかレオナルドの姿が見当たらず、フード越しにうろうろと彷徨う。足を踏み出したところで、後ろから怒鳴り声がした。
「どけ! 馬車が通るぞ!」
振り向くより早く、腕を思い切り引かれた。目の前を荷馬車が通り過ぎていく。
車輪が石畳を削る音がして、よろけた私をレオナルドが支えた。
「なんで前を見ないんだ!」
「だ、だってレオナルドがいないから!」
「そんな深くフード被ってるからだろ、馬鹿!」
(……あぶなかった)
――近々、死ぬぞ。
そんな北の魔女の言葉を思い出す。まさか、こんな間抜けな死に方をするところだったのだろうか。
本当に、この先も気を引き締めないとぽっくり逝ってしまう可能性が高い。レオナルドに手を握られ、乗合馬車の乗り場へ歩いていく。
すると、ふとレオナルドが私の方を振り返った。
「今日は楽しかった。けど、俺が行政官になったら――」
その顔は夕日に照らされてとっても綺麗で、ピンク色の髪がキラキラと輝いていて。
「――もっと良いデートに連れて行くから」
このまま、時間が止まってしまえばいいのに。こんなに憎たらしくて自信満々な彼なのに、手を伸ばせばすぐに消えてしまいそうで、胸の奥がぎゅっと苦しくなる。
(――ああ、貴方が行政官になった時にはもう、この家にはいないのに)
私はずるいから、レオナルドが行政官に合格しなければいいのにとすら思ってしまう。そうすれば、ずっと一緒にいられるのに。
だけど、さすがフォーサイス侯爵家の息子だ。
数か月後、レオナルドは試験に合格して、行政官として王宮に登用されることが決まった。




