3話 魔女は気高く、絆されず
レオナルド・フォーサイスと暮らし始めて、1週間が経った。
「おい、ここの部屋も片付け終わったぞ」
「あら、ありがとう」
レオナルドは、なかなかどうして良い働きをしてくれる。
特に気にしていなかったのだが、雑然としていた我が家はここ数日で見違えるほど綺麗になったし、毎食美味しいご飯を提供してくれる。
掃除の終わったレオナルドは、エプロンを外しながら私に尋ねた。
「他にやることはないのか?」
「……まだ働きたいの?」
思えば、レオナルドは食事と寝る時以外ずっと動いている。少しくらい休んだらいいのにと思っていると、彼は視線を落としてぼそりと呟いた。
「動いてないと、色々考えるから」
彼の無駄に自信のありそうな顔が、少しだけ陰った。
(……人間ってやっぱり愚かだわ)
自分を裏切った人間たちのことなんて忘れてしまえばいいのに。人間なんて時間は有限なのに、なぜいつまでもぐじぐじと悩み続けるのだろう。
「じゃあ、仕事を手伝ってくれない?」
「仕事?」
「そう。魔女の仕事よ。ついてらっしゃい」
庭に続く扉を開けると、湿った土と薬草の匂いがした。
庭、と呼んでいるけれど、整った立派なものではない。石造りの壁に囲まれた、それなりに広いところに、色々なものが植わっている。
ハーブ、薬草、花、きのこ、苔——人間の庭師が見たら卒倒しそうな、雑然とした場所だ。
「……なんか、すごいな」
後ろからついてきたレオナルドが、ぐるりと庭を見渡して言った。
私はしゃがんで、足元の草を指さした。
「これ、わかる?」
「……草?」
「月見草よ。夜にしか咲かないの。乾燥させて粉にすると、眠れない人のための薬になる」
隣に生えている、小さな白い花に触れる。
「これはラベンダーの一種。普通のラベンダーより魔力の吸収率が高くて、魔法薬の触媒として使うの。摘むタイミングが大事で、花が開ききる直前が一番効果が高い」
「……それで、どうやって薬にするんだ?」
レオナルドが、少し前のめりになって覗き込んできた。さっきまでのぼんやりした目ではなく、素直に興味を持っている顔だった。
「摘んで、乾燥させるの。煎じるか粉にするかは用途によって変える。魔力を込めるのは最後の工程よ。素材を処理した後じゃないと、魔力が馴染まないから」
「魔力って、そんなに扱いが難しいのか?」
真剣な瞳が、私のことを射抜いた。
私の作った薬に興味を持つ人はいても、魔法自体に興味を持ってくれた人間なんて今までいなかったように思う。
だから、それがなんだか嬉しくて——気がついたら、口が勝手に動いていた。
「難しいわ。量が多すぎても少なすぎても駄目だし、込めるタイミングも素材によって違う。魔法薬っていうのはね、魔法と薬学が半分ずつでできてるの。どちらかが欠けても、ただの草煮汁になっちゃうし……」
まずい、しゃべりすぎた、と気づいたのは、レオナルドが目を丸くしたからだ。私はフードを被って彼に背を向けた。
(……もう、人間に関わるのは辞めたはずなのに)
レオナルドは、そっぽを向いた私を覗き込んで、ふっと柔らかく笑った。
「なんか、アンタって、本当に魔法が好きなんだな」
プライドが高い令息とは違う、飾らずにくしゃくしゃに笑ったその顔に、思わずどきりと心臓が跳ねた。
(人間のことなんて、好きじゃないはずなのに)
それなのにどうして。彼に見つめられると、口が勝手に動いてしまうんだろう。
そんな疑問を頭から振り払って、私は気を取り直すと、足元の根草を指さした。
「さあ、これを掘り起こしてくれない? 土に活力を与える薬の材料よ。根っこを傷つけないように丁寧に」
小さなスコップを差し出すと、レオナルドは露骨に嫌そうな顔をした。
「……俺が?」
「あなた以外に誰がいるの」
「いや、その……こういうのは」
言葉を濁しながら、道具をじっと見ている。
(ま、さすがに土仕事は無理か)
侯爵家の次男が土を掘る、というのがどうしても受け入れられないのだろう。まあ、気持ちはわからなくはない。
「じゃあ、見てていいわよ」
私はスコップを手に取って、しゃがみこんだ。
土仕事は、好きだ。土の感触も、匂いも。何も考えなくて済むこの作業は、何百年やっても飽きない。
額に汗が滲んできて、袖で拭っていく。だんだんと疲れてきたその時だった。
「……貸してみろ」
ぼそりと言って、レオナルドが手を伸ばしてきた。
「あら、いいの?」
「うるさい。黙って貸せ!」
受け取った道具を、少しぎこちない手つきで土に入れる。
最初は力任せで根を折りかけていたけれど、「もっとゆっくり」と言うと、今度は慎重になりすぎて、全然進まない。
(……不器用ね)
素直で、真っすぐで、他人の悪意になんて気が付けないお馬鹿さん。きっと、元婚約者の方が一枚も二枚も上手だったのだろう。
まあ、でも。そんな彼だから、私は気まぐれで拾ってしまったんだろうか。
「……ふふっ」
「なんで笑うんだ」
「秘密」
私は笑いを引っ込めながら、隣にしゃがんだ。二人並んで、しばらく黙って土を掘った。風が吹いて、庭の草がさわさわと揺れる。
「婚約破棄するなんて、馬鹿ね」
「……本当にそう思う。馬鹿なのは俺だったなって。反省してるよ」
自嘲するような声だった。
レオナルドは道具を置いて、膝の上に手を乗せてぎゅっと握りこんだ。
「王都に、帰りたい……」
ぽつりと、こぼれ落ちた声は、いつもの芯のある声よりもずっと弱々しくて。
強がりも、プライドも、すべて抜けきってしまったかのように心もとない。
(……この子は、本当に)
私は、土に塗れたレオナルドの両頬をぐいっと挟み込んだ。
「じゃあ、私が、王都に戻るの手伝ってあげる」
思わずそう言ってしまって、自分でも驚いてしまう。だって、私はもう人間のことなんて信じたくないし、信じられないと思ったんだもの。
それでも。
「……なんで、アンタが」
「帰ってくれないと困るわ。いつまでも魔女の家に居座る気?」
そう言って笑えば、レオナルドの目が見開かれる。
大きなピンク色の瞳に光が入り、星のようにきらきらと輝いた。
「ありがとう……」
そう言った彼は、私の手をそのまま自分の口元に持って行き恭しくキスを落とした。
「!?」
手の甲とは言え、人間にキスをされたことなんて思えば今までの人生で一度も――
(ぎゃ~~~!?)
私は、顔を真っ赤にして目を逸らした。
そう、これは魔女の気まぐれなのだ。
飼い主の私が、飼い猫に絆されるなんて、あり得ないのだ! 絶対に!




