2話 生意気令息の婚約破棄の理由
ごちゃごちゃとしたテーブルの上に、パンとスープを置いた。
魔女の朝食というのは、大抵こんなものだ。スープは昨日の残りを温め直したもので、パンは三日前に焼いたやつがあった。
「どうぞ」
「……」
レオナルドが、テーブルに着いてパンを手に取った。
そして、口に入れた瞬間に動きが止まった。
「……なんか、硬くないか、これ」
「三日前のだからかしら」
「三日前!?」
レオナルドの声が裏返った。
彼が、おそるおそるパンをテーブルに叩きつけてみると、ごちんと鈍い音がした。彼の顔が引きつる。
「……こんなもの食えるか!」
「あら、私は大丈夫よ」
「俺は人間なんだが!?」
溜息をつきながら、彼は諦めたようにスープに口を付けた瞬間――ぶーっとすべて噴き出した。
「まっず! なんだ、このスープは!? 白湯か!?」
「一応タマネギが入っているわ。塩で味付けしたはずなんだけれど……」
なんと、生意気な。
やはり、彼は貴族だから、高級食材しか口にしないとでもいうのだろうか。
なぜか怒ったように、ばんとテーブルを叩いて、レオナルドは立ち上がった。
「キッチン、借りるぞ」
「え、いいけれど」
あっという間にキッチンへ向かった彼は、なぜか棚を開けたり閉めたりしている。
「ちょっと、何してるの」
「我慢ならない。俺が作る」
どうやら、食材を探しているらしく、ブツブツ言いながら散らかったキッチンを物色していた。
「あ、ちょっと。そこは開けたら――」
彼が手にかけたのは、数日前に無理やり粉類を詰め込んだ棚だ。
レオナルドが開けた瞬間、ざばあと真っ白な粉が雪崩のように棚から落ちてきた。
ゲホゲホとむせる声とともに、真っ白なおばけのようになったレオナルドが現れる。
「な、なんなんだ! この家は……!」
「だから、魔女の家だけれど?」
「ふざけるな!」
◇
しばらくして、テーブルに並んだのは——目玉焼きと、ハーブを刻んで混ぜ直したスープと、カリカリに焼き直したパンだった。
硬いパンを薄く削いで、フライパンで焼いたらしい。バターの香りがふんわりと漂ってくる。
「……あなた、料理できるのね」
「貴族が料理なんてするか、普通!」
レオナルドは仏頂面のまま椅子に座った。
「ただ、こういう知識は一応ある。非常時の対応として叩き込まれた」
「へぇ」
「……食えるかどうか知らないが」
レオナルドはなぜか自信なさげに俯いてそう言った。
私はスプーンを持って、スープをひとくち飲んでみる。
(……お、美味しいわ!)
食事は栄養補給のためにすればいいと思ってきたのを後悔するくらいだ。スープはお代わりをしようかと思うくらい食欲を掻き立てられるし、焼き直したパンはさくさくとして、バターの塩気がちょうどいい。
「……あなたを拾って良かったわ」
緩んだ表情でそう言ったら、レオナルドが顔を上げて固まった。そして、そのままピンク色の瞳を見開いて私のことを見つめた。
「なに?」
「い、いや。なんでも……」
レオナルドはおずおずと食事に戻る。
「それで、あなたはいつまで魔女の家なんかにいるつもり?」
「それは……」
レオナルドは何故かフォークを置いて、目を伏せた。
「……帰る場所が無いんだ。三日前、侯爵家を勘当されたから」
「知ってる」
「なんでだ!?」
「魔法で見たから」
彼は何とも言えない表情をして、「魔女こわすぎだろ……」と呟いた。そうして、聞いてすらいないのに、なぜか私の方を見て決意したように口を開いた。
「俺は、婚約破棄をしてしまったんだ」
「ふーん」
まあ、知っているけどと思いながら、私はもぐもぐと目玉焼きを口に押し込んで、彼の話の続きを聞いた。
「俺の婚約者は裏で別の男と付き合っていたんだ。だから、ついカッとなって夜会で婚約を破棄すると言ってしまって」
「ふーん」
まあ、良くある話だと思った。
人間と言うのは、夜会やパーティーなど人目のあるところで、他人を糾弾するのが好きだ。反省して欲しいとか、恥をかいてほしいという心理があるらしいが、そんな人間に反省を促したところで何も変わらないだろうというのが、魔女の見解だ。
それで。
「それで、なんで貴方が家を追い出されることになったのよ?」
「婚約者だった令嬢の家が名誉棄損だと文句を言ってきたんだ。話をすり替えられて、俺が婚約者を傷つけたという話にされた」
「はあ」
「それで、うちの父が大激怒して俺を追い出した」
「……ふうん。ま、運が悪かったわね」
きっとレオナルドの家よりも、婚約者の令嬢の家の方が権力があったというだけだろう。レオナルドを社交界に放置しておけば、令嬢の浮気が広まってしまうのを危惧したに違いない。
(本当に人間ってつまらないわね)
侯爵家がやるべきことは、敵が増えても息子を庇い、その後、きちんとしつけ直すことであって、決して、雨の日に息子を追い出して殺しかけることではない。
侯爵家は次男を切り捨てることで、面倒な責任から逃げ出したわけだ。
レオナルドは、まるで捨て猫のようにしゅんと下を向いている。
(あらあら)
別に、心から可哀想だと思った訳ではない。
長い魔女人生のほんの気まぐれだったのだと思う。
「……仕方ないから、私が飼ってあげるわ」
私の言葉に、レオナルドは顔を上げてぱあっと輝かせた。まるで、彼のまわりに小さな花が飛んでいるようだった。
「本当に、いいのか……?」
「その代わり、はやく出て行けるよう善処しなさい。捨て猫」
「す、捨て猫……」
まあ、しばらく片付けと料理から解放されると思えばなんてことは無かった。




