1話 雨の日に、捨てられ令息を拾いました
全7話完結のお話です!
9/4に完結予定ですので、ぜひブクマで追いかけていただると嬉しいです
私は、雨の日が好きだ。
普通の人間なら、やれ畑の苗が流されるだの、客足が悪くなるだので憂鬱になるんだろうが、魔女の私にとってはご褒美だった。
(だって、大雨の時しか取れない薬草が取り放題だから!)
この薬草を商人から買うと、ぼったくりかと思うほどの金額を取られる。引きこもり貧乏魔女にとって、資金繰りは死活問題だった。
ご機嫌な足取りで帰っていた私だったが、ふと足を止めた。
「……?」
家の前に見慣れない人影が見えて、小走りで近づくと、そこにはずぶ濡れの男がいた。
ピンクの髪が雨に濡れてべたりと額に張り付いていて、仕立ての良さそうなジャケットは泥まみれ、白いシャツは透けて、靴はぐしょぐしょで——壁にぐったりと倒れ込んでいた。
(確か、この子って……)
目を細めて彼を見つめる。
巷ではあまりに有名な美男子だが、実際に見るのは初めてだった。
「レオナルド・フォーサイス?」
名前を呼んでみると、ゆっくりと顔が上がった。ぼんやりとした目が、私を映す。
焦点が合うまで雨に濡れた睫毛が、重そうにまたたいた。
(かなり弱っていそうだわ……でも)
フォーサイス家は王国でも有数の侯爵家で、彼はその家の次男だ。当然、こんな王都から外れた人間が寄り付かないような森で死にかけているはずもない。
何か事情があることは明らかだった。
私がスッと手をかざすと、私の魔法「過去視」で彼の少し前の情景が見えた。
そこには、婚約者と思わしき令嬢に「婚約を破棄する!」と告げているレオナルドの姿があった。
(あ~、何となく理解できたわ)
近年は、政略結婚を疑問視する声も多く、貴族たちの間で婚約破棄のトラブルが絶えないらしい。それはもう、引きこもり生活を続けている私の元にも届くほどだ。
元から結んでいた婚約なんて一方的に破棄できるわけがないのに、真実の愛を知ったとかで勝手に解消してしまうのだそうだ。
(それってただの浮気じゃないかしら)
この男も、どうせ夜会で婚約破棄を突きつけて、相手に反撃されたのだろう。この死にかけの様子をみるに、実家である侯爵家も彼のことを見捨てたらしい。
さすがに、これはやりすぎだと思うけれど。
「あらあら可哀想なこと、家に上がる?」
返事はなかった。けれど彼は、小さく——本当に小さく、頷いた。
◇
「お・は・よ・う」
翌日の朝、ベッドで寝息を立てていたレオナルドに顔を近づけながら、私は言った。
「うーん……」と言いながら、ピンク頭がのろのろと身を起こす。
寝具の中でぼんやりとしていた目が、私を捉えた瞬間——みるみる赤くなった。
「っ……な、なんで女が、俺の部屋に!」
「あなたの部屋じゃないわ。私の家よ」
「……っ」
レオナルドは昨日のことを思い出したのか、口をつぐんだ。
濡れた彼をワシワシとタオルで拭いたあと、着替えさせてふかふかのベッドで寝かせたのだ。
レオナルドは、ぐるりと部屋を見回した後、目を細めた。
「……何だ、この家は」
「魔女の家だけれど?」
「は? ま、魔女!?」
「そうよ、私は南の魔女のヴィオラ」
彼が驚くのも無理はない。
この世界には、魔女は4人しかいない。東、西、北、そして、南の魔女の私。他の魔女たちはおっかないけれど、歴代の南の魔女は人間に友好的なことで有名だった。
昔は、この国の王都に店を構えて営業したり、国王に召し抱えられることもあったらしい。
「ま、魔女……」
彼は、一瞬、驚いた様子を見せたものの、すぐに顔をくしゃりと歪めた。
「ここが、魔女の家かは問題じゃない!」
レオナルドは眉をひそめたまま、もう一度ゆっくりと室内を見渡した。
「なんで、この家は、こんなに……散らかってるんだ!」
レオナルドを寝かせたのは、空き部屋の一つだから物置のようになっている。
棚という棚には薬瓶が並び、ほこりを被ったハーブが天井から吊るされ、分厚い本が床に積み上がっている。
「私一人で住んでるから、片付ける必要もないのよ」
「いや、必要あるだろ……」
ぶつぶつと言いながら立ち上がろうとして、レオナルドは足元に何かが当たる感触に気づいて視線を落とした。
「なんだこれは」
床に落ちていたのは、一枚の紙だった。端がぼろぼろに崩れかけていて、字はかろうじて読めるけれど、インクはすっかり褪せている。
「昔、人間が持ってきた婚姻届よ。二百年前くらいの」
「……は? なんて?」
「二百年前」
「に、二百年!?」
レオナルドが素っ頓狂な声を上げた。紙を持ったまま、信じられないという顔で私を見る。
「そんなに前のものが、なんで床に——というか、二百年前って、お前、それ」
「魔女って寿命がとっても長いの」
私は肩をすくめた。
「人間が百年と経たず死んでいく間、私たちはずっと生きている。だから家の中にも、色々と溜まっていくのよ。物も、時間も」
片付けできない言い訳のようにそう告げる。
「……魔女はどれくらい生きるんだ」
「うーん、そうね」
少し考えてから、私は言った。
「ちゃんと生きれば、いくらでも」
レオナルドが絶句した。
「ちゃんと生きれば、って?」
「縮むこともあるの」
私はにっこりと微笑んだ。
「魔女はね、恋を知ると罰として寿命が縮むのよ」
「……」
「だから、私は誰の恋人になんてならないし、結婚もしないわ」
婚姻届を拾って、レオナルドに向けてひらひらと振ってみせる。
「これを持ってきた人も、結局は追い返したのよ。かわいそうに、一年も通ってきたのに」
その相手は、結局、私を殺そうとしたのだけどね――という続きは飲みこんだ。
私も昔は人間と関わることも好きだったのだが、迫害されるようになってからは色々な国を気の向くままに移動している。
定住しないこの生活も案外気に入っているのだ。
「さあ、朝ごはんにしましょうか」
私は、そう言ってキッチンに向かった。




