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第二十五話:宵月に宴・壱

 欠けた月が街を行き交う人々を見下ろしている。

 喜劇と悲劇が交わるその瞬間を嗤うかのように細められた妖しい煌めき。


 今宵、『月』は目撃する。

 虚構の天に坐す神々にすら牙を剥く、ヒトデナシの獣たちの狂宴、その第一幕を――。





 ***





「……さみィ」


 少年から青年へと移り変わる多感な歳頃。

 その多くが抱く青臭い渇望を彼――〝ルナード・デイブレイク〟もまた、例に漏れず胸に秘めている。


 ――それすなわち、己という絶対の存在証明。


 ルナードにはそのための『力』の才能があった。

 先天的な神通力(それ)と後天的に与えられた魔力特異体質(それ)


 どちらも望んだ力ではない。

 ちっぽけで矮小な存在であった彼には、天地がひっくり返っても敵わぬ大いなる存在から無理やりに与えられた才能。

 才能は彼を望むまま強くした。

 魔族を狩れば狩るほどその力を自分のものにする。望めば全てが彼の前にひれ伏す。


「ハァ……テメェらから漏れ出すその魔力の『波』、毎度毎度うるせェんだよなァ」


 そんな彼でも食糧を調達したり、ヒトとしての生活基盤を整えたりするためには人里に紛れる必要がある。

 いつもは望んで魔族と対峙している彼も、隠密中に襲撃を受ければ煩わしいと感じる。

 対する魔縁は神出鬼没。いつでも次元と位階を割って人の世の営みを乱す。

 ヒトが懸命に働き経済を回す昼間でも、酔いどれの戯言に溢れる夜中でも、自然災害と同じように魔縁の禍いもまた唐突である。


『め、るるゥ、ゥゥ……?』

『あト、ご……五ふン、マッてよォォォ』


 見るだけで正気を奪われるような異形が二体、夜の人里に降り立つ。


 魔族が現れた周囲数メートルにいた人々は、喚く時間すら与えられず押し潰された。

 血潮が飛び散り、赤に濡れた看板がぎぃぎぃと揺れる。


「ぅ……ぅ、わァァァぁぁぁ!!!!」「ちょ、やば……!!」「魔族だ!!」「ぁ、ぁ……腰が、抜けて……」「おら、ぼさっとすんな!!逃げるぞッ!!」


 街の活気は一気に冷え込み、すぐさま喧騒と共にその場から人々は各々走り去る。

 この世界の住人、特に魔縁の出現頻度が高い日本国に住む彼らにとっては、幼少期から本能レベルに刷り込まれた動きであった。


「……ハッ、やっぱ標的は俺かよ。上等だァ、雑魚ども」


 逃げないのは魔族を狩ることを目的としたルナードだけ。

 生活の邪魔をされるのは鬱陶しいにしても、自ら餌が飛び込んでくるならば相手しない理由もない。

 目立つ髪色と容姿を隠すため被ったパーカーを目深に、彼は敵対者を見上げる。


 首に大きな口を携えた馬のような異形と、空を回遊する刺に覆われたマンタのような異形。


 彼ら魔族の目的もまた、目の前の彼だった。

 支配者に命ぜられて現世に姿を現した今、残りやることは本能のまま彼を喰らうだけ。


 ここに思惑は重なり、静寂が訪れた夜街の中心に闘いの火蓋が切って落とされた。





『ばる、ばぶルルるるゥゥゥ!!』

「ハッ、文字通りの馬鹿が!!」


 馬のような魔族が四足で駆ける。野生動物顔負けの速度だ。

 さらに鋭い牙が生え揃った大口が首に備えられており、それを背中から生えた両腕で引き広げている。


 並の人間ならば抵抗すらできず既に腹の中に収まっていただろうが、ルナードはまるで重力を感じさせない跳躍で突進を躱してみせた。


「オラァァッ!!」

『ぶ、が……ッ!!』


 それだけに終わらず、反転した体勢のまま魔族の首を殴りつける。

 ただの打撃ではない、空間が歪んだような重たい一撃に魔族は堪らず殴り倒される。


『ぶル、ぶるルルゥゥゥゥ……!!』

「くはッ……おい、頭がたけェぞ」


 起き上がろうとする魔族の上に着地して無造作に踏みつけると、地面がくもの巣状に割れるほどの衝撃が伝わり、頭部がぐちゃりと潰れて形を失う。


 そこから再びその魔族が動き出すことはなかった。


「――!!チッ、うざってェ……」


 そんな魔族の死をルナードが確認する前に、上空から棘のように鋭い鱗が殺到した。

 空に浮かぶもう一体の魔族による攻撃だ。


 しかし、彼の身体の周りに降り注いだ鱗だけは、宙でビタリと停止していた。


「意味ねェよ。そら、お返しするぜッ!」

『なぁにぃ、する……のォォォ!!』


 そして反射するように魔族の元へと鱗が逆行していく。

 宙を泳いでいたマンタのような魔族は、跳ね返ってきた自身の棘の鱗による衝撃にバランスを崩すが、なんとか空中で体勢を整える。


 だが、その時には既に標的の姿を見失っており、ギョロギョロと下面に張り付いた四つの目玉を彷徨わせて探す。


『どぉぉぉ、こぉぉぉォォォ……』

「……」


 魔族のさらに上空、大きな信号機の下部に反転して立ち、見下ろすルナードの姿があった。

 ぶら下がっているわけでも、くっついているわけでもない。

 当たり前に地面に立つように、彼は物理法則を無視して逆さまに立っていた。


「……おい、どこ見てんだァ……?テメェの上にも空はあるんだぜェ?!」

『ッッ?!!』


 魔族の姿がルナードの影と重なった時、彼はフッと重力に従って落下し、魔族の背に乗って再び拳を振り下ろす。


 背が死角となっている魔族は何が起きたのかもわからず、魔素の身体を拳によって何度も打ち砕かれ、漏出する魔力を止めることができず命を散らせた。


「はンッ……テメェらみてェな雑魚、何匹送ってこようが意味ねェよ。それとも、まだ実験動物に餌やりを続けてるつもりかァ?」










 ズズンッ、という地響きを奏でて魔族と共に墜落したルナードは亡骸から地面に降り立ち、次の変化をじっと待った。


「……よし、始まったなァ」



 ――『魔辿炉』が摘出されずに魔族が絶命した際に引き起こされる、全魔素の魔力変換。



『浄土結界』すらもない場でそんな現象が起きてしまえば、急速に魔力汚染が進行することは目に見えたことである。


 ある種、魔力汚染によるテロと言っても過言ではない所業であった。


 二つの魔族の亡骸が形のない魔力というエネルギーに変換され、大きさを失っていく。

 魔力は空気中に放出され、時間を置かず一般人にとっての毒となるだろう。


「ハァァ……スゥゥゥゥゥゥゥッッッッ!!」


 その魔力をあろうことか、ルナードは思い切り息を吸い込むことで取り込み始めた。


 これは、一般的な『魔力適正者』でもあり得ない行いだ。

『魔力適正者』も魔力汚染地域や一般的にも僅かに滞留する魔力を無意識に取り込んで魔力総量を回復するが、これほど一気に取り込めば普通は拒否反応が出る。


 吸収した他者の魔力を余すことなく自分のものとする、彼の『魔力特異体質』の機能が働く。

 これこそ、ルナードが魔族を狩れば狩るほど強くなる秘訣である。


 そうして、しばらく魔力吸収を続けていると、魔素も粗方魔力に変換された。

 一部は吸収する前に土壌へと染み込み、魔力汚染を始めてしまったため取りこぼしたが、それはいつもの事であった。





「あれ?こんな騒ぎになってるのにボク一番乗り……?ちょっと動き遅すぎじゃない?」

「――!!」





 ――だからこそ、いつもと異なるのはここから。


 その声がルナードの元へ聞こえてきたのは魔力吸収の進捗が半分を超え、いつも通り魔力が自分の力になっていく全能感に酔いしれ始めていたころだった。

 突如、半径三十メートルほどに渡って透明な結晶がドーム状に集まる。

 それと同時に、ルナードの魔力吸収が停止する。空気中に放出された魔力が『浄化』され始めたからだ。


 すなわち、彼は『浄土結界』に閉じ込められたのだ。……まるで、魔族を討伐する時のように。


 さらに、手を額に当ててキョロキョロと遠くを眺める仕草をする小さな人影が、軽い調子で呟いて現れる。

 互いの存在を認識し終えた瞬間、結界内に存在するたった二人の視線が絡み合う。


「というかキミも、紛れる気ないの?高度に擬態しててもこんだけ派手に暴れてちゃ、私はここにいますって旗振ってるようなもんだよ」

「擬態……?いやそれより、誰だテメェ」

「あぁ、ごめんごめん。名乗ってなかったね」


 ルナードから見るに、現れた人影に対してパッとするような特徴はない。

 強いて言えば、その爛々と輝く赤色の瞳と、なぜ自分よりも背丈の低いガキが……?という程度。

 その素性も性別も不明な第三者は、妖しく目を細めて――、





「ボクは外法師『七理』の〝カエデ〟。……キミを、討伐しに来たんだ」

「そォかよ。だが、テメェが死ね」





 両者の間にそれ以上の会話は不要だった。

 殺し合いの狩り合い、さっきまでと何ら変わらない闘争の合図は既に鳴っていたのだ。



 ――『岩戸坐す(いわとざす)御門神(みかどかみ)』『神通力』解放――

 ――『月読唱える(つくよみとなえる)冥墓神(めいぼのかみ)』『神通力』解放――



「「【神魔戴天】!!」」



 外法師『七理』の〝カエデ〟と名乗った楓眞は、しなやかな肢体と小さな体格を活かした曲線的な動きで翻弄するように迫る。

 対して、名を告げることはなかったルナードは、爆発的な推進力で一気に距離を詰めて苛烈な攻めに出る。


 互いの間合いを測りながら、拳を突き合わせる。掌底を打ち出し、腕を払い、視野の外から飛んでくる蹴りを躱す。

 楓眞の強固な神通力による体外強化と、ルナードの大量の魔力による身体強化の勢いが打ち消しあって、一歩も譲らない戦いとなる。


「(彼の攻撃、やけに内に響くな……僕の神通力で中和しきれてない。『能力』が関係してると読むのが自然だね)」

「(こいつ……人間のはずなのに、神通力と魔力の併用をッ!!まさか、俺と同じ……いや、微妙に違うか?)」


 息づく暇もない攻防の中、言葉にはせずとも互いにやりづらさを感じていた。





 ――そんな戦いにおいて、先に動きを見せたのは楓眞の方だった。


 ズズッ、と何処かで重々しい『門』の開く音が聞こえてくるようだった。


「くくっ……茶々が入る前に、さっさと次にいこうか」

「あァ゛?……ッ、ッ゛?!」


 ――『岩戸坐す御門神』【禁忌-不可逆性論理(ロジック)-】――


「【開門】」


 二人の拳が交差する瞬間、くるりと掌を前にして掴み動作へと切り替える。

 そして掴んだ時には既に、ルナードの拳はこの世に存在しない場所へと送り込まれ丸ごと欠損していた。


 これこそ、『門』の神通力の応用によって生み出された『不可逆』。


 ルナードは無視できないダメージを突如負ったことに目を見開く。

 その動揺を見逃す楓眞ではなく、追撃の手が緩むこともない。

 何処ともない深淵へと繋がる『門』が、口を開けて彼の目の前に迫っていた。

 楓眞は確信を持って、不意打ちからのこのコンボは決まると繰り出した。

 

 しかし、急所を掴もうとした楓眞は伸ばした腕に反発力を感じた。それはルナードに近づくに連れて強くなる。

 とはいえ、少し力を込めれば無視できる程度の抵抗力だ。


「チィッ……!!」

「おぉ……?」


 ほんの一瞬、僅かな時間の空白――ルナードがその場から離れるには十分な間が生まれた。

 戦闘開始時にも見せた、爆発的な肉体のバネで楓眞の間合いから外れた。


「うーん、今のは取ったと思ったんだけどなぁ?反発、反射……いや、違うな。(……それに、なんだこの手応え)」

「ハッ……テメェこそ、人間のはずなのに神通力と魔力の併用を……あの場所出身か?()()()()は幾つだ?」

「ん?記号って、なにそれ……?」

「……なんだ、同類じゃねェのか」


『魔族を狩る魔族』の調査を続け、念願の接触を果たした相手の考察を楓眞が進めていると、張本人から耳馴染みのない質問をされる。

 加えて、『門』で抉り取った時に感じた手応えや、一向にその()()()()()()()()を解かない様子から違和感はより強くなっていく。

 

 その違和感が決定的になったのは、目の前の魔族であるはずの存在の欠けた部位を視界に収めた時だった。



 ――彼の腕の先からボタボタと血液が零れ落ち、アスファルトに赤い痕を刻んでいた。



「(血……魔族からッ?!〝血呑〟の魔法……いや、あれは本物……!!)」


 魔力によって強化された楓眞の肉体性能は漂う鉄の匂いを嗅ぎ取り、ネオンに照らされていても昼間よりは薄暗い夜街でそれが血糊などの偽物でないことを見抜いた。

 

 楓眞の目の前で、あり得ない異常事態が起きている。


 魔族に臓器というべき器官は、魔素と魔力を相互変換する『魔辿炉』しかなく、血液を生み出す心臓は存在しない。

 ヒトを喰らった直後、魔素へと還元されるまでの僅かな消化の時間にヒトの血肉が混ざっていることはあるが、直前にルナードがヒトを喰っていた様子はない。


 であれば、目の前の魔族だと思っていた存在はヒトであったのか、と考えた瞬間にルナードの欠損した腕は元の形に修復された。

 普通の人間に肉体を再生する力はなく、先ほどまで考察していたルナードの神通力の特徴とも乖離する。

 

「ははっ、一体なんなんだ、キミ……あ、もしかして混じってたりするの?」

「……チッ、好き好んでこんなのになってねェよ」


 楓眞が出した結論――それは、目の前の存在がヒトと魔の両方の側面を持つヒト擬きの獣である、ということ。


 魔力を取り込んでいた様子、欠損した部位を瞬時に治す再生力、自身と同じ【神魔戴天】という技能。

 それでいて血肉が詰まった肉体、人間らしい振る舞いと恐らく擬態でない現在の姿形。

 何処にヒトと魔の境界を定めるかで、どちらにもなり得る曖昧な存在に思えた。


「く、くくッ……いいね、俄然面白くなってきた。だけど、そうだなぁ……ヒトも魔族も、言葉なんていくらでも取り繕えるから――」


 人間社会では到底受け入れられないはずのヒトデナシの獣――〝ルナード・デイブレイク〟はこの日、門浦楓眞という少年の皮を被ったヒトデナシの人間の興味を惹いてしまった。





「キミが何者か、このままキミの身体に直接聞くとしよう!!」

「やれるもんならやってみろやァッ!!」

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