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第二十四話:何が為に魔を狩るか

 東暦五二六年、一月も下旬に差し掛かった頃。

 世間ではようやく正月気分が抜けてきたような雰囲気。

 同時に、新年の十二分一が終わりかけていることに絶句する者が多数現れる。


 そんな気が抜けた者たちの気を引き締めるかのように、東の都は吹雪によって呑み込まれている。近年では一番の大寒波と言われていただけのことはある。

 僕は当然、今日一日出不精を決め込んだ。


 とはいえ、義務教育がなくなるわけではない。それは僕と楓眞のように特殊な状況でも変わることはない。

 ……ないのだが、一般的な学校に通学するのも僕にとっては無駄が過ぎる。

 なぜならば僕は、前世という形で一般的な勉学については一通り修めた経験があるからだ。

 当時と学ぶことにそれほどの相違はないと、楓眞の中から見ていて感じた。中等教育以降も同様に。

 違うところを挙げるとすれば歴史についてぐらいだろうか。


 そんなわけで、平日の学校に関しては楓眞が身体の主人であった時からお世話になっていたオンラインスクールで済ませている。


 朝から昼下がりまでを学校に充て、その後は自室に篭って個人的に進めているとあるシステムの開発作業に時間を費やした。

 この開発作業については外法師ネットワークに参加するために学んだ情報処理をそのまま、何か有効な使い道がないかと探した結果だ。

 現在は具体的な形になる前の構想段階でしかないので……まぁ、これも楓眞の魂が戻ってきた時に役立つ保険になればいいなと思って作っているとだけ言っておこう。


「ん……圭、帰ってきたか」


 作業に集中していると、家の敷地内に覚えのある人物の気配を察知した。

 ちょうど作業の進捗もキリの良いタイミングだったので、この家のご主人様を出迎えてやることにしよう。


 ――『岩戸坐す(いわとざす)御門神(みかどかみ)』『神通力』解放 【禁足-不可視の廻廊-】――


 この世界とは異なる位階に坐す神の如き存在――『虚津神』の能力を引き出すべく、神通力を解放する。

 そうすると、目の前に等身大の黒い渦が浮かび上がり、目には見えない道が出来上がる。

『門』を潜った先は玄関口へと繋がっており、一瞬にして空間転移を可能とする。


「――神通力の解放から能力発動まで、コンマ五秒以内……ふむ、腕を上げてきましたね」

「ありゃりゃ……全部読まれてら。おかえり、圭さん」

「はい、ただいま戻りました」


 街を覆う銀世界に溶け込むような冷たい白銀の頭髪、その中で一等強く主張するは血のように緋く昏い双眸。

 加えて、まるで外の寒さを感じさせないピンと伸びた背筋や無機質な表情、そして内に秘めたる苛烈なほどの力は彼女を近寄り難い存在にしている。


 彼女こそ、この家の持ち主である〝伊織圭〟である。

 そして、本来外法師を取り締まる立場である退魔師にも関わらず僕を匿ってくれたうえ、とある魔族の力によって呪われた楓眞の母親――〝門浦玲沙〟の解呪のために色々と手を貸してくれている恩人でもある。

 理由を深くは知らないが、玲沙の後輩だったことが関係しているらしい。


 楓眞が今よりずっと小さい頃から交流があったおかげで、中身が違うもののそれを知る術もない彼女とは気安い関係で過ごさせてもらっている。


「食材買ってきてくれた?」

「えぇ、これでどうでしょう」

「うん……うん、十分だよ。ありがとう。……いやぁ、流石にこんな吹雪の中で外出たくなくてさ、圭さんが今日早上がりで助かったよー」


 こんな風に、帰りついでに夕飯の買い出しを依頼するぐらいには遠慮しない関係だ。

 それでも、家に住まわせてもらって、外法師(仕事)の支援までしてくれている都合上、家事のほとんどは僕が担当するようにしている。

 この広い家ではふんだんに自動家電が幅を利かせているので、実際のところやる事といえば洗濯物を取り込んだり、手の届きにくい隅っこをたまに掃除したりでそれほど手間は掛からない。

 あと、家事といえるものはこれから取り掛かる料理だろう。

 これに関しても、仕事が夜遅くなりがちな圭は外で済ませてくる事が多いため、自分以外の分を作るのは休日含めて週に三・四回程度。


「久しぶりに時間できましたし、たまには私が夕飯作りましょうか?」

「え……?あっはは!!面白い冗談だね?任せたはずのスープが神隠しにあった時から、貴方がキッチンで何か作ることはないと思ってた」

「……」


 というのも以前、ビーフシチューを作っている最中に所用ができて煮込みの管理を頼んだ際、灰汁を抜いていたらスープが無くなっていたという出来事があった。圭の几帳面な性格が裏目に出た形だ。

 しかしそれ以外にも、突拍子もなくチャレンジングなものを混ぜたり、そもそも調理にやたらと時間がかかったりと前科がある。


 簡単な朝ご飯やそのまま食べられるレトルト、惣菜などについては自分で準備してもらうこともあるが、少なくとも僕がいるうちは彼女が鍋や包丁に触れることはないだろう。


「ほら、身体も冷えてるだろうからちょっと早いけどお風呂入っちゃいなよ」

「……えぇ、そうさせてもらいましょう」


 そう言って若干普段より足取りが重い様子の圭が自室に消えていくのを横目に、僕は受け取った食材を手にしてキッチンに戻る。


「(……人には得意不得意や向き不向きがあるんだから、気にせず効率的な方に任せればいいのに)」


 普段の冷徹で効率厨な圭を知るからこそそう思う僕は、彼女のらしくない姿に小さな笑みが溢れるのを自覚した。





 ***





 改めてになるが、僕は世間では一般的に忌避される存在である『外法師』として活動している。


 依頼達成率八十%超。

〝血呑の大魔〟〝白骸の魔人〟討伐。

 まさに新進気鋭の外法師、その名も『七理』。


 これが僕の裏の顔と言えるものである。

 だが別に、外法師に仕事として誇りを持っているわけでもなければ、必要以上に名を上げたり富を得たりという意志もない。


 外法師として、魔縁の匪徒を討伐する理由はただ一つ。



 ――『家族』が、再び幸せな日々を歩めるようにするため。



 門浦玲沙を呪った〝灼呪の大魔〟にその『呪い』を解かせ、この肉体の本来の持ち主である楓眞の魂の行方を探る。


〝灼呪の大魔〟は大魔族の中でも、多くの魔族を統率できる立場にあるようだった。

 そして明らかに目的があって楓眞の『死』や僕の神様との接触を望んでいた。

 ならば、魔族を討伐していって魔縁陣営内部の情報を得ることができれば、いずれ〝灼呪の大魔〟や楓眞の魂を攫った虚津神にたどり着くはずだ。


「……ま、そのための肝心な依頼を探すのが難しいんだけど。目ぼしいのも、前の〝白骸〟のやつ以来さっぱりだし」

「そもそも、強力な魔族の討伐は外法師に頼るところではありませんからね。退魔師が対処しきれなかった魔族の討ち漏らしを討伐して、魔素を売買し金銭を稼ぐ……これが大半の外法師のスタンスで、楓眞くんが特殊なのです」


 そこで僕は『高位魔族』や『大魔族』といった、魔縁の中枢に繋がる可能性のある個体とそれに関するだろう依頼におおよその目星をつけて活動している。

 今は奴らの魔素に蓄積された記憶を読み取り、手掛かりを掴む段階だ。


 現状、〝血呑の大魔〟レヴォーグは手掛かりになるほどの魔素を残すことができず、〝白骸の魔人〟は最近になって力を付けた個体だったようで、大した情報を持っていなかった。

 半年かけて討伐できた高位魔族以上の個体はたったの二体。

 一刻も早く家族と再会したい身からすると、歯痒い思いが募る。

 かといって、闇雲に調査してもまず成果を得られることはない。

 知能が高い『高位魔族』はその卓越した魔力・魔素の扱いによって人間へと擬態するからだ。

 魔力を観測する術がない一般人が見分けられないのは当然として、僕たち『魔力適正者』であっても魔力の揺らぎが無ければ判別できないほどに巧妙な擬態だ。


 依頼として魔族の目撃情報や異変が確認された場所へ向かうのが効率的だろう。

 依頼を出すために魔族の観測に長けた者もいるらしいのだから、彼らに任せた方がいい。

 これもまた、適材適所といえる。





「――ですが、ここのところ、外法師への依頼が減少傾向にあるのは確かなようですがね」


 食卓には鰤の照り焼きをメインとして、白米や味噌汁のほかにポテトサラダや小松菜の胡麻和えなどの小鉢を添えたヘルシーな和食が並んでいる。

 圭は実家である『伊織家』では専属の料理人が就いた豪勢な食事を口にしてきたらしいが、僕が住み着いてからはこういった家庭料理を望まれることが多い。


 カトラリーは箸だけで、食卓の上ではたまに交わす会話以外は静かな食事が進行する。

 完全な沈黙が訪れないのは、ダイニングと一体になっているリビングに鎮座する大きなテレビの音声がこちらまで届くからだ。


 夕方のニュース番組が、新たに発生した『魔力汚染地』の勧告や、超常が絡んでいたであろう争いの跡地での物的被害について報道している。

 そのニュースの見出しには、「魔族による同士討ちか?!」と取り上げられていた。


「……もしかして、今テレビが言ってるアレのこと?」

「えぇ、どうやら『魔族を狩る魔族』――通称〝魔縁狩り〟が出没しているのだとか」

「へぇ……ありえない、とも言い切れないけど、向こうに理由がないなぁ」


 彼ら魔縁の匪徒に統一された意志はただ一つ――ヒトへの禍いとなるためヒトを喰らい、力と知恵をつけること。

 プログラムされたその本能に従って、局所的に魔力を多く秘めた魔力適正者(上質は餌)という牌を奪い合う争いはあれど、常習的な同士討ちは起こり得ない。

 

「とはいえ、魔縁陣営が共倒れしてくれるなら退魔師にとってはいいことじゃない?」

「少し、問題があります。……そう、『魔力汚染』について」

「あぁ……そりゃ魔族同士の争いだとしたら、『浄土結界』があるわけないよね」


『魔力汚染』とは、言葉の通り漏洩した魔力がその土壌を汚染してしまうことだ。

 普通の人間の身体にとって魔力は異物でしかなく、汚染地域で魔力を浴び続けると、『魔力中毒症状』を発症して最悪死に至る。


 さらに『魔力汚染地』では、低位で知能が発達していない個体ではあるが、魔縁の匪徒が自然発生する。

 これをなるべく防ぐため、魔術を使ったり魔縁討伐を行ったりする際は『浄土結界』によって、魔力が土壌を汚染する前に予防的に浄化する。


 ニュースや圭曰く、この『浄土結界』がないままに魔族が争ったことで、あちこちで魔力が土壌を汚染しているとのことだ。


「外法師にとっては商売の邪魔になるわけだけど、旧くて強い魔族はこんな同士討ちなんかでやられないだろうし、ボクが動く必要はないかなー。魔縁対策機関(そっち)はどうするの?」

「もちろん対処に動きますが、現在は少し慎重な動きになっていますね。……それと、楓眞くん。貴方も他人事ではないかもしれませんよ」

「……?どういうことさ」


 ニュースでは変わらず凄惨な現場映像を映し出しており、相当大規模な争いがあったことが伝わる。

 退魔師によるものなら、互いの力量によるがもっとスマートに被害を最小限に討伐しているだろう。

 しかし、あるのは周囲の被害などまるで考慮していない野生の闘い。

 その場だけ、天地がひっくり返ったように瓦礫が重なり、抉られ傾いている家々が軒を連ねる。


 

 ――そこで気づく。これは単なる超常による争いではない、と。



「件の魔族ですが、神通力に目覚めているようです。貴方が求めている『高位魔族』についても、既に確認されているだけで二体討伐されています」

「……なるほど、ね」


 続けて圭の口から語られるのは、その〝魔縁狩り〟とやらの特徴や力。


 スラリとした金の獅子を思わせる風貌、ボロボロの衣類。

 彼に辿り着くこともなく敗れ去る魔族や外法師、壁面を悠然と歩く姿も確認されているらしい。





「さて、どうですか。興味が湧いて来ましたか?」

「あははッ、ボクを試金石にするつもりだね」

「楓眞くんならば大抵の状況をその力で無事に切り抜けられますし、もし貴方の目的に繋がるならば先に接触しておいて損はないでしょうから」


 短い期間のうちに多くの魔族を討伐するだけでなく、外法師や退魔師の一部にも被害を与えているらしい。

 しかし、退魔師や有力な外法師が本腰を入れて対処にあたり始めれば、僕がこの件に関わる前に討伐されてしまうだろう。


 圭の言う通り、僕が動くなら今しかない。


 何か魔縁陣営に動きがあるのか、それともこの個体が特殊要因を持っているのかはわからないが何にせよ、停滞した現状を打破するきっかけになるかもしれない。

 

 それに、これは圭すら知り得ない僕自身のルーツによるところだが――、





「いいよ、ボクがこの目で確かめてみよう。実はこの話の最初から、個人的にはとっても興味があったんだ」


 ……どうも、この『魔族を狩る魔族』という存在が他人事とは思えないのだ。

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