第二十三話:兄弟
皆さん、お久しぶりです。
長い間お待たせしてしまい、大変申し訳ありませんでした。本日より外法師『七理』を再開致します。
今のところ週一程度での更新を予定していますので、よければ見に来てやってください。
それでは、本編二章スタート!!
ぼんやりと視界に暖かい色が差し込んでくる。
つんつん、ゆさゆさ、と僕を布団の上から起こそうと揺らめく小さな影があった。
見慣れたそれが顔を覗き込んできた拍子に、ふわふわとした髪が僕の鼻を擽ぐる。
「ほら起きて、お兄ちゃん!あーさ、でーすよー!!」
「ん……楓眞……」
だが、毎日飽きるほどに見ているはずのその顔が、なぜか今日だけは遠く懐かしい気がして、同時に胸にチクリとした痛みが走る。
どうしてもその胸の僅かな痛みが気怠さを生み、身体は揺すられていても起床を拒否してしまう。
いつもは一人でに起きる僕が、一向に起き上がってこないことに楓眞が困惑している気配がする。
困惑といってもそれほど真剣なものではないのは、今日が夏休みの最中で時間に迫られているわけではないからだろう。
こんなことを考えられるぐらいには頭が覚醒してきた。
さて、どうにか起きるためにこの気怠さを消してやらねばならない。
しかし良案も原因も浮かばず、もはや楓眞に無理やり起こしてもらうか、と考えて布団に包まったまま腕を突き出す。
「――!珍しい、どうしちゃったの?」
「……起こして」
「……仕方ないなぁ」
僕がリアクションをせずにいると、楓眞が僕の手を掴んでぐいっと後ろに体重を込めたのがわかる。
僕がほんの少し起き上がるための力を加えれば、いつもの朝が始まることだろう。
……でも今日はどうしてか、もう少し彼と一緒にここにいたいらしい。
「ちょっと、自分でも起き上がって――」
「楓眞、やっぱりこっちおいで」
「へ……?……ちょ、わぶッッ!!」
敢えて引き寄せるように少しだけ強く力を込めてやれば、体重の軽い楓眞はバランスを崩してこちらに倒れ込んできた。
もちろん、こんな僕の我儘でしかない悪戯で愛する弟に怪我をさせるわけにはいかないので、優しく抱き止めて布団の中に押し込み隣に寝転ばせる。
「もうっ……怒るよ?」
「ん、ふふっ」
「いや、んふふじゃなくて……ハァ……」
不格好な形で布団に入ることとなった楓眞は当然、口では僕を咎めることを呟く。
しかし、目の前に見える表情はへにゃりと緩んでいることから、彼のご機嫌を取り直す必要は無さそうだ。
気づけば、先ほどまであった原因不明の胸の痛みは消えていた。
既に頭ははっきりと覚醒して身体の気怠さもないため、起き上がるのに何の苦労もないが、もう少しこうして楓眞と横になっていたいと思った。
あぁ……実に当たり前で、甘く幸せな朝だ。
僕の手を引く楓眞、見慣れた田舎道を駆けていく。
着いた場所はいつも友達と遊ぶ空き地だが、今日は誰もいない。
楓眞は持ってきたサッカーボールを転がし、まだ他の荷物を抱えている僕に向かって少し強めのパスを寄越した。
芝生の上に荷物を置いて、僕もボールを蹴り返す。
「いたッ……お兄ちゃん、力加減下手くそ!シュートじゃないんだからさ!!」
「あぁ……どうもすまないね。いつも最初は力の調整ができなくて」
そうして準備運動がてらパス回しをしてから、タイマンで遊ぶ。
サッカーは楓眞が上手で、身体能力は僕がかなり上。基本的にサッカーでは楓眞が勝つが、身体能力や反射神経にものを言わせて不意をつくこともある。
曰く、良い練習相手になるのだと。
一時間か二時間か、それなりに遊んだあとは夏休みということで出された風景画の宿題に取り組む。
楓眞は息を整えるため木陰の下で涼んでいる。僕はその隣でサラサラと下書きを描いていく。
「お兄ちゃん、やっぱり手際いいね」
「僕としては、君の色彩感覚の方に感心するけどね。下書きなしで描ける原理がわからない」
「あははッ!毎年色で苦戦してるもんね」
「うん……だけど、これでも少しずつ上手になってるんだよ」
「知ってるよ、確か去年は入賞してたよね」
ジリジリと焼けるような日差しが木陰の外に降り注ぐ。
ジワリと不快な汗が滲む中、僕は少しずつ手を進め、楓眞も自身の水彩道具を取り出して違う画角の水彩画を作り上げていく。
時折言葉を交わしたり、ふざけて邪魔し合ったりしているうちに、陽は真上に登って次第に傾いていく。
パチリと一つ瞬くと手の中に筆はなく、風景は全く別のものに変わっていた。
陽が落ち切る前の真っ赤な空が一望できる、とある丘の上。
今世の記憶にない、けれどとても懐かしい場所だ。
そういえば、描く風景はこちらにしても良かったなと思った。
「やっぱり、何度来てもここの景色だけは飽きない」
「……ねぇ、お兄ちゃん」
「なんだい?」
「ボクね、生まれ変わってもお兄ちゃんの弟がいいなぁ……」
「……あぁ、僕も君の兄以外での生き方は考えられないな」
「それでね、今度は家族みんなでここでピクニックとかしたいな。あと村の皆も呼んで、圭さんとかも仕事がなければ誘うんだ」
「お弁当作りが大変だねぇ……楓眞、手伝ってくれるかい?」
「うんっ、それも楽しそう!」
ふんわりと柔らかな草木の上が心地よくて、隣に座った楓眞と共に後ろ向きに倒れ込んで、全身で大地の暖かさを感じる。
このまま目を閉じて眠りに入ればきっとこれ以上ないほど良い夢が見れるだろう。
『……ねぇ、◾️◾️くん』
「……」
そんなことを考えていると、隣に座っているはずの楓眞が珍しく僕の名前を呼ぶ。
……あの子が知るはずのない、僕の過去の名前。
どうやら、良い夢とやらは既に見ていたらしい。
あまりの心地よさに目覚めたくないと思うぐらい。
『このまま私たちが大人になっても、もしも生まれ変わっても……それからたとえ、あなたが私のことを忘れちゃったとしても……』
だが、甘く幸せな夢にいつまでも浸かっているわけにはいけない。
外法に魂を捧げたとしても、果たさなければならない使命がある。
『――この場所だけは覚えてて。いつかあなたが『人生』の答えを出したとき、この場所で私たちはドラマチックな再会を果たすの。約束、よ♪』
だが、もしも僕が大切な『宝物』を救い出すことができたその時は、
――懐かしきこの約束の地で、彼女と本当の意味で再会する資格を得られるだろうか。
***
「……なんだか、随分鮮明な夢だったな」
あの子が起こしに来てくれない朝が少し物足りなく感じてしまうぐらいに、今朝の夢はなぜかはっきりと脳裏に残っている。
それでもきっと夢であるゆえにか、どんなに鮮明に認識できていたはずのそれも、夜には霞がかって思い出せない記憶になっているのだろう。
そう考えると、人が見る夢とはいずれ必ず消えるからこそ儚いのかもしれない。
せめて楓眞のことだけは、記憶に留めておきたいものだ。
「(あれ……?おかしいな……なんだか他にも、暖かくて大切だった思い出が……あったよう、な……?)」
しばらくの間、取り留めのない思考をしていたが、段々と頭が冴えてきた。
布団から抜け出して、すっかり馴染みつつある自室をフラフラと歩いてデスクに腰を沈める。二台あるモニターのうち右側のものだけ点けて、パソコンを起動させる。
セキュリティチェックをパスして、特別なブラウザを起動させる。
わざわざこのような迂遠な手順を踏んで辿り着くのは、一般的には公開されていないインターネットの深層部分。所謂ダークウェブといった存在の中にあるとあるサイト。
「んー……目ぼしい依頼は無さそうかなぁ」
探すのは『魔縁の匪徒』や『魔族』と呼ばれる魑魅魍魎の討伐依頼や目撃情報。
この超常に溢れた世界には『魔』に縁を持つ存在を調査・討伐し、世界の治安維持を担う『退魔師』がいる。
しかし、その裏では『外法師』と呼ばれる存在が退魔師を出し抜いて退魔を為したり、その身に宿した超常の力によって暗躍したりしている。
僕はこの肉体の本来の主人である〝門浦楓眞〟の魂の行方を追って、先に述べた二つの内の後者――すなわち『外法師』として活動している。
当然、世間一般では認められていない……どころか、ほとんど犯罪者紛いの扱いをされる身分であるので、素性は細心の注意を払って隠しながら。
そんなわけで、外法師御用達の依頼サイトを軽く閲覧し、メールも確認する。
他にも私用で進めている作業の進捗が中途半端であったため、しばらくだだっ広いこの部屋にはカタカタと無機質な音だけが響く。
「くぁぁ……よし、こんなもんかな」
小一時間ほどパソコンと向き合っていたが、髪もボサボサで口も乾燥して気持ち悪さを感じたため、朝の支度をするべく洗面台がある脱衣所へと向かう。
そのために、まずは自室から抜けて螺旋状の緩やかな階段を降り、一旦リビングへと足を踏み入れる。
そこに同居人――この家の家主である〝伊織圭〟の姿はないが、微かに人がいた形跡が見受けられるため、既に仕事に出かけた後なのだろう。
時計を見ると、時刻は午前の八時半を示していた。
「……時間に縛られないのも、外法師の良いところだね」
デメリットは退魔師に捕まる可能性があるところや世間体が悪いところ、安定した収入を得ることが難しいこと、などなど。
とはいえ、そんなことは約四ヶ月前、外法師として活動することを決めたときから分かりきっている事ではある。
それらを念頭に入れてなお、外法師こそが目的達成のための最短路であると確信したのだ。
もはや見晴らしが良いとまで感じる広いリビングを抜けてしばらく通路を渡ると目的地に辿り着く。
この邸宅は高級住宅街にあっても頭一つ抜けた豪邸で、洗面台一つとっても一人で使うには大きすぎる代物となっている。
顔を洗って、ぴょんぴょん跳ねた肩まである髪を丁寧に濡らしてから乾かす。
これだけでふんわりとした手触りが戻ってきた。
「――♪」
それから化粧水と乳液でスキンケアをしていく。
鼻唄を奏でながら、下地を塗って目元にだけ軽いポイントメイクを施して楓眞の柔らかい表情を再現する。
半年近く経っても、この目つきの違いだけはどうにもならなかったため、最近は朝のルーティンにこの一手間を加えることになった。
この程度で面倒に思うのだから、世の女性方は大変だなと感じ入る。……中学生にもなっていない男の子が化粧なんてしていることが特異なのだとは思うが、こればっかりは僕の執拗なこだわりのせいだから仕方ない。
最後に眉を整えて、サラリと髪をといて下ろす。
「よし、今日も僕の可愛い楓眞……いや、いつものボクの完成だ」
今日も僕は、楓眞がいつ帰ってきても不便しないように影武者として振る舞う。
その裏で、ヒトデナシらしく手段を選ばぬ外法を為しながら。




