病弱な人
「ところで求婚のついでに契約のお願いにきたのだが宿の主人は留守かな?」
爽やかに白い歯を剥き出したお貴族様っぽい人は、全身拘束され目隠しされたままです。
「契約といっても全て私に任せてくれれば問題ないのだけどね!今ある手持ちの絵で構わないし、なんなら王都で描いてくれてもいいんだよマリアンヌ!…聞いてる?」
すみません聞いてません。
いや私は聞いてますがマリアンヌ兼タイラーさんはちっとも聞いてません。
なぜなら、
「へぇー。蜂蜜が入ってるんだそのクリーム」
「蜂蜜と薬草の種から取った油で、塗る時は肌の下の筋肉に沿って伸ばすのがコツですのよ」
「へぇー」
ただいま村娘の注目を浴びております。
私の顔にパックを施しながら美容講座がなぜか始まっております。
マリアンヌ兼タイラーさんは、
「待った!」と駆け寄った私を見るなり、鞭と扇をすちゃっと隠し、
「お嬢様、睡眠不足ではないですか!」
まるで重病を発見したかのように悲鳴を上げて逆に飛びつかれてしまいました。
あれよあれよこれよどれよの間に
お貴族様そっちのけ。
「髪の油は洗い流さなくていいの?」
「熱い布で上から蒸すことで髪にツヤが戻りますの。但し櫛をかける時は慎重に先から始めて下さいませ」
初めまして何某さまとご挨拶ぐらいしたいのですが、私は今、縄での拘束ではないけれど身動きが取れません。
机に寝かされ、顔パック、髪パック、両手パックの公開美容講座中です。
う、動けない。
「美肌のコツをいくら聞いても何もしてないとしか答えてくれなかったけど、確かにこの子はは何もしてないわけね」
レイラさんに頬をうりうりとつつかれてもその通りなので反論はありません。
髪質、肌質、肉付きに至るまで私は何もしとりませんとも。
「若さ特有の吹き出物にはこれでも苦労しましたのよ?」
ふふふと答えるのはタイラーさん。
そうでしょうとも。そうでしょうとも。
私の鼻の頭に吹き出物が出来た時は、タイラーさん本気泣きしてましたね。
果物と薬草をペーストしたパックの素材を練りながら、村娘たちの手の甲にも塗ってあげています。
「特にお嬢様は夜更かしを好まれますので、肌がすぐに疲れてしまいますでしょう?どうにかお昼寝を勧めても働き者でいらっしゃるのでねぇ」
「夜更かしを止めようとはしないのね」
レイラさんの呟きはもっともですが、うちは店でお酒も出す宿屋ですから
手伝いをすると当然深夜になっちゃいますってば。
別に夜更かしをして遊んでいるわけではないのです。
「そういやぁ、町に行くついでに頼んでた品なんだが」
「ミリエラさんに似合う帯ですよね。ご用意してありますよ。あと余った予算で弓の弦も一緒に包んでます」
四ツ子長男のマック君が門番のフィリップさんに大きな袋から包装された品を渡すと、俺も俺もと他の門番さん達も手を挙げます。
「贈答用の花茶は湿気ると風味が失われるのでお気をつけ下さい。えぇ、北の丘は今年は獣が少ないようでしたのでデートには程よいかと。来年の流行は鳥をモチーフにした柄です」
さらさらと言葉を紡ぎながら四ツ子達に手を降ると、リュックサックを背負った四ツ子達がちょこまかと動き回りながら注文の品や手紙を配り歩く。
「ありがとう。この本は諦めかけていたんだが、よく見つけられたね」
次男のミック君の喉を撫でながら届いた本をしげしげと見つめるエメリヒさん。ミック君は猫ではないですよ!カカオさんと同じ黒い毛並みですけど!
「ぐ~るぐ~る」
ですがミック君は喉を鳴らしながらもっと撫でよと頭を擦り付けてます。
「所有者に心あたりがありましたので、譲っていただけましたの」
くすくすと口元を手で隠しながら答えるタイラーさんの優雅なことといったら。
クリーム色の肌は白粉でうっすらと隠され、ほっそりとした首元には確かに喉仏があるのに、なだらかな肩とくぼんだ鎖骨が妙に色っぽく男性を感じさせない。
複雑に編み込まれた髪からわざと垂れさせたおくれ毛が首筋にかかり、この金髪がカツラとはとても思えない。
いつもはどこを見ているのかわからないほどの細い切れ長の目は、どういった化粧術なのか目頭からくっきりと二重になり、大きさは通常時の二倍。
近くで見ないと分からない金色のつけまつげは少しつり上がった目元に影を作り、憂いを含んだ色気を醸し、
微笑む唇はふっくらと、声すら涼やかで…
「ありがとう。メリー」
「助かったよメリー」
「また頼むよメリー」
和やかに感謝を述べる村人達。
あぁっ!どこから突っ込めばいいのだろう!
絶世の美女に変身したタイラーさんに平然とメリーメリー呼ぶ村人か、
そもそも美女すぎるだろうってところか、
カホさんが皆にお茶を配りながら舌打ちしてますがいいんですか?!
あと四ツ子ちゃん達がちょこまかと動き回りながら確実にジョシュアなんちゃらを踏んで通過してますよね?
その人怪我人じゃなかったですか?
それより何より1番言いたいことがっ!
「もう!折角お仕事休んで欲しかったから休暇を取ってもらったのに!
またお仕事しちゃったのですか?」
「ほほほほ…っぐっ、ゴホッ」
「内装工事が終わるまでって言いましたよね?ジェームズさんの奥さんを送ったらその足で温泉街まで家族旅行して下さいねってお願いしましたよね?」
「……」
そうです。突っ込みたいことは山ほどありますが、タイラーさんは本来まだ旅先にいるはずです。
年中無休の宿屋で働いてもらっているために、普段は長い休暇を取ってもらうことは出来ません。が、改装工事中ぐらいはゆっくり家族で旅行して下さいってお願いしたのに、
女装してるわ、怪しい男は縛ってるわ、しかも村のお使いまでこなしてるって一体全体どういうつもりでしょうか。
「去年もなんだかんだ言ってきちんとお休みを取ってくれなかったし、身体を壊したらどうするんですか?!」
タイラーさんは身体が弱いのです。
普段は丸太を担いだり、担いだまま走ったり飛び跳ねたりできますが、
日に何度も血を吐く奇病にかかってしまっているので
いつも無理をしないようにお願いしてるのにぃ。
「あなた」
「…ん」
また発作でしょうか?カホさんが差し出した布で顔を覆うタイラーさん。
やっぱり夫婦なんだなぁ。私はいつも発作の時が分からないのに、カホさんは外さないのです。
タイラーさんが発作を起こして血を吐く時、いつも口から吐くのを我慢するからか鼻から血を噴き出してしまうのです。
その度にカホさんは必ず何処からともなく現れて布を渡します。
むぅ。小さい頃から一緒にいるのに私はどうして発作の前兆がわからないんだろう。
悔し紛れにエメリヒさんを睨むと、
「僕には治せない頭の病だから」といつもの調子なのです。むぅむぅ。
「…どうよコレ、どんだけ可愛いんだよ、純粋すぎる可憐すぎる天使がすぎる俺の子育て間違ってなかった」
「うんうん落ち着いて。あんたの子じゃないしあんたの子は四ツ子だし、だからと言って私の顔ガン見して落ち着くのも失礼なことにいい加減気づけよ?」
小声で囁いて夫を心配するカホさんはタイラーさんの両耳をぎゅうぎゅう引っ張ってますが、これは治療らしいです。
でも心配だなぁ。今年こそゆっくり温泉に入って身体を治して欲しかったのに。
ハラハラと二人を見守っているのは私だけで、他の皆さんは何故か四ツ子ちゃん達に注目しています。
「カホさん頑張ったよなぁ」
「仕事は出来る人なんだがやっぱ頭打ったんだろうな」
「知ってるか、あの人時々、思い出し笑いじゃなくて「思い出しメリー」で鼻血吹いてんぞ」
「俺やられたことあるわそれ」
むむ。なんですか皆してコソコソと。
「ねぇねぇ、ずっと不思議だったんだけど、どうして初恋の相談を彼にしなかったの?男心を知りたいなら多少変、変わった病持ちでも結婚してるし、その理解者の奥様もいるし、
同じ行商隊のユーシェ君とも仲良かったでしょ?」
レイラさんにのんびりと聞かれ、初恋の単語に多少どきまぎしましたが、
そこははっきりしています。
「…お父さんお母さんに報告するのとはなんだか違うのですよ。」
「どう違うのよ」
「だって…照れ臭いのです。お兄ちゃまにそんな話…どんな顔をしていいかわかんないです」
あ、本音で喋ったら昔の呼び方しちゃった。
「ぶはっ!」
「あなたっ!しっかりしてっ!」
あぁっ、今日の発作は苦しそうですね本当に大丈夫でしょうか?
誰一人かけらも心配してるように見えませんが、カホさんも半笑いで四ツ子ちゃんも笑ってるのは謎ですよ?
「えっと、誰か一人でいいから私にもう少し興味を持ってもいいんじゃないかな?あと何だか水滴のようなものがさっきから降りかかってるんだか」
「あぁ、トマトトマト」
「それにしても生臭いというか何というか」
「じゃぁよだれ。犬のよだれ」
「せめて目隠しをだな」
「取ったとしてもこの光景から何ら情報は得られないと思うけどね」
あぁ、心優しいうちの長男君が怪我人らしき人の相手をしてくれてます。
ちょっと待って下さいね。お姉ちゃんはこの手のパックがパリパリに乾くまで動いちゃいけないのです。
「あんたもたいがい…よね、
ところでさ、動けるようになったとしてもあの夫婦はそっとしてやんなさいよ」
動けない私の頬を突つくレイラさん。
爪が少々痛いです。
もちろんタイラーさんのことはカホさんにお任せですよ。
「で、動けるようになったあんたは何をするつもり?」
目でちらりと只今放置中の方角を示すレイラさん。
上にするか下にするかでまだ多少悩んでます。
「参考までに何をするつもりよ?」
吊るします。門の外に。縄をかける場所は首にするか足にするかで、足かなぁ。
「うん。参加しよう。私もその相談に参加した上で提案しよう。まずは縄を解いて話を聞いてみるのはどうだろう」
うにうにと身体を曲げて抗議する姿に、再び四つ子ちゃん達が見覚えのある武器を小さな手に置いて見せてくれましたが、私はパックが崩れないようにそっと首を振りました。
おふざけの時間はそろそろ終わりにしましょうか。
息を吸って、吐いて、よし。
「…両親は留守ですので私がこの宿の代表者です。ジョシュア・ジェラードさん。許可証を持たない貴方は昨夜は門番さんに身柄を預けられたはずです。
なのに抜け出して営業中ではない宿に侵入しようとした。未遂とはいえ敷地に侵入した時点で犯罪です。
遺言は村長が預かるでしょうから、今は無駄口を叩かず、文言を考えてはいかがですか?」
ちょっとタイラーさんの姿に衝撃を受けましたがね、改めて庭で皆を見渡せば私にだって状況わかりますよ。
フィリップさん以外の門番さんが揃ってうちで朝食を取っているのはこの人が抜け出したからだろうし、エメリヒさんが同席してるのは、このイモムシさんが暴れるかどうかして門番さん達が怪我をしたからでしょう。
「意外とわかってるのねぇ。あら、ほんとだ肌のキメが違うわ」
相変わらずのんびりとレイラさんは手のパックを剥がして感想をのべてますが、レイラさんがここにいるのは好奇心からです!
「当たり~。あんたにしては珍しく冴えてるわねぇ」
褒めて下さい!そしてできればほっぺツンツンをそろそろやめてお願い。
噛んじゃうから。舌を噛んじゃうから。あぶぶ。
「まぁまぁ慌てなさんな。たまには自分以外の大人が解決するのを見ましょうよ」
にっこりと微笑むレイラさんの目元には珍しく隈がうっすら。
あのっ、パック、しますか?




