EP48〜親〜
瑞帆の集団強姦未遂事件——。
その翌日から校内は大きく揺れていた。
事件当日、警察が現場検証をする中、1人の男性教諭も殴られて倒れていたことも判明。
犯人たちは裏門から侵入し、見回りをしていたところを襲われたと推測していた。
なぜなら、その男性教諭は頭部を負傷し、まだ意識が戻っていなかったからだった。
1人の女生徒に重大な危害を加えようとし、更に一歩間違えれば、男性教諭を1人殺害していたかもしれない。
野口の退学は義務教育であろうと確実だろう。
特に野口の両親は社会的制裁は免れない……子を止められなかった親の責任は重い——。
……
学校、IRIS、そして家族も、瑞帆を休養させるために動いていた。
最終的には瑞帆の意思もあり、自宅からリモート授業を受ける形で同意した。
そして、愛里もまた、瑞帆を1人にしないために、一緒にリモート授業へ参加することにしていた。
この日は嵐華と緋織も高校を休み、IRISも非番。
何かあればすぐに対応できるように、リビングで待機していた。
嵐華は2階への階段を見ながらそわそわしていた。
やはり、瑞帆が心配だった。
「……大丈夫かな?」
緋織が嵐華の目の前のテーブルに麦茶を置く。
「大丈夫ですよ、愛里も一緒ですし」
「うん……」
緋織は嵐華の隣に座り、手を握り合いながら、ただゆっくり時が過ぎるのを待っていた。
愛里と瑞帆のリモート授業が始まり、授業間の休憩時間が訪れた。
画面越しに同級生たちの心配の声が上がる。
「瑞帆?大丈夫?」
「あいつをもっとみんなで遠ざけてれば……」
「まさかあんな行動起こすなんて……」
瑞帆は首を横に振り、笑顔を見せる。
「心配していただきありがとうございます……私は大丈夫ですよ?何もされていませんから」
だが、その横で愛里が小さく呟いた。
「(大勢で押し倒されて……足触られたのに”何もない”じゃないよ……)」
小さな声のつもりだったが、マイクがその言葉を拾ってしまった。
教室側の空気が一変し、一瞬で冷え切った。
「あいつ……マジで終わってんな!?」
「いくらなんでもやることがおかしいよ!!」
「本当に逮捕されて良かった!!当然の報いだよ!!」
同級生のボルテージが上がっている中、愛里がしまったとばかりに口を塞いでいると、瑞帆は愛里の方を見る。
「本当に……大丈夫ですよ……愛里が守ってくれましたから」
「愛里……守ってくれて……ありがとうございます」
そう言い、愛里に深くお辞儀をする。
愛里はいつもの笑顔になった。
「私は瑞帆のお姉ちゃんだもん♪絶対守るよ♪」
瑞帆も笑う。
「ふふ……ありがとうございます♪」
その笑顔を見て、同級生たちはひとまず安堵した。
少なくとも、今この場では精神的に取り乱してはいないように見えた。
……
昼休みになり、昼からは自習の予定になっていたことから、愛里と瑞帆は今日の学校は終わりになった。
挨拶をし、手を振りながら、画面とマイクをOFFにする。
その瞬間……愛里は瑞帆を抱きしめる。
「……頑張ったね」
「……はい」
瑞帆の声は小さく……震えていた。
大丈夫なはずがなかった。
複数の男性による力の暴力。
IRISで訓練していても、あの状況では抗えなかった。
無力感……もし、愛里が来てくれなかったら?
男性に対する恐怖は、確実に瑞帆の心へ傷を残していた。
同じクラスの男子生徒に対してすら、画面越しでも身構えてしまうほどに……。
愛里は瑞帆を抱きしめながら、心の底から思った。
(……やっぱりあいつは……いなくなった方が良い)
そして、瑞帆の変化は同級生たちも気づいていた。
OFFになった画面を見ながら、同級生たちはやるせない気持ちになっていた。
「瑞帆……明らかに男が画面に映ると表情がこわばってた……やっぱりあんなことあったら当然だよな……許せねぇよ……野口は……」
「うん……だから、瑞帆たちが帰ってきた時に安心できるようにしようよ」
全員が一丸となり、ただ瑞帆が元気になってくれることを祈っていた。
……
午後から自習……それは緊急保護者会議が開かれるためだった。
無論、愛里と瑞帆の両親である神威と黒葉も出席していた。
そして、野口の両親も——。
課題は山積みだった。
野口親子の問題行動が、これまで注意のみで済まされてきたこと。
神威と黒葉が直接釘を刺したにもかかわらず、改善しなかったこと。
さらに裏門から外部の人間が侵入できてしまい、男性教諭まで重症を負ったこと。
校長を含む学校の上層部はその責任を認め、再発防止へ努めると説明した。
そして……校長が最後に野口夫妻に話す。
会議が始まってからというもの、野口夫妻は一度も謝罪の言葉がなかった。
「野口さん……それでは、紫導さん、そして親御さんたちに何か言うことはありませんか?」
本来、謝罪のために呼ばれたはずの野口夫妻の反応は、あまりにも予想外だった。
「なぜ息子だけが悪いんだ?」
そう言うと神威と黒葉を睨みつける。
「紫導さんの娘さんも息子の心を傷つけた張本人だ!!」
「息子の誠実な気持ちを受け入れていれば問題なかったんだ!!」
神威と黒葉の表情はだんだん曇っていく。
「報復も受けても仕方ないだろ!!これは示談で済む話だ!!謝る必要なんてない!!」
神威、黒葉だけではない、他の親も同様の気持ちだった。
(……ありえない)
ここまで腐った考えを親が堂々と口にする。
会議室の空気は怒りと嫌悪で凍りついていた。
神威と黒葉はそれまで黙って聞いていたが、もう限界だった。
神威が立ち上がり、低く、怒気を込めて言う。
「おまえら……いい加減にしろよ?娘がどれだけ傷ついたか知ってるのか?」
「毅然としているが、今後は学校に通えるかもわからないんだぞ?」
握る拳が強くなっていく。
「お前の息子は何をした?」
「暴行未遂、殺人未遂だ……許される範疇を完全に超えてるんだよ!!」
神威が声を荒げる中、黒葉が神威の腕に触れながら、静かに口を開いた。
「神威さん……落ち着いてください」
その声は柔らかい声だが、冷たい。
そして、野口の両親へ視線を向ける。
「野口さん……示談で済むと言いましたね?……おいくらまで出せますか?」
周囲がざわつく。
「(え?お金で解決する気なのか?)」
そう思い、口に出す者もいた。
野口の母親は勝ち誇った表情になっていた。
「あら、良いのね?じゃあ、言い値で良いわよ?この小切手に書きなさいな」
黒葉は小切手を受け取り、さらさらと金額を書き始める。
神威も信じられない顔をしていた。
「黒葉……お前?」
黒葉は書き終えると、静かに微笑みながら答える。
「大丈夫ですよ」
そして、小切手を差し出す。
野口の父親はニヤニヤしながら受け取り、金額を確認する。
(は……結局どんなやつも金さえ払えば……ん?……は?)
小切手に書かれた漢字3文字を見て、顔色が変わる。
「……なんだ……この金額は!?」
黒葉は淡々と告げる。
「私たちの大切な娘を傷つけたんですから、それくらいは払ってもらわないと……言いましたよね?”言い値”で良いと」
神威も横から金額を見て、僅かに目を見開いた。
漢字で3文字……”一京円”。
黒葉は表情を全く変えなかった。
「払えませんよね?私たちの娘はお金でどうにかできる存在じゃないんですよ」
「今回の事件を受けて、IRISでも調査をしていますよ……貴方がたがどれだけ”お金で解決してきたか”」
野口夫妻の表情から余裕がなくなっていく。
「それに仮にですよ?私が1000億お支払いしますので、自分の息子を殺してくださいと言ったらできますか?」
「できませんよね?親なんですから?……あなたが私たちにしようとしたことは、お金を払うので、自分の娘の心を殺してくださいと言っているようなものです」
「……舐めないでください……不愉快です」
「まぁ……お金なら私たちは払えますが……ね?」
黒葉の言葉に、その場の全員が理解した。
紫導家の資産云々ではない……「お金で人の尊厳も傷も買えない」ということ。
その当たり前を……野口夫妻は最初から分かっていなかった。
2人は何も言えなかった。
金で解決する……それしか知らない。
親もそうだった。
自分もそうだった。
そして、息子も——。
ただ、金を持った、腐った人間だった。
黒葉は最後に冷たく言い放つ。
「あなた方は自分の行いと息子さんの罪を”一生”償って生きてください」
「そして……我々の前に未来永劫現れないことを祈ります」
言い終わった瞬間だった。
野口の父親の腕が突如、火を纏って暴れ出した。
能力者だった……そして、大声で叫ぶ。
「お前ら親子がいなければ!!」
そのまま、神威へ殴りかかろうとするが、神威と黒葉からすれば、大した脅威ではなかった。
神威は一歩前へ出ると、ため息混じりに呟く。
「はぁ……これは正当防衛だからな……」
スイッチON——能力「絶対防御」発動。
そのまま距離を詰める。
火を纏った拳が、神威の顔面に命中する。
周囲から悲鳴が上がるも、次に叫んだのは……野口の父親だった。
「あ”……が!!……腕が!?」
神威は全くの無傷……相手の拳だけが完全に砕けていた。
神威の身体を全て硬質化する能力……それは世界で誰も壊すことができない壁となる。
腕を抑えながら悶絶する野口の父親に神威が一言。
「……これが本当の親の拳だ」
右ストレートが顔面を直撃……鈍い音がし、数メートル後ろへ吹き飛んだ。
当然、硬質化した拳そのものを全力で叩き込んだわけではない。
派手に見えるが、命を奪わない程度に手加減はしていた。
完全にノックアウト……母親の方はその場でへたり込み、何もかも諦めたような顔をしていた。
息子に続き、父親まで犯罪者……もう野口家は終わりだった。
再び警察を呼ぶことになり、学校はさらに混乱する。
野口夫妻が連行された後、神威と黒葉は校長へ向き直る。
「校長先生……我々から……IRISから提案があります」
それはIRISによる警備強化の提案だった。
学校警備のロールモデルを構築すること。
まずはIRISから警備を派遣し、警備体制を構築。
それが安定してくれば、その後は民間警備会社へ引き継ぎ、その仕組みを全国へ波及させる。
自分たちの子供だけではなく、他の子供たちも安全に学べる場を作るために。
他の保護者たちも、その提案に強く同意した。
保護者会議の話し合いは最初は重い空気で始まり、野口夫妻のような狂気もあることを知った。
そして、最後は子供たちを守るために、真剣に、そして最後は明るい雰囲気で終わったのだった。
……
神威と黒葉は学校から車に乗り、帰路についていた。
運転しながら、神威は呟く。
「……今日は疲れたな……」
助手席に座る黒葉はいつもの穏やかな表情に戻っていた。
「ふふ♪神威さんも久しぶりに能力を使いましたしね♪カッコよかったですよ?」
「……黒葉に言われるのが一番だな」
「何度でも言いますよ〜?神威さんはずっとカッコいいですから♪」
神威の頬は少しずつ赤くなっていく。
「……もういい……心臓に悪い」
「ふふ♪は〜い♪」
この2人は結婚して、もう娘も4人いるが、新婚感覚が全く抜けなかった。
だが、神威はすぐに感傷に浸るような表情になった。
「……俺たちの親も”良い親”とは言えなかったが……あそこまでは腐っていなかった……あんな親もいるのは正直驚いたよ……」
「ええ……ですから、あの子たちには最大限の愛情で応えてあげたいです」
「それは俺もだ……2人で4人を支えよう」
「はい♪」
そうこうしているうちに、紫導家へ到着する。
玄関から入ると、神威と黒葉は立ち止まる。
「……瑞帆?」
「瑞帆……ただいまもどりました♪」
瑞帆は今日起きた出来事をすでに聞いていたのだろう……まっすぐ神威へ抱きつく。
「おかえりなさい……お疲れ様です……」
神威は優しくも、しっかり受け止めた。
「……ああ、ただいま」
黒葉も2人を優しく見守る。
その後は、いつものように6人で食卓を囲み、笑顔が絶えなかった。
——この事件は瑞帆を深く傷つけた。
だが、同時に紫導家だけではなく、他の保護者たちもまた、「子供を守ることはどういうことか」を真剣に考える転換点になった。
傷ついたからこそ、変わらなければならない。
守るために動かなければならない。
それを全員が理解し、思い知らされた事件だった——。
次回、EP49〜癒し争奪戦〜




