EP47〜怒り〜
この日、姉の怒りが爆発した日だった——。
夏休みが終わり、紫導家の4人娘たちは学業が再開し、2週間が経過していた。
妹双子の愛里と瑞帆も学生生活を送っていたが、2学期早々、周囲を困惑させていた。
神威に車で送迎され、愛里は車椅子で、瑞帆は松葉杖をつきながらの通学をしていた。
夏休み中にも買い物や夏祭りで出会った同級生たちは、初日から2人のこのような姿を見ることになるとは思っていなかったので、かなり心配されていたが、2週間も経過すれば、2人とも普段通りに生活できるようになっていた。
教室で一緒にいた同級生たちは安堵していた。
そして、昼休みに仲良しグループで会話が弾んでいた。
「本当、愛里と瑞帆が怪我してるの見てびっくりしたよ……特に愛里なんて車椅子だったんだから……」
愛里は少し気恥ずかしそうにしていた。
「あれは大袈裟なんだよ〜♪私は松葉杖でも良いって言ったんだけど……お父さんがね……」
瑞帆は隣の席で微笑みながら愛里を見る。
「それは仕方ありませんよ、お父さんなんですから」
「う〜ん、だね♪」
愛里は返事すると、両腕を上げる。
「でも、もう元気になったし♪大丈夫、大丈夫!!」
「まぁ、そんな元気なら大丈夫なんだろうね、ところでさ……」
同級生が話題を変え、愛里と瑞帆に聞く。
それは進路のことだった。
「もう9月じゃん?愛里と瑞帆はどこの高校に行きたいの?」
愛里と瑞帆は中学3年生……受験生である。
教室では愛里たちのグループ以外も進路の話をしている子たちが多い。
だが、愛里と瑞帆はすでに決めており、返事に迷いはなかった。
「私たちは”深山学園”だよ♪嵐華姉と緋織姉もいるし♪」
「はい、これはもう既定路線ですね」
姉たちと同じところに行きたい。
姉たちを慕う2人を見てきた同級生たちは、いかにも2人らしい進路だと思い、苦笑する。
「でも……普通に深山学園を受けれるのもすごいよね〜偏差値高いんでしょ?あそこ?」
「え〜っと〜……確か65ぐらいだっけ?」
「はい、私も愛里も頑張ればなんとかなる範囲です」
「さすが、学年1位とトップ10常連……」
愛里と瑞帆は自信満々な顔で笑う。
だが、愛里は少し肩をすくめた。
「でもね〜氷華さんと炬乃恵さんと比べるとね……」
その名前に同級生も反応した。
「確か、IRISの先輩だよね?」
「入ったのは私たちの方が先だけどね……年上だし、強いし……」
愛里が少しむすっと不貞腐れているような顔をしていたが、瑞帆は淡々と話を続けた。
「そのお二人は今、”白泉学園”に通ってますから」
「白泉!?めっちゃえらいじゃん!?全国一だよね!?」
同級生が驚いていると、愛里はため息混じりに愚痴るように言い出す。
「……それも2人とも特進クラスにいるしさ〜……氷華さんは学年1位らしいし……ほんと、頭も良くてIRISの育成生でもトップだし……反則だよ……」
逆に瑞帆は前向きだった。
「だからこそ、目標としては最高の方々です」
「まぁ……そうだけどね♪」
愛里と瑞帆にとって、氷華と炬乃恵は師であり、追いかけるべき背中だった。
嵐華と緋織に追いつくために、並ぶために、全力で追いかけようと、2人は新たに決意をしていた。
……
そんな風に進路の話をしていた時、教室の外が騒ぎ出した。
廊下の外から同級生が合図を出す。
そして、愛里と瑞帆と一緒にいた同級生が露骨に嫌そうな顔をする。
「……またあいつだよ……」
愛里は眉をひそめる。
「……あいつ?……まだ諦めてないの?」
瑞帆は小さくため息を吐く。
「はぁ……行ってきます……」
重い腰を上げ、瑞帆は廊下へ出た。
すると、待っていたように、1人の男子生徒が急接近してきた。
男は陶酔したような笑みを浮かべた。
「瑞帆〜今日も美しいね……俺への返事はまだかい?」
「…………」
瑞帆はその男の言葉に何も言わない。
この男は野口秀吉。
1年の頃に瑞帆に一目惚れし、告白を繰り返す愛里、瑞帆の同級生。
学校側も保護者を交えて何度も注意したが、野口の両親は別ベクトルで過保護だった。
神威、黒葉が直接釘を刺してもなお、全く聞く耳を持たなかった。
逆になぜ息子と付き合わないのか?と反論するほどだった。
野口自身の学力が高くないため、義務教育が終われば、自然と疎遠となるだろう……。
そう判断し、瑞帆は神威と黒葉に大丈夫だと言い、これまで半ば放置してきた。
瑞帆は過去のこともフラッシュバックしつつも、冷静に答える。
「名前で呼ばないでください……ずっとお断りしているはずです……お付き合いする気はありません」
だが、野口との会話は全く、噛み合わなかった。
「?付き合う?違うだろ?結婚してよ」
周囲の空気が凍りつく。
(何言っているんだ……こいつは……?)
瑞帆の声色はさらに冷え、トゲトゲしくなっていく。
「……少なくとも、あなたのような方とお付き合いも、結婚もする気はありません」
拳を強く握りしめ、言い放つ。
「もうやめてください、迷惑です」
だが、それでも野口は平然としていた。
「今は……だろ?絶対俺のものにしてやるよ」
その言葉を言った瞬間、愛里が教室から出てきた。
明らかに怒っていた。
「……瑞帆は”もの”じゃないんだよ……妹にこれ以上迷惑かけるなら許さないよ?」
愛里の怒りの言葉も野口は嘲笑った。
「お前みたいなチビに用はないんだよ……人の恋路の邪魔すんな”お義姉様”」
(……こいつ!!)
愛里のこめかみに青筋が浮いてきた。
危うく殴りそうになるが、瑞帆がそれを止める。
「……こんな方を殴っても愛里が”汚れる”だけです」
野口がピクリと反応する。
「……汚れる?」
瑞帆は一歩も引かない。
「はい、もう卒業するまで……そして未来永劫、近づかないでください」
一拍置き、言い放つ。
「これ以上何かしようとするなら……警察に相談します」
野口は表情を歪めた。
「……後悔するなよ……」
そう吐き捨てて去っていった。
愛里は悔しそうにしながらも、瑞帆に向き直る。
その表情は反省しているようだった。
「瑞帆……ごめんね……カッとなっちゃって……」
瑞帆は首を横に振り、逆に愛里を気遣う。
「大丈夫です♪守ろうとしてくれて、ありがとうございます♪」
そう言って愛里の頭を撫でると、本人もすぐに笑顔になった。
(……本当……どっちが姉なんだか……)
同級生たちはそう思わずにいられなかった。
人気のない渡り廊下——。
野口は苛立っていた。
両親はある企業の重役であり、いわゆる「お坊っちゃん」。
顔もイケメンで、いつも思い通りに出来ていたのに、瑞帆にはずっと拒絶される。
さらにあの一言……「汚れる」。
野口はスマホを手に取り、電話が繋がった相手に言う。
「人数を集めろ……楽しませてやる」
そして、通話を切り、怒りに満ちた表情で呟く。
「瑞帆……お望み通り……汚してやるよ」
……
午後は打って変わって平和となり、放課後になった——。
愛里と瑞帆はIRISへ向かうため、正門を出ようとする。
すると、瑞帆が鞄の重さに違和感を持ち、立ち止まって鞄の中身を確認する。
(……?……今日は教科書は少なかったはず……あ……)
愛里が急に止まった瑞帆を気にする。
「あれ?どうしたの?」
少し申し訳なさそうに瑞帆は答えた。
「すみません、本を返し忘れていたみたいで……図書室へ行ってきますね」
だが、愛里は不思議がっていた。
「あれ?今日返却してなかったっけ?」
「どうやら1冊返し忘れたようです……昼休みは”あれ”がありましたから」
「あ〜……」
「先にIRISへ行っててください」
瑞帆が振り返って図書室へ向かおうとするが、愛里もついてくる。
「じゃあ一緒に行く〜♪」
瑞帆は首を振った。
「いえ、愛里は先に行っててください、結構ギリギリの時間ですし」
愛里は少し不満そうに唇を尖らせた。
「む〜……わかった……」
そして、愛里と正門で別れ、瑞帆は1人で図書室へ向かった。
学校の2階へ上がり、隅にある図書室に入る。
入った瞬間、瑞帆は違和感を覚えた。
(……誰もいない?)
いつもなら数名の学生がいるはずだった。
不思議に思いつつも、本を返却するために、端末に返却情報を入力しようとすると……。
(……?返却されている?)
現状を確認していると……複数の男子生徒が図書室へ入ってくる。
振り向き、その男子生徒たちを見ると、見たことがある人物がいた。
(野口?)
反射的に身構えると、それと同時に後ろ側にも別の集団が現れた。
(……挟まれた……)
野口が瑞帆の前に立つ。
瑞帆が警戒心むき出しの口調で言った。
「……なんですか?」
すると、野口は興奮した声で言う。
「もう今……”俺のもの”にする!!」
「こいつらは全員、金で雇った奴らだ……あは♪」
「俺のものになった後、こいつらにも貸して楽しんでもらうから覚悟しておけよ!?」
まるで、自分の私物を知り合いに貸すかのような発言だった。
男たちはこの学校の制服を着ているが、本物の生徒ではない……チンピラだった。
周囲の男たちも下卑た笑みを浮かべる。
「めっちゃ良い女じゃん♪まじでまだ中学生かよ?」
「金もらって相手もできて最高じゃん♪」
「じゃあ、大人しく……」
男の1人が、背後から瑞帆の腕を掴もうとする。
しかし、瑞帆は即座に払いのけ、戦闘態勢へ入った。
瑞帆は自身の能力でダイヤモンドで生成した棒状の武器を生み出す。
これは正当防衛案件。
IRISのルール上でも能力使用が認められるケースだった。
だが、瑞帆の手は少なからず震えていた。
(……多すぎる……)
瑞帆が武器を持っても、男たちは全く臆さなかった。
近づいてくる男に冷静に対処し、肩や膝など、行動不能にさせる攻撃を当てていく。
だが、多勢に無勢……遂には腕を掴まれ、武器を取り上げられ、そして……複数人で押し倒された。
抗おうとするも、びくともしない。
両腕を頭の上で固められ、口をタオルで塞がれる。
瑞帆が必死に抵抗する中、野口が近づいてくる。
「最初は俺だからな……抑えとけよ」
(……!!)
瑞帆は蹴りを入れようとするが、それも男たちに足首を掴まれる。
いくら訓練していても、女性の筋力では男数人には敵わなかった。
野口の手がスカート越しだが、太ももに触れられる。
「……じゃあ、いただきま〜す♪」
身体がこわばり……目に涙が滲む。
瑞帆は塞がれた口で小さくも、心の底から1人の名前を呼ぶ。
「(……愛里!!……)」
「……おい……何やってる、おまえら……」
低い声。
野口たちが振り返ると、そこには図書室の扉が開き、見張りをしていたチンピラを引きずりながら歩いてくる愛里の姿があった。
その表情は……怒りに満ちていた。
野口が目を見開く。
「愛里!?IRISに行ったんじゃ……!?」
愛里はどうしても瑞帆が本を返し忘れたことが気になり、少ししてから学校へ戻ってきていた。
それ以外にも、昼休みの野口の捨て台詞が、どうしても頭から離れなかった。
そして、図書室の前に見慣れない男子生徒を確認し、事態を把握してしまった。
愛里の目はもう、笑っていなかった。
「お前に名前で呼ばれる筋合いないんだけど……私の妹に何しようとした?……ねぇ?……言ったよね?……”妹にこれ以上迷惑かけるなら許さないよ?”って」
ゆっくりと右手を前へ出し、愛里は静かに言った。
「……3G」
その瞬間——。
野口と瑞帆、そして瑞帆を押さえつけていたチンピラ以外全員が、一気に床へ押し付けられていた。
押し付けられた男たちはただ苦しむ声とうめき声を上げるだけだった。
「がぁ……あぁ!!……なんだ……これ!?」
「う……うごけねぇ……」
「あ……が……つぶ……れる!?」
重力を特定箇所だけ「通常の3倍」にした。
普通の人間なら、IRISなどの特殊な機関で訓練しない限り、それだけで限界に近い。
愛里はその押し付けられた波の上を踏み越えながら進む。
自分には逆方向の重力を付与し、負荷を受けないように制御していた。
14歳にして、「IRISでNo.1の重力使い」と言われる所以である。
愛里が近づく中、野口は萎縮し、瑞帆から離れる。
男たちは瑞帆を拘束したまま、愛里から溢れる圧に動けなかった。
愛里は低い声で呟く。
「……どけよ」
「え……!!!!!?」
男たちは愛里に蹴り飛ばされた。
その蹴りは重力操作で強化されており、160cmという体格でも本棚や壁に打ち付けられる威力だった。
打ち付けられた男たちはそのまま、愛里が重力をかける。
そして、そのまま瑞帆を起こし、口に巻かれたタオルを外す。
愛里は優しい声をかけた。
「……大丈夫?瑞帆?」
その言葉に安心し、瑞帆は震えながら愛里に抱きつく。
「……ありがとうございます……怖かったです……」
愛里は片腕で瑞帆を抱きしめたまま、野口を睨みつけた。
野口の目には、恐怖で愛里が「化け物」のように見えていた。
それほどの威圧感だった。
愛里は低く、そして恨みを込めた言葉を言い放つ。
「……おまえだけは許さない……」
野口はようやく口を開く。
「……待って!!やめ……!!」
必死の懇願も愛里には届かない。
大切な妹を傷つけられそうになったこと。
これからの人生で、一生ものの傷を背負わせることになるかもしれなかったこと。
問答無用で……愛里は野口に重力を浴びせた。
3G、4G、5G……段階を上げていく。
愛里の言葉も冷たくなっていく。
「……あんたが潰れるまで……どれくらいかな?」
野口は泡を吹き、失禁もしている。
「その程度で終わると思わないでよね……妹に手を出した代償はこんなもんじゃないよ……?」
愛里の目には、怒りを完全に通り越し、殺意が滲み出ていた。
普段の明るくて、誰にも人当たりの良い姿は……もうそこにはなかった。
(……愛里!!)
その時、瑞帆が愛里へしがみつくように、さらに強く抱きしめた。
「……愛里!!ダメ!!」
瑞帆の声で愛里の重力の上乗せが止まった。
愛里は信じられないという顔で瑞帆を見る。
「……なんで止めるの?瑞帆に酷いことしようとしたんだよ!?こんなやつ!!どうなって……」
「愛里に人殺しになってほしくありません!!!」
瑞帆は涙目になり、必死に叫び、愛里の動きもピタッと止まる。
震えながらも、瑞帆は言葉を続けた。
「私は大丈夫ですから……ね?」
愛里は大きくため息を吐き、そして、深呼吸をする。
怒りが消えたわけではない。
だが、妹の願いを無下にはできなかった。
「……ふぅ……瑞帆がそう言うなら」
愛里は再度、瑞帆を抱きしめなおす。
「……無事でよかった……本当に……」
愛里は野口にかけていた重力を少し緩めるも、全員が動けないレベルの重力をかけ続けた。
その状態を維持しつつ、警察へ連絡する。
警察が来るまでの間、重力を維持する必要があったため、野口たちからの視界から外れ、能力範囲ギリギリの図書室から出た廊下で愛里は瑞帆を抱きしめ続けていた。
愛里は窓から見える夕日を眺める。
(私も……ちゃんと守れる人になれてるのかな?……嵐華姉……緋織姉……)
瑞帆を抱きしめる腕の力が強くなり、それに反応するように瑞帆も強く抱きしめる。
先程の殺伐とした出来事から打って変わって、静かに……姉妹の絆を確かめる時間がゆっくりと流れていた——。
……
しばらくして警察が到着し、野口とチンピラたちは集団強姦未遂の現行犯で逮捕された。
愛里と瑞帆も警察に保護され、簡単な事情を聞かれた後、そのままパトカーで紫導家へ帰宅した。
IRISでも時間になっても2人が来なかったこと、そして、学校、警察からの連絡により経緯を聞き、神威、黒葉、嵐華、緋織もIRISでの仕事を切り上げ、すぐに帰宅した。
そして、玄関のドアが力強く開き、リビングへ嵐華が走って入ってくる。
「瑞帆!!」
「あ……嵐華姉……」
瑞帆の声は精神的に応えていることがわかるほど、憔悴しきっていた。
嵐華は瑞帆を見るなり抱きしめ、涙を流しながら無事を確かめた。
「……良かった……無事で……」
「……はい……愛里のおかげです……」
緋織も嵐華の後ろから瑞帆の頭を撫でる。
「何もされなくて良かったです……」
愛里は姉たちに撫でられる瑞帆を見て、安らいだ表情を浮かべた。
すると、愛里の横に神威が立つ。
「……お父さん?」
神威が優しく、愛里の頭を撫でる。
「よく瑞帆を守ったな……それによく我慢した」
その言葉に愛里は満面の笑みを浮かべる。
「うん、お姉ちゃんだもん♪」
そんな愛里を黒葉が抱きしめ、誇らしげに褒める。
「そうですね♪偉いですよ♪」
愛里の言葉を、瑞帆は嵐華に抱きしめられながら聞いていた。
そして、愛里へ視線を向けると、愛里も気づき、瑞帆へ向かって太陽のような笑顔を見せた。
とくん——。
(……?)
胸の奥が少しだけ、いつもと違う音を立てた。
姉として?
家族として?
それだけではない……何か別の感情。
まだ名前はわからない。
けれど確かに……瑞帆の中で”何か”が静かに芽吹き始めていた。
次回、EP48〜親〜




