EP46〜姉妹の秘密〜
紫導家自宅——。
朝の静かな時間……今日は嵐華と緋織の2人きり。
今日は土曜日で休日。
そして、IRISも非番の日。
神威、黒葉、愛里、瑞帆の4人はそれぞれ業務と訓練でIRISへ。
家の中の空気はとても穏やかで、広いリビングにはテレビのニュースの音だけが流れていた。
嵐華も緋織もゆっくりシュガーバターで焼いた食パンを食べながらニュースを眺める。
食べながら嵐華は緋織を横目で見る。
(緋織……なんかそわそわしてる?)
気にしながらも、食事を終え、片付けが終わるとソファーへ嵐華は座る。
すると、緋織が何度か視線を嵐華へ向けながら立っていた。
何か言いたそうで、でも少し言いづらそうで……そんな落ち着かない様子に嵐華は気づいていた。
(……あ……緋織、もしかして……?)
もじもじしながら、緋織は小さな声で切り出した。
「……今日……良いですか?」
嵐華はその言葉をすぐに理解し、自身の膝を軽く叩き、そして、優しく微笑んだ。
「うん……良いよ、おいで♪」
すると緋織の表情が緩んでいく。
「うん……”おねえちゃん”……♪」
そう言ってソファーに座る嵐華の膝へ頭を乗せ、そのまま横になる。
——「膝枕」である。
緋織の表情は、もう幸せの絶頂のような……先程までの凛とした姿と同一人物とは思えないほど、表情が崩れていた。
普段は家族に対しても、基本は敬語であり、行儀良く、落ち着いていて、紫導家の次女として、愛里と瑞帆の姉として威厳を保ってきた。
だが、緋織の本質は……姉が大好きな甘えたい妹だった。
嵐華の雷の影響で、小学生の頃は能力を制御できるようになるまで、全く触れることができず、普通の姉妹の距離感が持てなかった。
だからこその反動なのか、こうして時々ひどく「甘えん坊」になる。
特に嵐華が殴られたり、重傷を負ってからというもの、緋織は以前よりも明らかに嵐華に甘えることが増えていた。
(ふふ♪可愛いな〜♪)
嵐華は緋織の髪をそっと撫でながら、くすっと笑った。
緋織の気持ちを一切拒まない。
むしろ、普段は自分の方が守られ、支えられているという自覚もあり、だからこそ……こうして姉として妹を癒せる時間を大切にしたかった。
「みんな、これ知ったらびっくりするだろうね♪」
緋織は嵐華の膝へ頬を当てたまま、少しだけ拗ねた表情をする。
「これは……おねえちゃんにしか見せないもん……」
その言い方が可愛くて……嵐華はまた微笑んだ。
少し天井を見ながら、嵐華はこの前のIRISでの一件を思い出した。
「でも最近、外でもたまに甘える感じが若干出てるよ?」
嵐華が緋織を見ると、緋織は少しだけ視線を逸らすが、正直な気持ちを伝える。
「おねえちゃんがいつも優しいから……本当は……ずっと甘えたいよ……」
「甘えても良いんだよ?」
「それは愛里と瑞帆のお姉ちゃんとして無理!!」
緋織にとってはゆずれないことらしく、妹でありながらも、2人の姉でもある……立場の切り替えを本人は重要としており、紫導家次女としての葛藤は……案外根深かった。
……
それから2人は昼を過ぎても、リビングでゆっくり時間を過ごしていた。
抱きついたり、肩を寄せ合ったり、また膝枕をしてもらったり……緋織が最愛の姉を独占する。
特別なことは何もしない。
だが、2人にとってはこういう時間こそが特別だった。
——「守る人」と「守られる人」。
——「IRIS期待のエースコンビ」。
肩書きを全て一旦置き、ただの「姉妹」としていられる時間だった。
嵐華もまた……そんな緋織に癒されていた。
氷華とは、また違う種類の安心感。
恋人から貰う癒しとは別の……家族だからこその温もり。
(……これも良いなぁ……)
嵐華はそう思いながら、膝の上で安心して寝ている緋織の顔を眺めていた。
(飽きないな〜♪……この日常がずっと続きますように♪)
微笑みながら、ただ緋織の頭を撫で続ける。
すると、スマホのメール受信の音がした。
嵐華はスマホに手を伸ばし……受信内容を確認するが、緊急ではなかったため、すぐにスマホを置く。
今は緋織を甘えさせることを優先した。
そして、緋織の頭を優しく、また撫で始めた。
……
嵐華が外の景色と、壁にかけている時計の針を確認した。
夕方になり……そろそろ夕食の支度を始めようかという頃——。
緋織がすくっと立ち上がり、一瞬でいつもの「通常モード」に戻る。
口調もいつも通りになった。
「……充填完了です……さぁ、夕飯の支度をしましょう」
その切り替えの速さに、嵐華は思わず笑ってしまう。
さっきまで膝枕で甘えていたのに、もういつもの緋織だった。
そのギャップもまた、嵐華にとって、とても特別で……愛おしかった。
(本当……この子の姉で幸せ者だ……♪)
嵐華も立ち上がり、緋織に向かって満面の笑みで答える。
「うん♪やろっか♪」
2人は並んでキッチンへ向かい、夕飯の準備を始める。
しばらくして家族が帰宅し、いつも通りの紫導家の夜が再開。
夕食を食べている時、神威は緋織の表情が気になっていた。
「今日は何か良いことでもあったのか?」
緋織は優しく微笑む。
「いえ、いつも通りでしたよ?そう……特別なことは何もありませんでした」
妹の言葉に嵐華はくすくす笑いそうになりながらも、食事を楽しむ。
神威を含め、愛里と瑞帆も不思議な顔をしている中、黒葉だけは2人を優しく見ていたのだった。
——家族の誰も知らない。
これは……嵐華と緋織だけが共有している「小さな秘密」。
姉妹だからこそ必要だった、かけがえのない時間だった。
次回、EP47〜怒り〜




