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処刑を免れた悪役領主は目立ちたくない ~前世は土木の現場監督。黙って道と橋を直していたら、俺を捨てた王国軍が頭を下げてきた~  作者: 夜凪 蒼


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第27話「遅いほうが先に着く」

宣誓の翌日から、俺は待つ側になった。


600石は王都の兵糧蔵にある。そこから旧街道を下ってくるのに5日。シュラムの橋を渡って北へ4日。検めに半日。合わせて9日と半日で期は10日だ。


余っているのは半日。


その半日を、俺は地面に埋めておくことにした。使わずに済むなら使わない。使う日はたいてい向こうから来る。


*


2日目に関の下役が来た。


「川運が細っております」


「増水か」


「上げ舟が出せません。曳く岸が水に浸かっとりまして」


下役は俺の顔を見て、言わなくていいことまで言った。


「向こうさんは、荷を陸へ上げて、大橋へ回すそうです」


*


イルザの馬が集まり始めたのは3日目だ。


近郷の馬借から借りた頭数が、こちらの厩と東の村の空き家、それに飯場の裏へ散らばって繋がれている。


「何頭になった」


「183。あと17は明日来る」


「来なかったら」


「来るよ。前金を払った」


彼女は馬の脚を1頭ずつ見て回っている。見終わるたびに木札に印をつけた。


「棟梁。この17頭は、明日来たらすぐ荷を負わせないでおくれ。歩いて来た馬に、その日のうちに背を組ませると潰れる」


*


5日目の昼に、列が坂を下りてきた。


先頭に軍の輜重車。8石積みの荷車が48台。そのあとに、王都から付いてきた駄馬の列。橋詰から見上げると、坂の上まで途切れずに続いている。


俺は初めて、自分の道を上から下まで埋めた荷を見た。


美しいとは思わない。あれが全部、うちの橋の上を通る。


*


検めは橋詰で始まった。


検査方が4人。カスパーが橋詰に立ち、あとの3人が坂の途中に散って、上がってくる車の目方を先に見る。


札の出し方は市の朝と同じだ。目方を検め、裏に刻みを入れ、車ごとに1枚渡す。


8石。札を出す。8石。札を出す。軍の車は積み方が揃っているので検めが速い。


*


12台目で、御者が1人、札を受け取らなかった。


「木の板を持って、どうしろと」


「橋の上で見せる。向こうの取付道でもう1度見せる。降りるときに返す」


「軍の荷ですぞ」


「軍の荷でも、橋は同じ橋だ」


*


カスパーは札を差し出したまま、腕を下ろさない。


御者が舌打ちをして、うしろの車を見た。うしろは動けない。動けない車が20台ばかり、坂の上まで詰まっている。


「詰まっとるのは、あんたのせいだぞ」


「そうだ」


男は言った。


「早く受け取れば、早く詰まらん」


御者は札を取った。取ってから、それを帯の内側へ入れた。落として拾えない場所には入れない、という入れ方だ。


*


ブルーノが秣の車を回してきたのはその最中だ。


200頭ぶんの飼葉を、村4つで割って出している。老人はその割り当てを自分で決めて、俺には事後で紙を1枚寄越しただけだった。


「これは貸しじゃ」


「返す」


「返さんでいい。郷が出したことにしておけ。あんたが出したことにすると、次にあんたがおらんときに出なくなる」


老人は列のほうを見た。


「馬が200。この土地に、こんな数の馬が立ったことはない」


「見物か」


「後始末の勘定じゃ。糞だけで畑1枚ぶんになる」


*


48台はそのまま流れた。


*


検め終えたところに、聞いていない車が2両残っていた。


車が違う。輪が太く、輻が倍あり、車体が低い。曳いているのは4頭立てで、その4頭とも汗が浮いている。


積んでいるのは麦ではなかった。


黒い鉄の胴が1本。長さは3間ほど。両脇に楔と鎖で締めた木の枕が入っていて、その下に厚い板が敷いてある。


うしろの1両にも、同じ胴が載っていた。


*


「これは」


「北境営倉に据える重砲の胴です。胴が2本で1門。台の鉄は2両に分けて、枕の下に敷いております」


答えたのは輜重方の下士官だ。


「1両で、いくらだ」


「麦に直しますと、100石ほどになります」


「600石には」


「入っておりません。糧とは別の荷ですので、査閲の石高には数えぬと承っております」


*


数えない荷が数える荷の列に混ざっている。通しても石高は1つも増えず、止めれば私道が軍の荷を拒んだと書かれる。


考えた人間がいる。


*


うちの決まりは車1台に麦8石までだ。


8石は大人が20人まとめて車の上に乗ったのと変わらない。冬に、俺は自分でそう数えて、自分で決まりを書いた。


その車の上に、100石が載っている。


*


カスパーが腕を横に伸ばした。


伸ばしただけで何も言わない。言わなくても4頭立ての馬は止まった。


下士官が俺のほうを向いた。


「代官どの。この積みは軍の積載規定の内にあります」


「知ってる」


「規定の内にあるものを、止められる道理がありましょうか」


*


「ある」


俺は言った。


「軍の規定では通る。うちの橋の決まりでは通らない。裁定の紙にはこう書いてある。判定は規定への適合をもって行わず、と」


「それは判定の話です」


「そうだ。だから、あんたの車が規定内かどうかは、勝ち負けに関わらない。関わるのは、営倉に着くかどうかだけだ」


俺は橋のほうへ顎を向けた。


「あれに100石を乗せると、着かない」


*


下士官は答えを持っていなかった。


持っていないので、うしろへ人をやった。戻ってきた返事は短い。


「上の指図は、規定内の積みは崩すなとのことです」


「誰の指図だ」


「軍務府の、道方の」


*


俺はその名を聞いて、書院の卓の左から3番目を思い出した。


思い出したことは口にしない。いま言えば、この場は喧嘩になる。喧嘩になった記録は、あとで「私道が軍の積みを拒んだ」と読まれる。


「崩さない」


俺は言った。


「崩さずに、分ける」


*


オッタが橇と丸太を持ってきた。


胴は割れない。割れないものは載せる先を変えるしかない。


「橇に移す。車から下ろして、橇へ寝かせて、丸太を4本噛ませる。それを馬6頭で曳いて、橋の上を歩かせる」


「橋が持つのか」


「持つ。1点に乗る目方が変わる。車輪は3寸の幅で全部を受けるが、橇は3間の面で受ける」


下士官は俺の手元を見ていた。


「台の鉄は」


「あれは分かれる。鎖を解いて、8つに割って、駄馬に載せる」


*


組み替えの手間は半日だ。


半日で済むのは鎖の割り方を先に見ておいたからで、見ておいたのはイルザが「軍の車の絵図を先に寄越せ」と裁定の役人へ噛みついたからだ。


「絵図を見せろって言ったとき、あの役人、嫌な顔をしたよ」


彼女は駄馬の背に鉄を振り分けながら言った。


「見せてくれてよかった」


「見せないなら、こっちは検められないって言っただけさ」


*


日が落ちるころ、橋の上を胴が1本ずつ渡った。


橇が橋詰に掛かる前に、俺はピムに量水標を読ませた。


「10です」


「桁の天端は」


「8。だから、いま板は水の下2尺のとこ」


「オッタは」


「もう潜ってる」


*


親方は真ん中の3径間の下に入っていた。


戻したばかりの桁だ。載せ直したものが、重い荷を受けたときにどう動くかを、上からは見られない。


俺は橇の脇を歩いた。水は腿の半ばまで来て、脛を横から押してくる。馬6頭が水を割って進み、丸太の下で板の目が締まる音が水越しに上がってきた。


真ん中に差しかかったとき、水の中から手が1本出た。


指が2本。動かすなという合図ではない。そのまま進め、の2本だ。


*


渡っている間、誰も声を出さなかった。


渡り終えて、向こうの取付道に橇が上がったとき、村の者のあいだで息の抜ける音がした。


拍手は起きない。この土地の人間は、物が渡っただけでは手を叩かない。


*


問題は台の鉄だった。


8つに割って、駄馬に振り分けが済んだのが日暮れだ。継ぎ替えに回すつもりでいた馬から8頭を抜いた。あとは検めて、札を出して、送り出せばいい。


「灯りを立てろ」


俺は言った。


「今夜のうちに検めて、明日の朝いちばんで出す。半日が取り返せる」


*


カスパーが橋詰から動かなかった。


「出さん」


「聞こえたか。灯りを立てると言った」


「聞こえた。出さん」


男は木槌を腰に差したまま、こちらを向いた。


「暗いところで検めた札は、検めてない札と同じだ。前に言った」


「言った」


「代官も止められる、と決めたのはあんただ」


*


俺はその場で、自分の指示を引っ込めた。


引っ込めるのに時間はかからない。時間はかからないが腹の底が重くなる。半日は俺が地面に埋めておいたぶんだ。


「明日の朝いちばんに検める」


「そうしろ」


「カスパー」


「なんだ」


「灯りを立てろと言ったのは、俺の落度だ」


「知っとる」


男はそう言って、橋詰の杭に腰を下ろした。夜の当番は自分でやるつもりでいる。


*


飯場の隅で、レナートが帳面を書いていた。


俺は釜の脇の桶から柄杓で水を汲んで飲んだ。鉄気がする。この時期はどこの井戸で汲んでも同じ味だ。上から泥が下りてきている証拠で、飲めるうちはまだいい。


士官は5日ぶん、列と一緒に歩いてきている。外套の裾に、着任のときにはなかった泥がついていた。


「書いているのは」


「本日の分です」


「読ませてもらえるか」


男は帳面を回した。


*


『第五日。旧街道路。橋詰にて全車を検量。重砲胴二基、当路の制限を超過につき橇曳きに改む。台鉄は八分割のうえ駄載。所要半日。


夜間検量は当路の検査方これを拒む。代官は指示を撤回せり。


出立は第六日払暁。


遅れ、なし』


*


「遅れなし、か」


「里程の上では、遅れておりません」


「半日食った」


「食われたのは余裕です。遅れとは、期に間に合わなくなることを申します」


レナートは帳面を戻した。


「私は、字を厳しく使うようにしています。厳しく使わないと、あとで誰かが都合よく読みます」


*


「そっちの道はどうなっている」


「川運が止まりました。上げ舟が出せません」


「荷は」


「陸へ上げて、軍道からアルヴス大橋へ回しております」


男はそこで、帳面の頁を1枚戻した。


「本日の分には、まだ書いていないことがあります」


「言ってみろ」


「大橋の手前で、車が滞っております。数は聞いておりません」


*


出立は6日目の払暁だ。


車が48台と、胴を乗せた橇が2つ。駄馬は120頭。列は坂を上って、北へ抜けていった。


残ったのは駄馬が60頭、72石ぶんだ。歩いて来たばかりの継ぎ替え馬に、その日のうちに背を組ませるわけにいかない。イルザが最初にそう言って、俺が承知した。


駄の列は車より速い。車は日が落ちれば止まるが、駄は月が出ていれば歩ける。替え馬は途中の3か所に先回りさせてある。1日遅れて出ても、営倉の手前で追いつく勘定だ。


出るのは明日の払暁だ。


俺は橋詰に残った。残る役だからだ。橋は渡らせる者がいないと、渡した数が分からなくなる。


レナートは列に付いていった。鞍の上から一礼して、それきり振り返らない。


「4日後に、営倉で会いましょう」


「会わん。俺は行かない」


「そうでした」


士官は坂の途中で帳面を出して、歩きながら何かを書いていた。


*


量水標を見に行くと11になっている。


*


夕方に、関の下役がまた駆け込んできた。


今度は馬で来て、下りるときに膝をつく。


「代官どの。大橋が」


「落ちたか」


「落ちてはおりません。渡り切れんのです」


*


「何台だ」


「数えられません」


下役は自分の袖で顔を拭った。


「手前の道に、車が2里つながっとります」

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