第27話「遅いほうが先に着く」
宣誓の翌日から、俺は待つ側になった。
600石は王都の兵糧蔵にある。そこから旧街道を下ってくるのに5日。シュラムの橋を渡って北へ4日。検めに半日。合わせて9日と半日で期は10日だ。
余っているのは半日。
その半日を、俺は地面に埋めておくことにした。使わずに済むなら使わない。使う日はたいてい向こうから来る。
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2日目に関の下役が来た。
「川運が細っております」
「増水か」
「上げ舟が出せません。曳く岸が水に浸かっとりまして」
下役は俺の顔を見て、言わなくていいことまで言った。
「向こうさんは、荷を陸へ上げて、大橋へ回すそうです」
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イルザの馬が集まり始めたのは3日目だ。
近郷の馬借から借りた頭数が、こちらの厩と東の村の空き家、それに飯場の裏へ散らばって繋がれている。
「何頭になった」
「183。あと17は明日来る」
「来なかったら」
「来るよ。前金を払った」
彼女は馬の脚を1頭ずつ見て回っている。見終わるたびに木札に印をつけた。
「棟梁。この17頭は、明日来たらすぐ荷を負わせないでおくれ。歩いて来た馬に、その日のうちに背を組ませると潰れる」
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5日目の昼に、列が坂を下りてきた。
先頭に軍の輜重車。8石積みの荷車が48台。そのあとに、王都から付いてきた駄馬の列。橋詰から見上げると、坂の上まで途切れずに続いている。
俺は初めて、自分の道を上から下まで埋めた荷を見た。
美しいとは思わない。あれが全部、うちの橋の上を通る。
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検めは橋詰で始まった。
検査方が4人。カスパーが橋詰に立ち、あとの3人が坂の途中に散って、上がってくる車の目方を先に見る。
札の出し方は市の朝と同じだ。目方を検め、裏に刻みを入れ、車ごとに1枚渡す。
8石。札を出す。8石。札を出す。軍の車は積み方が揃っているので検めが速い。
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12台目で、御者が1人、札を受け取らなかった。
「木の板を持って、どうしろと」
「橋の上で見せる。向こうの取付道でもう1度見せる。降りるときに返す」
「軍の荷ですぞ」
「軍の荷でも、橋は同じ橋だ」
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カスパーは札を差し出したまま、腕を下ろさない。
御者が舌打ちをして、うしろの車を見た。うしろは動けない。動けない車が20台ばかり、坂の上まで詰まっている。
「詰まっとるのは、あんたのせいだぞ」
「そうだ」
男は言った。
「早く受け取れば、早く詰まらん」
御者は札を取った。取ってから、それを帯の内側へ入れた。落として拾えない場所には入れない、という入れ方だ。
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ブルーノが秣の車を回してきたのはその最中だ。
200頭ぶんの飼葉を、村4つで割って出している。老人はその割り当てを自分で決めて、俺には事後で紙を1枚寄越しただけだった。
「これは貸しじゃ」
「返す」
「返さんでいい。郷が出したことにしておけ。あんたが出したことにすると、次にあんたがおらんときに出なくなる」
老人は列のほうを見た。
「馬が200。この土地に、こんな数の馬が立ったことはない」
「見物か」
「後始末の勘定じゃ。糞だけで畑1枚ぶんになる」
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48台はそのまま流れた。
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検め終えたところに、聞いていない車が2両残っていた。
車が違う。輪が太く、輻が倍あり、車体が低い。曳いているのは4頭立てで、その4頭とも汗が浮いている。
積んでいるのは麦ではなかった。
黒い鉄の胴が1本。長さは3間ほど。両脇に楔と鎖で締めた木の枕が入っていて、その下に厚い板が敷いてある。
うしろの1両にも、同じ胴が載っていた。
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「これは」
「北境営倉に据える重砲の胴です。胴が2本で1門。台の鉄は2両に分けて、枕の下に敷いております」
答えたのは輜重方の下士官だ。
「1両で、いくらだ」
「麦に直しますと、100石ほどになります」
「600石には」
「入っておりません。糧とは別の荷ですので、査閲の石高には数えぬと承っております」
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数えない荷が数える荷の列に混ざっている。通しても石高は1つも増えず、止めれば私道が軍の荷を拒んだと書かれる。
考えた人間がいる。
*
うちの決まりは車1台に麦8石までだ。
8石は大人が20人まとめて車の上に乗ったのと変わらない。冬に、俺は自分でそう数えて、自分で決まりを書いた。
その車の上に、100石が載っている。
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カスパーが腕を横に伸ばした。
伸ばしただけで何も言わない。言わなくても4頭立ての馬は止まった。
下士官が俺のほうを向いた。
「代官どの。この積みは軍の積載規定の内にあります」
「知ってる」
「規定の内にあるものを、止められる道理がありましょうか」
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「ある」
俺は言った。
「軍の規定では通る。うちの橋の決まりでは通らない。裁定の紙にはこう書いてある。判定は規定への適合をもって行わず、と」
「それは判定の話です」
「そうだ。だから、あんたの車が規定内かどうかは、勝ち負けに関わらない。関わるのは、営倉に着くかどうかだけだ」
俺は橋のほうへ顎を向けた。
「あれに100石を乗せると、着かない」
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下士官は答えを持っていなかった。
持っていないので、うしろへ人をやった。戻ってきた返事は短い。
「上の指図は、規定内の積みは崩すなとのことです」
「誰の指図だ」
「軍務府の、道方の」
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俺はその名を聞いて、書院の卓の左から3番目を思い出した。
思い出したことは口にしない。いま言えば、この場は喧嘩になる。喧嘩になった記録は、あとで「私道が軍の積みを拒んだ」と読まれる。
「崩さない」
俺は言った。
「崩さずに、分ける」
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オッタが橇と丸太を持ってきた。
胴は割れない。割れないものは載せる先を変えるしかない。
「橇に移す。車から下ろして、橇へ寝かせて、丸太を4本噛ませる。それを馬6頭で曳いて、橋の上を歩かせる」
「橋が持つのか」
「持つ。1点に乗る目方が変わる。車輪は3寸の幅で全部を受けるが、橇は3間の面で受ける」
下士官は俺の手元を見ていた。
「台の鉄は」
「あれは分かれる。鎖を解いて、8つに割って、駄馬に載せる」
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組み替えの手間は半日だ。
半日で済むのは鎖の割り方を先に見ておいたからで、見ておいたのはイルザが「軍の車の絵図を先に寄越せ」と裁定の役人へ噛みついたからだ。
「絵図を見せろって言ったとき、あの役人、嫌な顔をしたよ」
彼女は駄馬の背に鉄を振り分けながら言った。
「見せてくれてよかった」
「見せないなら、こっちは検められないって言っただけさ」
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日が落ちるころ、橋の上を胴が1本ずつ渡った。
橇が橋詰に掛かる前に、俺はピムに量水標を読ませた。
「10です」
「桁の天端は」
「8。だから、いま板は水の下2尺のとこ」
「オッタは」
「もう潜ってる」
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親方は真ん中の3径間の下に入っていた。
戻したばかりの桁だ。載せ直したものが、重い荷を受けたときにどう動くかを、上からは見られない。
俺は橇の脇を歩いた。水は腿の半ばまで来て、脛を横から押してくる。馬6頭が水を割って進み、丸太の下で板の目が締まる音が水越しに上がってきた。
真ん中に差しかかったとき、水の中から手が1本出た。
指が2本。動かすなという合図ではない。そのまま進め、の2本だ。
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渡っている間、誰も声を出さなかった。
渡り終えて、向こうの取付道に橇が上がったとき、村の者のあいだで息の抜ける音がした。
拍手は起きない。この土地の人間は、物が渡っただけでは手を叩かない。
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問題は台の鉄だった。
8つに割って、駄馬に振り分けが済んだのが日暮れだ。継ぎ替えに回すつもりでいた馬から8頭を抜いた。あとは検めて、札を出して、送り出せばいい。
「灯りを立てろ」
俺は言った。
「今夜のうちに検めて、明日の朝いちばんで出す。半日が取り返せる」
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カスパーが橋詰から動かなかった。
「出さん」
「聞こえたか。灯りを立てると言った」
「聞こえた。出さん」
男は木槌を腰に差したまま、こちらを向いた。
「暗いところで検めた札は、検めてない札と同じだ。前に言った」
「言った」
「代官も止められる、と決めたのはあんただ」
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俺はその場で、自分の指示を引っ込めた。
引っ込めるのに時間はかからない。時間はかからないが腹の底が重くなる。半日は俺が地面に埋めておいたぶんだ。
「明日の朝いちばんに検める」
「そうしろ」
「カスパー」
「なんだ」
「灯りを立てろと言ったのは、俺の落度だ」
「知っとる」
男はそう言って、橋詰の杭に腰を下ろした。夜の当番は自分でやるつもりでいる。
*
飯場の隅で、レナートが帳面を書いていた。
俺は釜の脇の桶から柄杓で水を汲んで飲んだ。鉄気がする。この時期はどこの井戸で汲んでも同じ味だ。上から泥が下りてきている証拠で、飲めるうちはまだいい。
士官は5日ぶん、列と一緒に歩いてきている。外套の裾に、着任のときにはなかった泥がついていた。
「書いているのは」
「本日の分です」
「読ませてもらえるか」
男は帳面を回した。
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『第五日。旧街道路。橋詰にて全車を検量。重砲胴二基、当路の制限を超過につき橇曳きに改む。台鉄は八分割のうえ駄載。所要半日。
夜間検量は当路の検査方これを拒む。代官は指示を撤回せり。
出立は第六日払暁。
遅れ、なし』
*
「遅れなし、か」
「里程の上では、遅れておりません」
「半日食った」
「食われたのは余裕です。遅れとは、期に間に合わなくなることを申します」
レナートは帳面を戻した。
「私は、字を厳しく使うようにしています。厳しく使わないと、あとで誰かが都合よく読みます」
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「そっちの道はどうなっている」
「川運が止まりました。上げ舟が出せません」
「荷は」
「陸へ上げて、軍道からアルヴス大橋へ回しております」
男はそこで、帳面の頁を1枚戻した。
「本日の分には、まだ書いていないことがあります」
「言ってみろ」
「大橋の手前で、車が滞っております。数は聞いておりません」
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出立は6日目の払暁だ。
車が48台と、胴を乗せた橇が2つ。駄馬は120頭。列は坂を上って、北へ抜けていった。
残ったのは駄馬が60頭、72石ぶんだ。歩いて来たばかりの継ぎ替え馬に、その日のうちに背を組ませるわけにいかない。イルザが最初にそう言って、俺が承知した。
駄の列は車より速い。車は日が落ちれば止まるが、駄は月が出ていれば歩ける。替え馬は途中の3か所に先回りさせてある。1日遅れて出ても、営倉の手前で追いつく勘定だ。
出るのは明日の払暁だ。
俺は橋詰に残った。残る役だからだ。橋は渡らせる者がいないと、渡した数が分からなくなる。
レナートは列に付いていった。鞍の上から一礼して、それきり振り返らない。
「4日後に、営倉で会いましょう」
「会わん。俺は行かない」
「そうでした」
士官は坂の途中で帳面を出して、歩きながら何かを書いていた。
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量水標を見に行くと11になっている。
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夕方に、関の下役がまた駆け込んできた。
今度は馬で来て、下りるときに膝をつく。
「代官どの。大橋が」
「落ちたか」
「落ちてはおりません。渡り切れんのです」
*
「何台だ」
「数えられません」
下役は自分の袖で顔を拭った。
「手前の道に、車が2里つながっとります」




