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処刑を免れた悪役領主は目立ちたくない ~前世は土木の現場監督。黙って道と橋を直していたら、俺を捨てた王国軍が頭を下げてきた~  作者: 夜凪 蒼


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第24話「十日で六百石」

北の話は駅使より先に、荷主の口から入ってきた。


北境の峠で、国境を挟んだ小競り合いがあったという。死人は両方合わせて20人ほど。兵を出す話にはなっていないが、営倉に糧を積む話にはなった。


蔵ってのは要る前に建てるもんだ、とオッタが冬に言った。


建った蔵に、いま中身が入ろうとしている。


*


軍令の写しが回ってきたのは3日後だ。


『雪解けより10日を限り、兵糧600石を北境営倉へ納むべし』


雪解けの起点は元帥府が水位をもって定める、と但書がついていた。


600石。うちの郷の初年度の納めの、3倍に近い。


*


その触れを読んだ翌日から、俺は橋の真ん中を外しにかかった。


中央の3径間。楔を抜き、桁を1本ずつ外して、橋詰から蔵まで運ぶ。長い材なので、1本に人が6人つく。


3日かかった。


*


初日は楔が抜けなかった。


冬のあいだに材が湿って膨れている。木槌で叩いても頭が潰れるだけで動かない。オッタが楔の脇に細い鉄を打ち込んで、その鉄を抜くことで隙間を作った。


「濡れたまま組んだな」


「組んだ」


「悪いとは言わん。ここは濡れる橋だ」


親方は次の楔に鉄を当てた。


「ただ、抜く日が来ることを勘定に入れとくと、材の面が変わる。次に作るときに考えろ」


「次があるといいがな」


「あるさ。橋は落ちる。落ちりゃ次が要る」


*


2日目に、三脚と轆轤を組んだ。


人の腕だけで桁を上げると、上げた先で誰かが手を離す。離した瞬間に材が動いて、下にいる人間の足を潰す。轆轤を1つ増やすだけで、その手違いが起きなくなる。


組むのに半日を使った。半日ぶんの日当は俺の借りに乗る。乗せてでも組む。


3日目の昼に、最後の1本が橋を離れた。


橋の真ん中が抜けて、向こう岸との間に空が通る。


*


村の者が何人か、橋詰に立って見ていた。


誰も声を上げない。作ったものが減っていくのを見るとき、人は静かになる。


*


「棟梁。これ、なんで外すんです」


ヨナスが訊いた。


「外す」


「はい」


「戻すのは、俺が言ったときだ」


若い男は納得しない顔のまま楔を抜いた。納得しないまま手を動かすのは、この現場の全員が上手くなっている。


*


ピムは楔を集める係になった。


抜いた楔を1つずつ布に包み、番号を書いた木片と一緒に籠へ入れる。


「番号、いるの」


「戻すときに要る」


「戻すの、いつ」


「戻すときだ」


「棟梁、答えになってない」


「なってない」


少年は籠を抱え直して、それ以上は訊かなかった。


*


蔵に運び込むと、奥に先客が2つある。


傷の入った桁が1本と、その隣に置いた1番の札だ。


外した3本を、俺はその手前に積ませた。積み終わってから、カスパーが戸を閉めて閂を確かめる。確かめてから、もう一度開けて中の暗さを見て、また閉めた。


「見に来る者がおるかもしれん」


「来たら」


「来たら、閂を掛け直しておく」


「掛け直すだけか」


「掛け直すだけだ。誰が来たかは、閂の掛け方で分かる。おれの掛け方と違えば、それが答えになる」


男は蔵の壁に手を当てて、煉瓦の目地を確かめた。


「床も煉瓦にしといてよかったな。土だと、足の跡が乾いて消える」


*


桁を運び終えた日の夕方に、総監の布告が回った。


また関の下役が紙を開いた。


『兵站は一元の統制に拠る。私道および私設の渡りは、戦時の信頼に足らず。糧の運びはすべて軍務府の指定する路によるべし』


読み上げてから、下役は俺のほうを見た。見てから、目を逸らした。


村の広場に立っていた者のうち、何人かが札を握り直したのを、俺は横目で見ている。


*


その晩、ブルーノが寄合の小屋に人を集めた。


老人は布告を読み上げ直しはしない。かわりに、村ごとの人足の数を紙に書いて、壁へ貼った。


「私道と言われた。うちの道は私道じゃ」


土間から声が上がる。


「なら、うちが使うぶんには構わんですな」


「構わん。だが、上が使えんと言うた道を、上がやっぱり使うと言い出す日がある」


老人は貼った紙を指で押さえた。


「そのときに、人が要る。いま数えておく」


*


俺は土間の隅で聞いていた。


前に出て説明しろと言われるかと思ったが、老人は最後まで俺を呼ばなかった。


散会のあと外で並んだ。


「助かった」


「礼を言うな。わしは、うちの村のために数えた」


「知ってる」


「知っとるなら、1つ聞け。あんたが勝ったら、この道は国のものになる」


老人は小屋の灯りのほうを向いたまま続けた。


「わしはそれでも堀を残せと言う。言い続ける。あんたが勝った日にいちばん先に、そう言いにいく」


*


元帥府の裁定が来たのはそれから6日後だ。


巡回の駅使ではない。早馬が2騎、旧街道の坂を下りてきて、俺の名を呼んだ。


紙は3枚あった。


*


1枚目に、査閲の趣旨が書いてある。


『兵站路の可否は書付にて定めず。実地の運びをもって定む』


2枚目に条件が並んでいた。


一、軍務府の指定する路と、シュラム経由の旧街道。双方に糧600石を課す。


一、期は雪解けより10日。起点は元帥府の定むる水位の日とする。


一、双方の運びは、軍務府の積載規定ならびに行軍規則に従う。


一、判定は規定への適合をもって行わず。期の内に営倉へ着きたる石高をもって行う。


*


4行目のところで、俺は紙を持ち直した。


規定に従って走れ、と書いてある。だが勝ち負けは規定で決めない、とも書いてある。


うちの橋は軍の規定に合わない。合わないままで、期の内に着けば勝ちだ。


この2行を並べて書ける人間は、うちの橋を見ている。見ていなければ、こんな書き方は出てこない。


*


条件の下に、小さく別紙が挟んであった。


『両路にそれぞれ随行記録の任を置く。旧街道路の記録は、軍務府輜重方付レナート・フォスにこれを命ず』


敵の側の人間に、こちらの走りを書かせる。


書かせて構わないと、元帥府は思っている。あの士官が何を書く男かを、向こうも知っているということだ。


*


3枚目は宛名と署名だけの紙だった。


『元帥府 ヴァルター』


俺はその名を動かずに見ていた。


元帥の名だ。王弟の名でもある。宮廷の作法は何ひとつ知らないが、国で2番目に名の売れた人間の名くらいは、罪人でも知っている。


*


四頭立てで沼へ来た老人。


道具の手入れを褒めた老人。橋の真ん中で足を止めて、下の水を見ていた老人。


元帥府には道を見て歩く役人がいるらしい、と俺は思っていた。


いた。役人ではない。


*


俺は紙を3枚とも板の間に並べて、その前に座った。


壁には沙汰書がある。3年で麦800石。目立たず、手柄も立てない。誰の目にも留まらないように水を抜き、年貢を納めて3年を凌ぐ。着任した晩に俺はそう決めた。


決めたそれはいま国でいちばん人の目の集まる場所に置かれている。


俺は硯を出して、要るものを書き出した。車の数。馬の数。宿と飼葉の置き場。検めの人手。日ごとの里程。


*


検めの人手のところで手が止まった。


いまの検査方は2人だ。カスパーと見習いのピム。朝と夕に橋詰と堤を歩いて、それで足りている。


軍の車が48台来る。1台ずつ目方を検めて札を出していけば、それで1日が終わる。


俺はその晩、飯場でカスパーに数を見せた。


「48台だ。何人要る」


男は紙を長いこと見た。


「4人だ。おれと、あと3人」


「2人でどうにかならんか」


「ならん」


*


「2人で回すと、どうなる」


「日が暮れる。暮れたら、暗いところで検めることになる」


カスパーは指で紙の上をなぞった。


「暗いところで検めた札は、検めてない札と同じだ。おれは、そういう札を出さん」


「4人だな」


「4人だ。おれが選ぶ」


「選べ」


男は頷いて、それから付け足した。


「1つ言うておく。棟梁が急げと言うても、おれは同じ数しか出さん」


*


翌朝、イルザが来た。


早馬は組合の帳場にも寄っている。彼女は紙を丸めて持ってきて、板の間に広げた。


「軍の車が48台。8石積みで384石」


「残りの216石は」


「駄馬。1頭1石2斗で180頭だ」


「うちの組合の馬は12頭だぞ」


「集める。近郷の馬借に声をかける。継ぎ替えを入れて200頭要る」


*


「集まるのか」


「集まるよ。株を蹴った組合が10日で200頭並べたら、それが看板になる。集まらなかったら、看板ごと消える」


彼女は炭で紙に線を引いた。


「里程はこっちで引いた。旧街道で9日」


「期は10日だ」


「橋詰の検めに半日食う。余りは半日だよ」


*


「向こうの道は」


「平時の触れで12日。総監閣下は、継ぎ立てを倍にして10日で入れると布告した」


「自分で期を縮めたのか」


「縮めたよ。縮めなきゃ、負けを認めるのと同じだ」


イルザは炭を置いた。


「あの人は、増水の前に終わる勘定でいる。だからうちより先に着く気でいるんだよ」


「勘定の元は」


「去年までの雪解けだろうね。北の峠が緩むのが、だいたい今時分から10日先だ」


「今年は」


「今年は、もう水が出てる」


彼女は自分で言って、自分で顔をしかめた。


「うちも同じ水を渡るんだよ。喜ぶところじゃない」


*


「あんた、雨が降ったらどうする気だい」


「降る」


「降るのかい」


「雪解けだ。降らなくても水は出る」


「じゃあ、余りはないね」


彼女は紙を巻いた。巻いてから、巻いた紙で自分の掌を叩いた。


「254だよ」


「知ってる」


*


「知ってるって顔で座ってるのが腹が立つんだ」


イルザは板の間から下りて、梯子の上で振り返った。


「負けたら、あたしに残るのは12頭の馬と、株のない組合だ。そこへ返ってこない254が乗る。あんたは流刑だよ。どっちが軽いかは言わないでおく」


「言わなくていい」


「言わないよ。言うと、あんたが軽いほうを取りそうだから」


*


彼女が帰ったあと、俺は橋詰へ行って量水標を見た。


朝の読みは7だった。日暮れに見にいくと8になっている。


桁の天端が8だ。真ん中の3径間を外してあるところだけ、水が何にも当たらずに抜けていく。


俺は杭の前にしゃがんで、指を刻みの上へ滑らせた。9。10。11。


冬の出水は11で止まった。あのとき俺は20は超えないと言った。


そう言ったときの俺は、この土地の雪解けをまだ1度も見ていない。

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