第13話「関所の言い分、沼の抜け道」
石が足りないのは、最初から分かっていた。
丘の裾から出る割石で賄えるのは、脚の分と取付の下だけだ。橋の袂を石で固め、旧街道の水の溜まる区間を持ち上げるにはそれでは届かない。
必要なのが120本。丘から出るのが60本。
足りない60本は、上流のヴァルデの石切場から買うことにして、舟3艘の手筈をつけた。冬の川は水が痩せるが、石を積んだ舟なら喫水は深くならない。むしろ流れが遅いぶん、下るのは楽になる。
手筈は関で止まった。
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知らせを持ってきたのは船頭の使いだった。
「積んだまま、動かすなと言われました」
「理由は聞いたか」
「聞きましたが、番号を言われただけで」
俺はその足で川関まで出た。橋を渡り、旧街道を北へ折れて、半日かかる。行きは組合の馬を借りた。
関は川の狭まったところに柵を渡した粗末なもので、番所と物置と、荷を検める土間があるだけだ。屋根の下でハイムが帳面を広げていた。
「お待ちしておりました」
「待たれる覚えはない」
「来られると思っておりましたので」
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書役は帳面をこちらへ向けた。
指した先に17と書いてある。
「17番、普請用石材。定めのある荷でございます」
「石が定めのある荷か」
「城壁にも櫓にも使えますので。ご不審であれば、この触れは秋にお手元へも回っております」
回っている。俺は読んだ。読んで、28に分けられた分類の細かさに、書いた人間の顔を想像したことも覚えている。
「届けを出せばいいのか」
「王都の営繕方へ。届けが戻れば、通ります」
「往復は」
「駅使が月に一度でございますから、早くて24日。年が明ければ、雪で遅れることもございましょう」
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24日という数字が、頭の中で工程に当たった。
当たって、音を立てた。
冬の渇水期に石積みを済ませないと、春の水で取付が持っていかれる。24日待てば、渇水期の残りは半分になる。
「差し止めたのは、あんたの判断か」
「私は番号を読んだだけでございます」
ハイムは帳面を閉じた。閉じる手が丁寧で、丁寧なぶん、こちらの怒りが行き場を失う。
「代官様。石は逃げません。24日お待ちになるのが、いちばん安うございます」
「安いな」
「はい」
「安い買い物ほど、あとで高くつく」
俺はそう言って、関を出た。言い返した気になった自分が、少しみっともなかった。
*
土間には俺の石のほかにも止められた荷が積んであった。
塩の袋が20ばかり。鉄の棒束が一つ。それと、麻縄の巻きが山になっている。荷主らしい男が3人、火の気のない壁際に座って、膝を抱えていた。
「あんたらも番号か」
訊くと、いちばん歳のいった男が顔を上げた。
「縄だとよ。縄が9番だ。船の艤装に使えるから届けが要ると」
「何日待った」
「11日。届けが戻るまで、まだ半月」
男は笑わなかった。笑う代わりに、膝の上で指を組み直した。
「代官さん。この番号を書いた御方はな、荷を知らんのじゃない。知っとるんだ。知っとるから、こんな細かく分けられる」
俺はその一言を持って関を出た。
分類の細かさは書いた人間の頭のよさの跡だ。頭のいい人間が頭のよさを人を止めるために使っている。そのほうが無知な役所より始末が悪い。
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帰り道の半日で、俺は道を組み替えた。
腹を立てている暇があるなら、腹の立たない順番を探すほうが早い。これは前の一生から持ってきた癖で、たぶんいちばん役に立つ癖だ。
石はヴァルデの岸に積んである。舟が使えないなら、水以外で運べばいい。
冬の道は乾いて締まる。橇なら車より軽く、轍も抜けない。問題はヴァルデから旧街道へ出るまでの5里だ。沼の縁を回る道しかなく、その縁は車も橇も入れない湿地になっている。
回らずに抜ける道があるかどうかは、俺の知らないことだった。
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知っている人間なら、心当たりがある。
翌朝、俺は窯の番小屋へ行った。ピムと母のいる前で図を広げる。
「ヴァルデの岸から、沼の北を抜けて旧街道に出る道がほしい。橇が通れる幅で、水に入らない道だ」
ピムは図を見た。見て、俺の顔を見て、それから母を見た。
「入っていいの」
「入らない。おまえは描くだけだ」
俺は炭を差し出した。
「歩いたことのある場所を、覚えているとおりに描け。深いところ、凍らないところ、葦の根が浮いているところ。描いたら、そのあとは俺と大人が行く」
母は何も言わずに、土間の隅から板を持ってきて、少年の前に置いた。
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ピムが描いた図は、俺の測った地図より正確だった。
正確というのは寸法の話ではない。寸法は滅茶苦茶だ。だが水の抜ける順番と、凍る場所と凍らない場所の並びが間違っていない。
「ここ、冬でも凍らない」
少年は炭の先で一点を突いた。
「なんでだ」
「下から水が出てるから。夏も冷たい」
「その脇は」
「歩ける。おいら、ここで足を抜いたことないもん」
俺は自分の地図に写した。写しながら、この図がなければ5里を回っていたことを考えた。回れば橇は使えず、駄馬の背で1本ずつ運ぶことになる。1本が2人がかりの目方だ。
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道の確かめには俺とオッタと、馬借の若い衆が行った。
先頭を歩いたのはヤンだ。
少年は掛矢を杖代わりに突いて、氷の張った場所を叩きながら進む。叩いて音を聞き、音が高ければ乗り、低ければ迂回する。
「棟梁。ピムの図、当たってますよ」
「どこが」
「ここ、確かに固い。姐さんが冬でも沼は信じるなって言うんですけど、この筋だけは別ですね」
「その言い方をイルザの前でやるなよ」
「言いますよ。言って、そのぶん賃を上げてもらいます」
ヤンは笑って、それから真顔になった。
「橇、うちの馬を出しますよね」
「出してもらう」
「なら、おれの馬にしてください。おれが引く分は、おれが決めたい」
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橇は6日で48本を運んだ。
日に8本。それ以上積むと、氷の薄い場所で沈む。沈めば石ごと引き上げる手間が半日かかり、8本の得より高くつく。
計算して、8本に決めた。
その計算が一度外れたのは4日目だ。
朝から風がなく、氷の面に薄い水が乗っていた。乗った水は昼のうちに凍り直すはずが、その日は凍らなかった。橇の後ろが落ちて、石が1本、沼の底へ落ちていく。
引き上げるのに半日かける値打ちはない。俺はそう判断して、縄を切らせた。
「棟梁。1本、おれが沈めました」
ヤンが濡れた膝のまま言いに来た。
「おまえのせいじゃない。俺が今日を昨日と同じ日だと思ったからだ」
「けど、氷を叩いたのはおれです」
「叩いた音は正しかった。正しい音でも、下は正しくないことがある」
俺は台帳に、沈めた1本と、その日の風のないことを書いた。書いておかないと、次の冬に同じ日を選ぶ。
6日で48本というのは、その1本を外した数だ。最終日だけ氷の厚みを測り直して、9本積んだ。
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橇と馬の払いは道を確かめた日にもう紙になっていた。
「馬4頭と橇2挺、6日で銀6タレル。あんたの借りに足しとく」
「242か」
「242。それと、一つ条件を足すよ」
「言え」
「この抜け道を知ってるのは、うちの若い衆とあの子とあんただけだ。図はうちの帳場で預かる。写しは作らない」
「なぜだ」
「関に知られたら、次はこっちが番号をつけられるからさ」
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俺は少し黙った。
黙って、彼女の言い分の筋を追った。追って、こちらの見落としに気づく。
俺は石を運ぶ道を作ったつもりでいた。作ったものは関の目の届かない道でもある。届かないうちは便利で、届いた日には罪になる。
「図はあんたが預かってくれ」
「そうする。返してと言われても返さないよ」
「言わない」
「言うんだよ、こういうのは。いつか必ず」
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48本ではまだ12本足りなかった。
丘の裾の石はもう底が見えている。無理に掘れば目の悪いところに当たり、目の悪い石は据えても割れる。
俺は台帳を開いて、この冬に使える手を数えた。数え終えて、初めて図面を覗かれた朝にオッタが言った一言を思い出した。
落ちた橋の石はたいてい2町も流れない。
「下流に、落ちた橋があると言ったな」
飯場でそう訊くと、オッタは麦飯の椀を置いた。
置き方がいつもより静かだった。
*
「どこの話だ」
「川下だ。ミュラー瀬の橋だと聞いた。20年ばかり前に落ちたそうだ」
オッタは答えなかった。
答えないまま、椀の縁を左の親指で支えて、右手で持ち替えた。固まった指の関節が、いつもは椀の縁に引っかかる。今日は引っかからなかった。手が止まっているからだ。
「知ってる橋か」
「……名前だけな」
「石は使えると思うか」
「使える。あの手のは、落ちても石は割れん。割れんように積んであるからだ」
男は椀を持ち上げて、中身を見た。見ただけで口はつけない。
「棟梁。石を貰いに行くのはいい。だが、拾う前に見るもんがある」
「何を見る」
「落ちた形だ。橋ってのは、落ち方で誰が悪いか分かる。桁が真ん中から折れとりゃ荷のせいだ。脚から傾いどりゃ河のせいだ」
「それ以外は」
オッタは答えずに椀を置いた。
「行く。石は俺が選ぶ」
*
出立の朝、ブルーノが橋詰まで見送りに来た。
老人は空の橇を一瞥して、鼻から息を出した。
「落ちた橋の石を担いでくるのか」
「使える石だ」
「使えるかどうかを訊いとらん。縁起の話だ」
「石に縁起はない」
「石にはない。人にはある」
ブルーノは泥掻きの柄で橇の縁を叩いた。
「郷の年寄りは、落ちた橋の石を家に入れん。入れた家は水に持っていかれるという。迷信だ。迷信だが、迷信を笑う人間が郷の顔役をやると、郷が言うことを聞かんようになる」
「積む場所を分ける。橋の袂の石垣にだけ使って、家には回さない」
「それでいい」
老人は頷いた。頷いてから、付け足した。
「あんたは、こういうときだけ話が早いな」
*
俺たちは橇を1挺だけ空にして、川下へ向かった。
空の橇は軽い。軽いのに、雪の上を進む音が妙に耳につく。
ミュラー瀬までは2里。橋があったころは、この道を荷が上っていたはずだ。両側の草の下に、踏み固められた土の芯がまだ残っている。
歩きながら、俺は道の幅を歩測した。歩測は癖で、癖は考える前に足が数える。
幅はうちの旧街道より広かった。
落ちた橋から石を貰う。
落ちた理由を俺はまだ知らない。




