時の劇場
「……なんだ、これは」
俺は震える手で自分の椅子から立ち上がった。
広い円卓に残っているのは、俺を含めてたったの七人だけだった。
一番の物理学者、八番の将軍、十三番のマフィア、四十二番のピアニスト、そして数人のレオン。誰もが血の気を失った顔で、石の塊になった隣の席を見つめている。
「おい、一番! これはどういう冗談だ! 他の連中はどうした、寝坊か!?」
十三番が葉巻を床に叩きつけて怒鳴った。だが、いつもなら冷静沈着な一番の物理学者が、眼鏡の奥の瞳を激しく泳がせ、唇をわなわなと震わせていた。
「寝坊なんかじゃない……消えたんだ。いや、最初から分岐しなかったことにされている!」
「なんだと?」
「さっき、俺の目の前で五十六番が消えた。眠りから覚めた時のフェードアウトじゃない。あいつが座っていた椅子ごと、歴史の記録から削り取られるみたいに砂になって崩れたんだ!」
一番の言葉が終わるよりも早く、悲鳴が上がった。
「う、うわあああっ!?」
声を上げたのは、四十二番のピアニストだった。
彼が差し出した両手の指先が、まるで古い写真のインクが日に焼けて褪せるように、半透明に透け始めていたのだ。
「待て、俺の指が! 感覚がない! 今夜は王都の歌劇場でリサイタルがあるんだ、こんなところで消えてたまるか!」
四十二番は必死に円卓にしがみついたが、その手は黒曜石の天板をすり抜けた。足元から光の粒子となって崩れていく中、彼は虚空を見つめて何かを思い出したように目を見開いた。
「時計が……! あの日の駅の時計が、動いてる……っ!」
その言葉を最後に、四十二番は塵となって掻き消えた。後には、背もたれのない不格好な石塊だけが残された。




