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第8話 ”2人だけの世界”

 ――場所は戻り、闇の空間の中のナオとルナリス。


 歌が闇を満たす。細く、高く。


 それは、ルナリスの透き通るような声。

 今日初めて知ったはずなのに、不思議と安らぐ、ほんのりと甘い香り。ルナリスの、香り。

 闇の中で、彼女の膝に頭を乗せて眠っていたらしい私の頬を、銀色の髪がそっと撫でる。

 先ほどまでの激戦が嘘のように、ひんやりとした静寂。

 水面に広がる波紋のように、優しく、穏やかな歌声が響いていく。


 まるで凍てついた雪解け水が、地下の奥深くで人知れず、静かに流れているような、密やかな旋律。

 悲しみも、苦しみも、すべてを過去へと洗い流すかのような、透明で優しい歌声。


「ごめんね、膝枕してくれていたんだね」

「ナオ……様、目を覚まされたのです、ね。……良かった、本当に」

 蒼銀色の瞳が、私の金の瞳をのぞき込む。体中が激痛を訴えてるけれど、まずは。


「どれくらい、意識を失ってたかな」

「時間は……わかりませんが。おそらく……何日か?」

「え……」


「ま、まさかずっと膝枕していたんじゃないよね!?」

「はい」


 それは、していたの方の『はい』ね? なぜかはっきりと伝わって来たわ。


「ごめんね、すぐどくから。の、前にさすがにこれは動けないから」


 辛うじて、脱臼していない左腕と、脚を動かしてポーチから、黄金色の魔法薬を取り出す。

 けれど、あれ? 倒れる前ほど身体が痛くないような。


「いざという時のとっておき。ルナリスは怪我はない?」

「はい、生命を……宿し直した……直後でしたので」

「それはいろいろ聞かないといけない気がするけれど、ちょっと待ってね、それならこれ使っちゃうから」


 特級魔法薬。何年も前に働いた大商会の商会主さんがくれた、最高級のポーション。私なんかじゃ逆立ちしたって、買えない。そもそもそのための伝手がないと無理な、魔法薬。

 なんだけど……下手したら一生、下半身不随とかになるかもって、思っていた痺れも、そこまでじゃないし。脱臼していたはずの左腕も、冷静になってみたら、動くね? 

 え、どういう事? ほとんど治っちゃってる? もったいなくなって、特級魔法薬はしまって、水色の中級魔法薬を、こくこくこくり。

 身体の傷も全部、まっさら。美少女ナオちゃん、復活♪


「ごめんね、重かったよね」

 柔らかな太ももの感触を少し惜しいと思いながらも、身を起こす私。さらさらと零れ落ちる黒の髪が、くすぐったかったのか。艶めかしい吐息を零す銀の姫。

 あ、この子かなり敏感だ……ちょっとエッチないたずらをしたくなる欲求を抑え込んで。


「いえ……幸せ、な……重みでした。それに……苦痛も、恐怖も、無い。……こんなにも安らぐ時間は……久しく、無かった事……ナオ……様。改めて、感謝……を」

「ううん、たまたまの成り行きだし、私も正直何がどうなって、っていうのはいまいちわかっていないというか。だから、お礼なんていらないの」


 寄り添うように、かつて深淵の竜が支配していた、この闇の空間の中で座る私達。

 数日か、実際の所何日かはわからないけれど、誰も様子を見に来なかったのかな。

 あれ、そもそも私、ここに来て何をすればよかったんだろう。あの竜のお風呂? 餌やり? ……う~ん?


 冒険者ギルドで紹介してもらったお仕事できたことを思い出して、冷や汗が止まらなくなる私。

 ど、どうしよう……お仕事をさぼってた、なんてことになったら、次のお仕事を紹介してもらえなくなっちゃうんじゃ。


「ナオ……様?」


 そっと両手を私の二の腕に添えて、胸元を腕に摺り寄せるように身を寄せる銀の姫。

 上目遣いに見上げる彼女の蒼銀色の瞳に不安の色がわずかに差し込む。


「あ、ごめんね。ちょっと考え事っていうか。そもそもここに来るように言われたお仕事が、できていなかったって焦っちゃって」

「お仕事……ですか?」

「うん」


 かくかくしかじか、経緯を話す私に、だんだんとほっぺたを腕に摺り寄せながら、こくり、こくりとうなずく、銀の姫。


「お外の世界、の……事は、わかりかねます……が。その、男性達? がここに来たことは……ありません。たま……に、傷ついた人が……ここに、投げ込まれ……て。竜の、餌食……に」


 う~ん、それなら管理とかはあまりしてなかったのかなぁ。

 わからない、わからないけれど。


「せっかく……ですし、もっと、ナオ……様の事を、伺いたい、です」


 なんて言われ、いったんお部屋の外の事は忘れて、これまでの才能の無さ、女神様の神託、いろんなことをお話ししちゃった。なんでだろうね、彼女には全部を話したい。私を知ってほしいって、そういう気持ちが際限なく湧き出てしまうの。


「お辛かった……の、ですね。それなのに、そんなに……頑張られて。ナオ……様、は、お偉い……です」

 腕に寄り添っていた銀の姫がきゅって、私の背中に腕を回して、ゆっくり。ゆ~っくりと、背中を撫でてくれる。

 私よりもさらに小柄で、立って並べば彼女の目線が私の唇のあたり。

 首筋に顔をうずめて、抱き着き、背中を撫でられると、吐息がこしょばゆくて。落ち着く穏やかさと、いけない感覚が同時に湧き上がって。


「ひゃうぅぅ」


 ちょっとだけそんな声が出ちゃったのは仕方がないよね。

 あぁもう、この、やわっこくて。細いのにふにっとしていて、甘い香りがして。最高、もう、さいっこう。

 ずっと、こうしていたら今までの苦労とか、全部忘れちゃいそう。

 全部解けて消えちゃう。


「銀の姫~しゅき」


 上を見上げて、小首をかしげる彼女。子りすちゃんみたいで可愛いぃぃ。


「ナオ……様? その、銀の姫……というのは、わたくし……の、事でしょうか?」


「あ。ご、ごめんね。つい心の中でそう呼んじゃって。だってほら、虹色にうっすらと輝いている銀の髪に、抜けるように白い肌、瞳も蒼銀色に美しくって。その上純白のドレスから透ける肢体が清楚なのに艶めかしくって。プリンセスティアラとベールの神々しさも相まってこう、お姫様! って。銀の姫様! って思っちゃってね」


 しどろもどろに早口になっちゃった私に、彼女はほんのちょっとだけ、クスリ。と微笑みを浮かべ。

 あぁ、怜悧な表情が似合う美少女と思っていたけれど、ほんのり優しく相貌を崩すと、なんて愛嬌があるの。

 心がさらに打ち抜かれちゃうよぉ。


「わたくし……の、事は、ルナリスと」

「ルナリス……ちゃん?」


 ふりふり、銀の髪を揺らし、首を小さく振る彼女。


「ただの……ルナリス、にございます。贄として、深淵の古竜に捧げられ……魂の契約で運命を……縛られていた、わたくし。ナオ……様は、そんな、わたくしを……解き放ってください、ました。どのようにして……かは、存じ上げませんが。私の運命を……魂を束縛する契約を、ナオ……様へと、つなぎなおしてくださったのです」


 う、う~ん? つまりルナリスさん。


「ルナリス……です」

 ほんのり恨めし気な上目遣いで見つめる、ルナリス……あ~ん、もう、いいよ。呼び捨てにしちゃうもん。


「ルナリス、私の心の中の声がよく分かったね?」

「?……そう、いえば……何となく、感じ取れ……ます?」


 【あ~ん、もう、やっぱり二人とも可愛い! 一生愛でたい!!】


「きゃっ……!」


 突然脳裏に響いた声、ルナリスも聞こえたみたいで、小さな悲鳴を上げて、私に思いっきり抱き着く彼女。

 あ、鼻の奥がつーんってしちゃいそう。

 よほどびっくりしたのか、小さく震えながら、ぎゅーってさらに腕に力を込めてくる。

 鼻血、鼻血が、だめよ、堪えなきゃ。あ~~ん、もう、愛してる、ルナリス愛してる。


 ふと、抱き着く彼女の耳を見れば、あら? 真っ赤。


 あぁんもう、耳まで真っ赤で可愛い!

 首筋にかかるおくれ毛がエッチだし、緊張と驚きでちょっとだけ汗ばんじゃったのかな、しっとりとしたお肌の甘い匂いも最高。

 あぁん、今すぐ全身舐め回したいぐらい……って、あれ?


「ひゃぅっ!? ナ、ナオ様……!? な、なめ……!?」


 ルナリスがさらに茹で上がったタコみたいに真っ赤になって、湯気を出しながら目を回してる。

 ……あ、もしかして、今のも全部?


「ぜ、全部……伝わって、おり……ます、ので!」


 あ、いっけない、心の声がそれとなく聞こえるんだっけ。

 もう、それなら。


「ルナリス、会って間もない私達だけれど、愛してる、大好き!」

「ひゅっ……!」


 言っちゃった。頭をそっとなでなで。あぁ、銀の髪がすっべすべ。艶やかで、指どおりが気持ちよくて。はぁ、極上の絹織物なんて目じゃない、素敵な感触。


「わたくし……も、愛し……ております。この身……は、末永く、ナオ……様、のもの。捧げ……ます」


 もう世界が止まってもいい。このままこの闇の中で、二人だけで抱き合って。

 あ、でも紗雪だけは許してね? 彼女はママが遺してくれて、生涯を支えてくれたもう一人のパートナーなの。


「?……どなたであっても、ナオ……様の大切な、方であれば……わたくしにとっても……大切、です」

 愛いよぅ。健気可愛いとかもう。


 そうして私達はずっと、未来永劫抱きあ……。


 【そろそろ、いいかなぁ……ダメかなぁ。さすがの私も、放置プレイはさみしいなぁ。でも2人の邪魔はしたくないなぁ】


「「あ……」」


 2人そろって、忘れていました。

 ごめんなさい、女神様。


「め、女神様……!?」


 驚きの声を上げる、ルナリス。

 心の声で伝わったみたいね。


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