第7話 ”とあるハニトラ受付嬢の休憩時間”
ナオの意識が途絶えた――その頃、13番外縁区冒険者ギルド休憩室。とある受付嬢。
「ナオちゃん、大丈夫かなぁ」
ゴールデンレトリバー系の犬獣人の特徴、ふさふさな毛が生えたビロードのように美しい、自分のたれ耳を、指でふにふにしながらつぶやく私。
不安な時や、怒りを抑え込んでる時の私の癖だけれど、22歳のいい大人になっても。やめられないのよね。
「ラティせんぱ~い、また心配事ですか? ナオちゃんって、特級冒険者”奇跡の見習い”さんですよね」
後輩の黒耳猫獣人のミアが、目ざとく寄ってくる。配属されて、まだ2か月の、新人さん。
目が私の尻尾を追いかけてるわね。ダメよ? 触ったら。本能がうずくのか、ふさふさ綺麗な自慢の尻尾に、この子、休み時間になるとじゃれついてくるのよね。
「うん。本人の前でそれ、言ったらだめよ?」
「わかってますって。で、今回はどんな依頼を受けていったんです?」
好奇心に目を輝かせるミア。
そんな彼女に、そっと、地下を指さす私。
「え、まさか」
「そう、そのまさか。指名依頼でね? 闇オークションへの強制査察。その現場に先行して放り込まれたわ……」
「いやいやいや、あの子、戦いになったら、自衛手段もろくにないんでしょう? 死んじゃいますよ、先輩止めてあげなかったんですか?」
軽く咎めるように、瞳孔が細くなった目で軽く私を睨むミア。
「それとなく止めようとはしたわよ……でも、あの子、微妙に私の話を聞いてないっていうか」
「あぁ……先輩のわんこ耳とか、お胸、がん見してますもんね。男性より露骨すぎて、割と引きます、あれは」
「それが分かっていて、私を専属にしている節があるのが、このギルドの闇よ……」
いい子なのよ? 信じられない位いい子なの。でも、あれはね。
そして、ギルド長はそんな私の制服を一人だけ薄手のドレスに、ギルドの印章を形ばかりあしらったストールにしてるっていう。ハニートラップ要員なの? ねぇ、もしかして、私ハニトラ受付嬢!? それも4歳も年下の女の子相手の……あ、頭痛くなってきた。
「いっそ、一度好きなだけ、もふらせて、揉ませてあげたら、満足するんじゃないです?」
「怖いこと言わないでよ……でまあ、上の思惑は」
「っすねー……”奇跡”への期待ですか。実際彼女の才能って何なんです?」
「鑑定の記録がないから、わからないわ」
そう、これは本当。私も知らない。彼女も知らない。それでずっと悩んで苦しんでいるのを知っているから、何とかしてあげたいのだけれど。
「え? でも、特級冒険者でしょ? “才能を知る”神の奇跡も、ギルドが斡旋してくれますよね」
「それがね。教会に断られたそうよ。いえ、正確には、神様に」
「……は? どういう事ですか」
何一つ特筆すべき戦闘力がない、女の子。本人の異常なまでの努力の成果と、意外と何でもそつなくこなす器用さで、何とかなってこそいるけれど。
「神託が下りたそうよ。時が来るまで、鑑定を許さないっていう」
「あり得なさすぎる。え、じゃあ、皆が言う”奇跡”って、本当に理由もわからず、ただ何となくの今までの実績だけで?」
「そう。まあ、その実績がおかしいから、そう信じられているっていうのはあるけれど」
あの子がここ、第13番外縁区、中央大陸外縁区で最も危険度が高いダンジョンを擁する区画へと現れたのは4年弱前。14、15歳の頃。才能判別学校を卒業してすぐの年齢ね。
ずれたところのある彼女は、外縁区だから、初心者向けって勘違いしてるけど……13番外縁区は例外なのに……。
中央大陸の冒険者ギルドは最低限のマナーや常識に関する試験と、犯罪歴確認さえ合格すれば、来るもの拒まず。問題行動を起こせば、一般人よりも厳しく処罰されるけれど……。
あの子は必死だった。できそうなことは何でもやって。
「初めから先輩が、担当だったんです?」
「ええ、当初は専属ではないけれど、あの子、大胆な割に変に臆病なところがあるっていうか。私の所が空くまで、じーっと隅で待っているのよね」
「あの綺麗な金色のお目目でですか」
「そう。初めはよくナンパされたりしてたけれど、この子、何人殺したのかしら? っていう睨み目で見られて、周りの目もあるからすごすご引き下がるまでがいつものやり取りね。ここはベテランが多いから、余計ないざこざを起こすような、お馬鹿も少ないし」
「あの目はやばいです。あの目で見られたら私、耳ぺたーって、伏せちゃいますよ、絶対」
でも、才能が何かは終ぞわからず、特別な何かも発現した様子はなかった。
ただ一つ、不思議な噂を除いて。
「それで、あの子の偉業って? ずっと聞きたかったんですよ」
「そうね、貴女はよく知らないものね」
そうして、私は好奇心に尻尾を揺らすミアに、私が知る彼女の偉業。ううん、不思議な出来事の数々を語って聞かせてあげた。
初めは彼女を荷物持ちとして迎え入れた、新人指導の実績と評価を積むために面倒をみた冒険者パーティーからの報告だった。
戦闘力皆無の彼女を長く在籍させられるパーティーは少なく。いろいろと点々としていた。
でも、そのどのパーティーもが、予想もしない幸運や、悪運に遭遇した。
何もなかったはずの壁が突如崩れあわや下敷きに……というところで間一髪、なだれ落ちる岩の隙間で助かった。かと思えば、岩の影に亀裂があり、宝箱に入った強力な武具を見つけた。
転移の罠に引っかかり分断された、絶体絶命の状況。しかし、転移された先でまさかのもう一度の転移罠に遭遇。今度転移された先は、元の場所からたった10m先の角を曲がったところだった。
「初めは、幸運をもたらすような才能持ちじゃないか? っていう事で、”幸運の黒姫”なんて呼ばれだしたの」
「黒姫、また安直ですね。髪の色でしょう?」
「ええ。でもあの黒髪は本当に綺麗で目立つから、気持ちはわかるわ」
けれど、”幸運”ううん、どんな豪運だろうとも、説明がつかない事が起こりすぎた。
それは特に、ダンジョンの外で、彼女が才能探しと称して引き受ける、雑多なお使い、仕事。冒険者が見向きもしない、けれど依頼は必ず舞い込んでくる、そんな仕事の最中にこそ、頻発した。
「例えばそうね。それこそつい昨日の、アンネさんの旦那さんの件もそうだけれど」
「死亡が確定していた件ですね。本人も死の記憶があるって」
「うん。そういう事もこの数年何度もあったわ。かえらぬ冒険者の親から、何度ナオちゃんに働きに来てほしい。どころか、お茶を一緒にして欲しい。お家に来てくれるだけでも。そんな藁にも縋るような依頼がね。それでまあ、あれはそう、3年前ね」
娘が病に臥せ、余命一月と宣告された大商会の娘。方々手を尽くしても、手に入らない希少な特効薬。ナオが棚卸の手伝いを請け負った日。気を紛らわせようと、たまたま目に入った彼女に、在庫の置き場所を教えていた商会主。偶然手に取った、古い箱。その中にはまさに探し求めていた、仕入れた覚えも、記録すらもないのに、急にどこかのオークションで購入した”気がした”特効薬があった。
「彼女ったら、おじさんがべたべた触ってきて気持ち悪かった。それで睨んだからそのせいで、クビになったんだって落ち込んでて」
「それ、感激のあまり、抱き着いちゃったんでしょうね」
「でしょうね。後で多額の謝礼金が振り込まれたわ。彼女気が付いてないけど……っていうか、冒険者カードの口座機能の事をどれだけ説明しても、理解してくれないのよ。冒険者ギルドの取り分の事だって、思いこんでて……。あ、だから私がお休みの時、彼女が依頼を受けたら、必ず硬貨で渡してあげてね」
「はいです。でも、結構重くないです?」
「彼女、魔法の収納ポーチ持ってるから大丈夫よ」
「あの超高級品ですか!? うわ、さすが特級冒険者」
「ううん、あれは贈り物なの。そうね、その話があったわ」
それは、彼女を異例の戦闘力を持たない特級冒険者へと押し上げた、最後のきっかけになった出来事。
長く、といっても比較したらに過ぎなくて、それでもたったの3か月だけなのだけれど。彼女が気に入って、ともに活動していた女性だけの冒険者パーティー”ホワイトリリー”
「誰もが正直、信じられなかった。まさに奇跡のようなお話しよ。でも、これはパーティーの4人全員が望んで、個別に『真偽の水晶』まで使って証言した、事実。それも黙っていれば全て彼女達の功績になっていた名声に傷をつけてまで、ナオちゃんの功績を讃え、ギルドに事実認定させた、ね」
第13番外縁区にダンジョンや遺跡は複数あるけれど、その中でも最難関とされる、『冥府のダンジョン』。しかし、浅層はアンデッドモンスターが多く、聖水をお守りに持っておけば、いざという時に離脱も容易。という事で、案外初心者向け。ただ、それを過ぎれば、本物の冥府に迷い込んだような恐ろしい場所。
簡単な採取依頼で浅層に行って、帰ってくるはずだった、4人とナオちゃん。でも、それは大冒険になってしまったの。
始まりはこれも転移罠。そろって飛ばされた5人の前に立ちはだかる、アンデッドキング。瀕死の重傷を負わされる4人。
囲まれる彼女達に必死で駆け寄って、敵の前に立ちはだかるナオちゃん。気が付けば、敵も、致命傷も、無かった事のように消えていた。
そこは下層。深層以下と異なり、上級冒険者であれば、まだ生還の目がある。けれど彼女達はまだ中級冒険者がせいぜい。完全な死地。
その初めの戦闘での奇跡の後。4人は信じられないほどに実力が増していたと証言した。そしてまるで反比例するように、ナオちゃんが衰弱してしまっていた、とも。
いわゆる付与魔法、味方を強化する才能というのは無数に存在する。けれど、そんな現象が、ナオちゃん達に起きたのはこの時ただ1回だけ。
パーティー”ホワイトリリー“と行動を共にしていたそれまでも、一時的であっても、そんな強化現象は起きたことすら無かった。
「しかも……彼女たちは生還した後も、その新しい力が維持されていたの」
「え……永続強化って事ですか?」
「永続か、まではまだわからないけれど、少なくとも一気に上級冒険者に躍り出た彼女達は、未だ衰えるどころかその力を増し続けているわ。零番中央区での実績で、パーティーとしては特級に昇進したわね」
「ナオちゃんは? まあ、今元気なので、なんとなくわかりますけれど」
「4日間、眠り続けたわ。その間の記憶はあいまいで、自分が足を引っ張って、脱落。ギルドまで送り届けてくれた後、彼女達が再度突入。到達階層を大幅に更新した。っていう、謎の誤解をしてるの……」
「え~。相変わらずなんかずれてますね、ナオちゃん。それで、ホワイトリリーからも、追放されたとか思いこんでるんですか」
「そ。まあ、パーティーから出されたのは事実ではあるけれど、それは彼女たちがナオちゃんを守れて、負担をかけないだけ強くなったら迎えに戻るっていう目標のためなのよ。今でも、『ナオちゃんどうしてるの』って、そんな手紙をしょっちゅう送ってきて。返事し忘れると、あっちのギルド経由で確認の連絡までよこしてくるのよ?」
「うわ~……すごいすれ違いです」
“因果を書き換えている”、“運命を書き換えている”、果てはギルド上層部や教会からは神託の事もあって、”神様が変装し、降臨なされている”ついにはそんな風にまで言われ始め。彼女が自分をいつまでも、”見習い”と思い込んで止まない事から、『奇跡の見習い』なんて言う称号が、正式にギルドから授与された。本人は知らされていないけれど……。
「で、まあ。今回の闇オークション摘発だけれど、とんでもない出品物があるらしくてね? 下手をすればこの第13番外縁区が消滅する程って言われているの」
「うげ、先輩、逃げなくて大丈夫なんですかそれ」
「……さぁ。だから、上層部も、奇跡にもすがる思いでナオちゃんを放り込んじゃったんでしょうね」
あ、思い出したらちょっとまたイライラが止まらなくなってきちゃった。
ふさふさな毛が生えた、自慢のたれ耳を、指でふにふにしながらつぶやく私。
「先輩、それで、怒ってたんですね」
「……まあ、ね。とりあえずギルド長には、1口で死後の世界が見える程に甘いって評判の、ドロリ濃厚、激甘メロリン茶を出してきておいたわ」
ええ、それはもう、ナオちゃんに娘さんを救われた大商人さんに、わざわざ頼み込んで譲ってもらいましたとも。
ドラゴンでも毒殺するのかい? なんて聞かれるから、事情を話したら、喜々として譲ってくれたわよ。
お茶請けにこれがいい。どうせ、区長たちと会議をするだろうから差し入れてあげなさいって、1粒でベヒモスが昏倒するっていう触れ込みで、激辛マニアには人気の、激辛ミロリンクッキーもくれたわ。1枚1枚丁寧に梱包して、しっかり自分からのだ、っていう証の商会長印まで押印して。
大丈夫、死にはしないわ。……たぶん。
治癒ポーションもセットで置いてきたし。ナオちゃんを死地に送った罪滅ぼしには軽すぎるくらいね。
それにギルマスも得体が知れないし、どうせまた寝込んだふりで、ケロッとしてるんでしょ。
ナオちゃんに何かあったら、冗談抜きで許さないんだから。
「先輩……怖いです」
あら、ミアったら。尻尾を股の間にはさんじゃって。
お可愛い事ね。




