第25話 ”そしてこれから”
封印の魔導具の中の闇の空間はもう、冥府のダンジョンとは繋がっていなかった。少なくとも、一定の範囲で目に見えない透明な壁が四方にあって、どこか別の空間に繋がっているようなこともなかった。
封じていた深淵の古竜がいなくなって、埒外のマナ供給源が失われて。徐々に中の領域が魔導具本来の様相に戻ってきているんだと思う。闇色も薄らいできてるみたいだし。
街の皆はまだ避難をしているみたいで、教会や劇場、避難場所に指定されている建物は人であふれかえってた。
でも、ダンジョンからのモンスター襲撃は収まったみたいで、戦闘音も徐々に波が引くように収まり始めてる。
やっぱり、今回のダンジョンブレイクはあの王様。古代魔導王国の残滓の一部が原因だったみたいね。
両脇から、私を離さないルナリスと紗雪の二人が、ぎゅっと肘にしがみついて。
うとうと、今にも寝ちゃいそうなアメリアスを抱っこして歩く私。
襲撃が収まったのを感じて少しづつ道に出始める十三番外縁区の皆が、微笑ましそうにみてる。
大剣? 魔法のポシェットに入れたよ? 重すぎて入らないと思っていたら、すっと、何事もなかったみたいに中に納まって驚いちゃった。どれだけ容量があるの……高級品どころじゃないよぉ。
それぞれの思いを胸に、無言で歩く私達。
両隣の温もりと息遣いを感じながら向かう先は冒険者ギルド。
ちゃんと報告をしないわけにはいかないからね。
「ナオちゃん! 避難施設にも前線にも姿が見えないから心配したのよ!?」
すぐに私達を見つけて、カウンターの向こうから駆け寄ってきてくれるラティさん。尻尾がまだ不安を感じてか、ゆっくりと左右に揺れてる。
「ごめんね。いろいろと報告しないといけない事があって。ギルマス、いる?」
「え? ええ、いるけれど。紗雪ちゃんだけで行く?」
あはは、そうだよね~……。私だとすぐ睨んじゃってお話しにならなかったから。
でも。
「ううん、私がお話しする。ちゃんと、しないと、ね」
「ナオ?」 「ナオ……様?」 「ナオちゃん!?」
紗雪、ルナリス、ラティさん、3人そろって失礼過ぎない!? ううん、これは私の自業自得ね。とほほ。
「うん。ちょっとだけ、思い出しちゃった」
そうなの、あの闇オークションの跡からここまで歩く途中。ゆっくりと皆で歩きながら、沈黙の中考えていたの。
それでね、ちょっとだけ思い出したんだ。
私が、男性嫌いになった原因。切っ掛け。
まだ子供だった頃。才能判定学校に通い始めた直後くらい。
なんで忘れていたのかすごく不思議。記憶にぽっかりと穴が開いたみたい。
紗雪を残して、ママがいなくなってしまった日。
まだ全然、何もはっきり思い出せないけれど。
私とおんなじ、漆黒の髪に、綺麗な金色の瞳のママ。
ぎゅって抱きしめてくれたママ、滑らかですべすべしたドレスの感触。
ふわりと香った、甘くて優しい花の蜜みたいな匂い。
「大丈夫だからね。また会えるからね」
うん、たぶん、そう言ってくれた。
男の人達の怒鳴り声。何かが壊れる音。
気持ちが悪い男達の汗と吐息と……鉄錆みたいな臭い
男達が何かひどい事を、ママに……。
ママがいなくなっちゃった。
私は一人ぼっちになった。
それから、かな?
男の人が怖くて、憎くて、睨みつけるようになって。
記憶も、飛ぶことがよくあって。
とぼとぼと、学校に通う私。
わからない私の才能、とにかく頑張る事しかできなくて、がむしゃらに何でもやって。いつの間にか卒業してた。
気が付いたら紗雪だけを連れて、この第十三番外縁区の門の前に立ってた。
表情が抜け落ちたみたいになった私を心配して、両脇から、二の腕をそっと握って覗き込む紗雪とルナリス。
胸の中のアメリアスちゃんは眠っちゃった。
今はお日様みたいにぽかぽかと温かい、柔らかくて、無防備な重み。
いけない、いけない。心配させちゃうね。
「まだまだダメだけど、これは。ちゃんと私がお話ししないといけないの」
「わかりました。でも、私も同席しますからね」
ラティさん、優しいなぁ。ダンジョンブレイクが収まったなら、この後は冒険者への報酬払い出しとか、事後処理がいろいろ大変だと思うのに。
え? 私専属だから問題ないの?
あはは、見習い冒険者に専属受付嬢が付くわけないじゃない。やっぱりラティさんは優しいな~。心配させないように、そんなお茶目な嘘をついてくれるんだから。
――「よくわかりました。ナオさん、直接の報告。そして何よりも、事態の根源を解決いただいた事、重ね重ね御礼申し上げます。報酬の追加については申し訳ありません、さすがに今すぐはお伝え出来ないので後日。関係各所にも情報を連携しなければいけませんね……事はこの十三番外縁区にとどまらず、中央大陸全土の問題となるでしょう。よもや、魔導王国の残滓がダンジョン奥深くに封じられていようとは。そして、今回の件はそのほんの一部が、害意をもって地上に干渉してきたという事ですよね。紗雪さん、記録は今回もとってくださっていますか?」
「ええ。提出できるわ」
「ありがとうございます」
ちょっとつっかえながらにはなったけれど、しっかりと何があったかを報告した私。
寝ちゃったアメリアスを隅のソファーに寝かせて、ギルマスのお部屋の向かい合った応接机の片側に腰掛ける私達。
「それでね、この子アメリアスは今、記憶も失っていてね。できれば私が保護したいのだけれど……妹として、とか……ダメかな?」
少し考え込む、イケメンエルフことギルマス。
「申し訳ございません。即答は、出来かねます。が、ナオさんのご意向に沿うように、最大限努力します。少なくとも結論が出るまでは、ナオさんのご自宅で一緒に過ごしていただいてよいですよ。ナオさんであれば、それくらいの信用は当然あります。文句は言わせません」
「買いかぶられすぎるとちょっと怖いけれど、ありがとう」
「ラティ、原因が排除された可能性が高い事。とはいえ、警戒体制は維持し、交代の見張りを依頼として募集する事を、下に伝えてきてくれますか」
「承知しました」
「ナオさん、せっかくですから、お約束していた水葉ブランドのドレス。受け取ってから帰りませんか?」
「え……い、いいの!?」
「ええ、もちろん。ラティ、伝え終わったら案内してあげてください。私は紗雪さんが提出してくださった記録を元に、関係各所との連携を至急進めますので」
「勿論ですわ。アメリアスちゃんは、休憩室で預かる?」
「ううん、私が抱っこする! 力持ちさんだからね」
ギルド長たちはこれから、すごく忙しいと思うけれど。
とりあえず冒険者の私達のお仕事は、きっとここまで。
アメリアスちゃんの事がどうなるかは、気になるけれど。まずは楽しみだったドレスアーマーを受け取って!
ゆっくりまったり、お家で過ごすんだ。
そして……。今度こそ、”次”から何があってもいいように、いっぱい、いっぱい、私自身を鍛えるの。
いつか憧れた、あの”剣聖”様のように。才能の上の努力じゃなく、どんなことにも挑戦し続ける努力で、大切なものを守れる強さを手に入れるために。
私達が何にも害されず、何が来てもルナリスと紗雪を悲しませる事無く解決できるように。
抱えてしまった破滅の運命。
それにきっと、必ずこれからも関わる事になる、そう確信できる、古代魔導王国の残滓と向き合っていけるように。
「ナオちゃん、行こう?」
「ナオ……様?」
「ナオ、ほら早く早く、あんなに楽しみにしていた水葉ブランドのドレスアーマーよ!」
物思いにふける私を心配して、気遣いに満ちた温かな声をかけてくれる皆。
「うん、今行く!」
私は腕の中で抱き上げた、眠る新しい”家族”を抱き直して、二人の元へ駆け出した。




