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第21話 ”絶望と狂乱のアメリアス”

「永き。長き、時であった。創りし生命を地上へと解き放ち。魔導王国を捕えるこの冥府の片隅を引き上げるべく、深淵の古竜を呼び寄せ。多くの文明、多くの時を費やした。今ようやく。この我が、滅びの王、無能の王たる我が! 魔導王国を復興するのである!!」


 急に盛り上がり始める、自称王様。


「忠実なる我が被造物よ。喰らえ。そして、姫をも取り込み、魔導王国再興を成し遂げよ!」


「はいなの! わかったの~」


 ぴょんと、いっそ軽々しい程に床を蹴り。2階へ、王の座す豪奢な椅子の傍へと跳び上がった紫髪の少女。


「もぐもぐ~」


 その背中を割り開き、2本の触手が伸びる。あまりに唐突な変化に、私達は3人とも、ぽかんと見ている事しかできなかった。真っ黒な触手の先端が身の丈を超える巨大な球に膨れ上がる。バックリと開く巨大な顎。球体の側面が縦に割れ、まるで海獣の口のような巨大な顎が形成される。


「魔導王国に栄光あれ! 我が生み出せし名もなきバケモノよ、しかと、事を成せ!」


 その言葉、叫びを最後に。王の姿は椅子ごと消えた。たったの二口の咀嚼(そしゃく)で跡形もなく、消えた。

 2本の触手に。ううん、アメリアスに、捕食された。


「もぐもぐ、ごっくん……えへへ」


 振り向くアメリアス。触手はいつの間にか消え、愛らしい幼い少女の姿に、にっこりと笑みを浮かべる。

 そのまま虚空へとむけられる視線。


「うん、わかった! 王様の言う通りにする~♪」


 いったい何が見えているのか。斜め上の空中とあどけない笑顔で会話するアメリアス。



「姫しゃま。ナオ姫しゃま、一緒になろうね。ルナ姫しゃまも、さゆ姫しゃまも一緒だから、寂しくないよ♪」


 ぴょん。

 非現実的なまでに軽やかな音。

 アメリアスの姿は視界から消えていた。


 トン。

 いっそ軽やかな衝撃に、しかし不意を突かれ、よろける私。

 斜め後ろ。私の陰に寄り添うように立っていた、銀の姫が、全身をぶつけるようにして、私を押し出した。


「……っっは」


 一息に吐き出される、ルナリスの呼気の音。


 ドンッッ!

 轟音は遅れて私の耳に届いた。


 朽ちかけたダンスホールの壁が。

 ガラ、ガラガラ、ドドォ!


 崩れる。崩壊する。

 外を覆う深淵の闇の球体が、くずれおちた壁面から見える。

 愛おしい温もりの気配が、背後にあった微かな息遣いが、無い。無い……!


 代わりに、私の斜め後ろに佇む、薄紫色の影。

 側頭部から天を突くように2本の角、竜の角を生やし、両腕に竜燐を浮かべる色白で小さな少女。

 私の胸くらいの高さしかない少女。

 愛らしい、エルフの血を引くと思ったその姿が、今は竜と人の合わさった生命体。時にモンスター、時に人種ひとしゅ、その在り様は千差万別。人型の暴威、ドラゴニュートの姿に見える。


「なに……を、した……の」


 かすれた声が私の喉から漏れる。


 左頬に生暖かい感触。

 そっと指を伸ばす。ほっそりとした、私の指先。


 ぬちゃり。粘り気を感じる。

 そっと、恐る恐る、震える手を。

 顔の、目の前に、掲げる。


 赤。

 深紅。

 少し黒みがかった、紅色。


 血。

 足元を見る。

 水風船を破裂させたみたいに、赤い。

 赤い跡があたり一面に飛び散っている。


 ルナリスがそっと、寄り添うように立っていたルナリスが。

 さっきまで私が立っていた位置で、満面の笑みを浮かべる薄紫の髪の少女。


「間違えちゃった。王様ごめんなさい。もぐもぐ、しないといけないのね。うん、うん。わかった!」


 瓦礫。崩れた壁の瓦礫から覗く美しい虹色の輝きを帯びた銀の髪。

 瓦礫に赤い……朱い……紅い……!


「ぁぁぁぁああああ!!!」


 漆黒の大剣が颶風(ぐふう)を巻き起こす。


 人間として大事なものが全部こぼれ落ちていく。

 残ったのは、ドロドロに煮えたぎった、どす黒い殺意だけ。


 ――あぁぁぁぁ、もういい。もういいぃぃ。全部全部全部全部、壊しちゃえ。


 真っ白になった視界。吹き飛んだ理性。

 自分自身の力に耐え切れず。肘が砕けた、腕の骨が折れた、灼熱の痛みがあとから追いかけてくる。

 だから何? ルナリスは、もっと痛かった。私なんかを庇って……!!

 あんなに優しくて、温かくて、身体を、冷たい瓦礫に、赤い染み、赤黒い水たまり。

 私の身体なんて、いくらでも壊れればいい。 私なんかの痛みが、銀の姫の痛みを少しでも贖えるなら。


 し・る・か……


 全力で、腕の力だけで、衝動的に振り回した片刃の大剣。巻き起きた衝撃で、廃墟と化したとはいえ古代魔導王国の技術の粋を凝らして作られてダンスホールの床が抉れ、消し飛んだ。

 代償に、その機能を失った両腕はしかし、徐々に回復し始めている。

 修復と共に焼き(やきごて)を突っ込まれたような、灼熱の痛みが沸き上がる。


 し・る・か……。


 紫髪の少女、あどけない笑顔で。

 ナオ姫しゃま……って、懐いてくれていた可愛い、可愛い、女の子。


 し・る・か……涙が、勝手に、とめどなく零れ落ちる。


 何事もなかったかのように、破滅をもたらす片刃の大剣の一撃を、まるで瞬間移動のように避けた少女。

 先ほどまでと変わらない、私の斜め後ろ、振り向いた私の目の前で。

 不思議そうな顔で、私を見つめている。


 自分の力と破壊力に、骨が粉砕された私の腕はまだ動かない。

 右足を全力で振り抜く。

 薄紫の髪がふわりと空を舞う。一瞬ブレたように、残像を残して消えた少女の姿は再び。何事もなかったかのように元の位置に立ち尽くしている。


「ナオ姫しゃま、あそんでくれるの?」


 あどけない、幼気な、無垢な笑顔を私に向けている。


 くずれおちる私の身体。右脚が、加減なんてどこかに吹き飛ばして、全力で振り抜いた私の右脚が。

 どこかに飛んで行っていた。太ももから先が、消えていた。


「るなり……す。ルナリスゥ……! なんで、なんで……なんで……!!」


 治りかけの両腕と、左足で。ずるずる、ずるずる。

 床をはいつくばって……。


「さゆ姫しゃま、あしょんで~」

「やめ……」


 暗色系のレースとフリルがたっぷり使われたゴシックロリータのドレス。

 お揃いって、買った同系統のドレス。その裾が、ひらりと揺れたのを視界の端に納め。


 あまりの展開の素早さに、魔導銃を構えかけていた、灰銀色の髪の少女人形に。

 厚底靴が地面をこする、きゅっっていう音。


「やめ……ろぉぉ!」


 黒と金の焔が沸き上がる。まだ失われたままの右脚を中心に爆発的に膨れ上がる。

 視界から消える寸前。竜の特徴を体に生やしたアメリアスの姿が消える寸前。

 この子を捕まえるのは間に合わない。だから。


 黒と金の私の焔、復讐の焔は、紗雪を包み込んだ。彷徨う私の視界が再びとらえた、薄紫の少女。

 炎を怖がる獣そのままに、四肢を床につけ、這いつくばって唸りを上げる。


「ぅぅ、さゆ姫しゃま。触れない。ずるいずるいずるい~」


 そっと伸ばされる、竜鱗に包まれた右手の先、鉤爪に変じた指先がそっと黒と金、螺旋を描く焔に触れる。


「きゃっ!」


 粘り気を帯びた油のように、触れた鉤爪に飛び移る焔。


「呑み込め!!」


 その姿を睨み据え、叫ぶ私の声に応じて燃え広がろうとする、復讐の焔。

 けれど、せっかく燃え移った鉤爪はあっという間にアメリアス自身の手で斬り飛ばされてしまった。


「なんで。なんでこんな事をするの!? 私達、出会って間もないけれど、仲良し、でしょう?」

 じわりじわりと修復されていく身体が発する、煮えたぎるマグマのような激痛を抑えて、悲痛な叫びで問いかける私。


「うん。み~んな大しゅき」

「なら、なんで! なんでこんな」


 きょとんとした顔で、くりんと大きな紫の瞳で。心底不思議とばかりにみつめ返してくる少女。


「だって。王様が皆、みんな、ぱくりもぐもぐ。ってすれば、ずっとずっと一緒で嬉しいよって。それにねそれにね、王様のいう事は絶対なんだよ?」


 さっきの、あの男。古代魔導王国の最後の王とか言っていた男。


「でも、あの男……王様はアメリアスがもう食べちゃったでしょう?」

「うん! 私の中にいるよ。ずっとずっと一緒にいるよ。今もほら……うん。ずっといっちょね~王様~」


 また虚空を見上げて、嬉しそうに語りかけるアメリアス。

 なんだっていうのよ、いったい。

 やっと両腕が修復された。右足も少しづつ、生えてきてる。


 私の焔で包み込んだ紗雪が、じりじりと。ルナリスが吹き飛ばされた、崩れた壁の瓦礫に向かって後退っている。彼女を護る焔もそのまま一緒に。

 そんな紗雪の事は忘れたみたいに、私だけを見て、嬉しそうににこにこしている少女。


 『わたくし……は、無事……復活、しました』


 心の中にそっと、ルナリスの囁き声が聞こえる。良かった……良くないけれど、良かった。

 ”生命を宿す才能”が、彼女を再びこの世に戻してくれた。

 どれだけ痛かっただろう、どれだけ苦しかっただろう。

 今は紗雪を護る、復讐の焔の激しさが物語ってる。もちろん私の痛みも込みだけれど。


 ルナリスと紗雪の無事に、少しだけ。轟々と、激流のように頭の中を埋め尽くしていた血流の音が静まり始める。

 冷静な思考が戻ってくる。


「アメリアス。貴女は何者?」

「あたちは、あたち。ナオ姫様が、アメリアスってお名前をくれたよ?」


 小さな自分の身体を抱きしめ、ゆぅらりゆらり、左右に揺れる少女。


「貴女は、王様の。なに?」

「アメリアスは、王様が作ったお人形! ほむんくるす? っていうお人形! 王様のお願いは絶対なの。いっぱいいっぱい。いろんな魂と運命をぱくり、もぐもぐってするとね。その子と、いっちょになれるの。見て見て~」


 ざわざわと、薄紫の髪が揺れる。よく見れば髪の毛同士が寄り集まり、蛇に変わっている。元の美しい少女に戻る。

 あの日見た、可愛らしい狐の耳が生える、猫耳に変わる、犬耳に……次々と異なる獣人の獣耳が生え変わっていく。また元の美しい少女に戻る。

 背中から、1対の羽毛に覆われた黒い翼が生える。何十本もの黒い触手に変わる。極太の金属の棘がハリネズミみたいに生える。また元の美しい少女に戻る。


「こんなこともできるよ~」


 胸の前に掲げる、左腕。先端が……嘆きに歪んだ女性の頭部に変わる、憤怒の形相の男性の頭部に変わる、虚ろに見開かれた目が焦点も合わずに彷徨う少女の頭部に変わる。どの頭部も一様に嘆きを、怨嗟を漏らし続ける。


「みんな、みんな、私と一緒。ね?」


 ダンスホールの隅を、うろうろ、ひらひら。踊りのつもりか揺れ動いていた中身のないドレス。

 アメリアスの背中から伸びた触手が、先端を巨大な口に変えて次々呑み込む。



 化け物……。

 人造の、怪物。


 心が触れ合ったと思った。可愛い妹ができたみたいで嬉しかった。

 ナオ姫しゃま。なんて、可愛く呼んで、懐いてくれて。


 でも……多分、だめ。この子は……狂ってる。ううん、そんなことも分からない、教えられていない。

 違う、狂っているわけじゃない。


 ただただ、ひたすらに無垢すぎる存在、妄執の王に造られ、操られる……。

 そもそも、14歳くらいの見た目、子供とはいえ話し方だっていくら何でも幼すぎる。

 それもきっと、生い立ちのせい。


 どうしよう。終わらせてあげるしか……ない、の?


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