第2話 ”いつもの日常、無自覚な奇跡”
「ナオちゃん、すまないねぇ。うちの人が、戻ってきてくれれば……」
「ううん、いいのよ、こうして雇ってもらえて、私も助かってるんだから」
冒険者向けの魔法薬を扱っている、錬金術師さんのお店の1軒。
ここはその中でも、初級冒険者や冒険者ギルドにも安くて質のいい、けれど低級だからってお手頃な魔法薬を卸してくれている、アンネお婆ちゃんのお店。
昔冒険者だったアンネさん。冒険の途中で足を罠に挟まれて……。車いすの彼女には、棚卸しとか器具の扱いに、お手伝いが必要なの。
「ヒィラリ草の根は、これくらい細かくすりつぶせば大丈夫?」
「そうだねぇ。普通の液体ポーションならそれくらいで、大丈夫。でもね、もうちょっと細かくしてあげると、煮込んで濾した後の粉末が軟膏の材料にも使えるようになるんだよ」
アンネさんに教えてもらいながら、彼女がやりづらい作業を私が代わってあげる。それが今回のお仕事。
期限は……無期限。
彼女は冒険仲間だった旦那さんとこのお店を切り盛りしていて、普段はこういう作業は旦那さんがしてあげてる、二人三脚のお店。
「アンネさん、失礼します。ギルドのものですが」
「はいはい、用意できてるよ。いつもの棚に入っているから持っていっておくれ」
「承知いたしました。納品書はいつも通りに」
「すまないねぇ」
でも、旦那さんがいつも通り、薬の材料になる薬草を採取に、ここ13番外縁区にある冥府ダンジョンに潜った。
タイミングが悪かったとしか誰にも言えないと思う。ちょうどその時、時季外れの迷宮の組み換えが起きてしまった。
内部構造が再構築される、組み換え現象。ある程度予兆や周期が分かっている現象なのだけれど、たまに予想外の時期に発生する事がある。階層が入れ替わって、内部構造も変化して、モンスターの生息域も変わる。下手をすると構造変化に呑み込まれて、ダンジョンの壁に取り込まれる。あるいは、寄せ集められたモンスターの群れの真ん中。なんていう悲劇も起きる。
「アンネさん、できたよ」
「ありがとうね、それじゃあ、マナを込めながら成分抽出をするからちょっと待ってね」
「ね、ねぇ。私、錬金か調薬の才能……ありそう?」
まだ初日、数時間しかたっていないから、わからないかな。って思いながらも、少しだけ期待を込めて聞いてみる。
才能判定学校でも、もちろん試したことがあるから、無いってわかってるけれど。もしかしたら、生徒はたくさんいるし、見落としっていう可能性も。
「そうだねぇ。ナオちゃんはまじめで、作業も丁寧で。お手伝いをお願いできて私も嬉しいよ」
「……なさそう、かな」
「きっと、ナオちゃんの才能はすごく、すごく大切な役目を担った、神様が願ってまで授けてくださった才能なのかもしれないね」
「”自由な線を引く才能”のアストラ様や、”草花と話す才能”のウル様みたいな?」
「うんうん、そうだねぇ」
アストラ様は、公爵家のご子息だったので、”才能を知る”神の奇跡を神殿でお受けになったの。けれど、結果があまりにあり得ない、ひどい才能だって。お家を追い出されてしまったわ。
西方大陸を出たアストラ様はここ、中央大陸に渡り。当時混沌としていたこの地に、危険度に応じた区分を示し、モンスターの行き来を阻害する、絶対的な概念の”線”をお引きになった、まさに英雄。神様が遣わした、特別な才能のお方とされているの。
ウル様はね、それはもう美人さんで、エンシェントエルフかも! って、私は思ってるんだ。美人さんって言えばやっぱりまずエルフだよぉ。
でねでね、彼女は滅びゆく妖精郷を、そして世界樹を救ったとされる御方。中央大陸が生まれる前の時代のお方で、物語でしか知る事は出来ない伝説の人物。
どちらも、神様に願われ、遣わされた、才能の子って呼ばれているの。
「さて、液体ポーションはできたから、瓶詰をお願いできるかい?」
「はい……それで、その、瓶の場所を教えていただいてもいいですか?」
はっとしたような表情をするアンネさん。
「そうだよね、そうだよね。ごめんねぇ」
旦那さんがいなくなって、もう一ヶ月。在庫が切れてからはしばらくお休みをしていたのだけれど、安くて質のいい魔法薬を大量に卸してくれるのは13番外縁区ではここしかなくて。冒険者ギルドや、いろんな人たちに乞われて、お店を開いたのが昨日。
でも、やっぱり一人じゃ無理があって、お手伝いの募集をしたのを、私が受けたって言うわけ。
お賃金は正直すごく安いから、ダメもとだったって、アンネさん言ってた。
「ん、おかしいね、あの人ったら、いつもここに入れていたはずなのに」
アンネさん……ううん、アンネお婆ちゃん、すごく寂しそうに空っぽの棚を見つめてる。
きっと、内心はもうあきらめちゃってる。元は冒険者だもの、もう帰ってこないんだって、きっと。
もうお歳だし涙は見せないけれど、車いすに乗って棚を見つめる彼女の背中は、すごく寂しそうで。
ママがいなくなっちゃった日。私には、ママが作ってくれた紗雪が、人形少女が遺っていたけれど。
アンネお婆ちゃんには……。
旦那さん、戻ってきてあげて? お婆ちゃん、すごく、すごく寂しそうだよ?
胸の奥にちくりと走る痛み。
頭が、くらくらってして、思わず倒れちゃう私。
あぁ、またこれだ。しょっちゅうなるんだよね……黒髪に白皙の肌の美少女な私が、ふらって貧血になったみたいに倒れるのは正直、贔屓目抜きに、絵になるとは思うけれど。しばらく頭痛も取れないし、本人は困るのよ。
特にこういう、お仕事の最中とか、冒険の荷物持ちの最中とかに限って、こうなるから。
「ナオちゃん! 大丈夫かい」
ほらぁ。アンネお婆ちゃんに心配させちゃった。
大丈夫よって。明るく、元気にお返事をしようとしたら。
ざわざわ、がやがや。
お外が騒がしいね?
ばたーん!
「な、何事だい」
「アンネ婆ちゃん、大変だ、大変だよ!!」 「おい、お前ら、ここ、片してあげろ」
どやどやと、冒険者らしき人達が入ってきたと思ったら、入り口に置いてあった立て看板とか、箱をあっという間に脇に避けちゃった。
「ちょいと、誰か説明しておくれよ」
まだ頭がくらくらしてへたり込んでる私を横目に、進む状況。
入口に姿を現したのは、担架を担いだ冒険者達と、聖職者のおじさん。
「なんだい、急患かい? それならうちじゃなくて、それこそ教会の施療院だろうに」
「いえ、アンネさん。もう治療は道すがら、施してあるのですよ。この方たちがそれはもう、張り切られまして」
法衣をまとったおじさんが、ゆっくりと、落ち着いた声でアンネお婆ちゃんに話しかける。
「喜べ婆ちゃん! 帰ってきたんだよ」 「そうだよ、怪我も大したことねぇ。回復魔法をかけてもらえりゃ、後はすぐ連れてくるしかないだろ!?」
「お前ら、ありがたいが、儂はもう歩けると言うておろうに」
やっと止まった担架の上から聞こえる、老年の男性の声。
その声を聴いた、アンネお婆ちゃんの頬を、雫がほろり、ほろり。
「嘘だろぅ、あんた、冥府ダンジョンの構造変化に呑み込まれたって」
「いや、それがなぁ……そのはずだったんじゃが、気が付いたら迷宮の外に放り出されててのぅ。レイスの鎌でぶった切られた気がするんだが……儂も訳が分からなくての」
「何にしても良かった、良かったよ。奇跡だ、これは奇跡だよぅ」
「ありえねぇ……」 「即死だろ、そんなもん」
なんか皆、旦那さんの言葉にどよめいてるね~。1か月も構造変化に巻き込まれて、行方知れずだったのに。うん、本当に奇跡だね♪
でもこの世界に奇跡はたくさんあるから。私、たくさんたくさん、奇跡を今までも見てきたから知ってるもん。
だから、良かったね。アンネお婆ちゃん。
「お、おい。あれ」 「あぁ……奇跡の……」 「もしかして……」 「やはり、彼女が」 「な、なぁ、俺らも頼んだら1日だけでもパーティーに」 「ちゃんとギルドを通せよ? 順番待ちと審査、すさまじいんだからな」
なんか、冒険者君達、君ていう程若くないおっちゃんもいっぱいいるけれど、皆が私の方を見て、こそこそ。
薄幸の美少女が、床に崩れ落ちているんだから、見ていないで助ければいいのに。
あ、さては、私の胸を見てるな~?
人形少女の紗雪に着せるのに合わせて、ちょっと大人なアシンメトリーのドレスを着ている私。
デコルテから胸元にかけては薄手のレース生地でおおわれているけれど、谷間や素肌が透けて見えていてちょっと、ほんのちょっとね? 扇情的。スカートは太もものガーターポシェットの出し入れが楽なように、前上がりのロング。ドレスの生地は表が漆黒、裏側は暗い深紅のツーサイド(ダブルフェイスの生地)。袖口の広がった腕は、肩の所に切り抜きがあって、きめ細かい私の素肌が見えてるの。
え? そんなだから男の視線が集まる?
だって、お洒落したいもん。紗雪とドレスで一緒に魔導写真撮りたいもん。
男の視線に負けて地味な服装なんて嫌よ!
「アンネさん、良かったね」
「ナオちゃん、ありがとうねぇ。きっと、ナオちゃんが来てくれたおかげだよ」
「あはは、そんなわけないよ~。明日からは、どうする?」
ちょっと緊張気味に聞いちゃったけど、うん。わかってるんだ。
「ごめんね。問題ないって聞かないけれど、この人を安静にさせておかないといけないから、また少しの間お店は閉めるよ」
「うん! ちゃんと、ゆっくり、2人で過ごすんだよ?」
「ありがとうねぇ」
それから、どやどやお店に入り込んでいた冒険者達にも手伝わせて、お店を綺麗にして。
私はお家に戻ったの。
また、お仕事無くなっちゃったな~。明日も冒険者ギルドに、斡旋してもらいに行かなきゃ。
その後で、何か、お祝いを買って行ってあげようかな。
そうして、とぼとぼと、ちょっと寂しいけれど、すごく心は温かくなって。
紗雪にただいま~って、言った時だったの。
女神さまのお声が聞こえたのは。




