第14話 ”迫る軍勢、ナオの(狂った)計算”
魔導ランプの灯りが、ゆらゆらと、揺らめく。
今夜のキャンプ地として定めた冥府ダンジョン中層を、2階層降りたところで見つけた広場の片隅。ちょうど中心の大きな通路から1本奥まっていて、細い通路が両側に伸びている空間。
下に降りるほど広くなるって言われている、階層型ダンジョン。初めは洞窟型で、降りて行くにつれていろいろな世界が姿を現す。この階層は切り出された大小さまざまな平面の岩で整備された、古代建造物風の内装を、通路でつなぎ合わせた感じね。
「静かだね~」
「です……ね」
時々遠くから、声帯もないはずのボーンハウンド(骸骨犬)の、侘しい遠吠えが聞こえてくるのはお茶目なアクセントね。
群れで襲ってくる上に、狡猾な知能を持った動きをするから、上層の骸骨騎士よりも苦戦したわ。
「ナオ……様、の大剣さばき……かっこよかった、です」
「えへへ~、ありがとうね♪ ただ、何だろうね、膂力と威力はすさまじいのに、速度がちぐはぐっていうか。ちょっとだけ鍛えた普通のか弱い女の子。みたいな?」
えいえいって、座ったまんま、空中にパンチをうってみる。
昔練習したのに、まだなんか、へにゃってしているパンチが、ここ! っていう打点で、ぱーんっ! っていう、割ととんでもない威力の空気の破裂を生む。
「純粋に位階の上昇のみによる強化だからですね」
「紗雪お帰り~。ごめんね、任せちゃって」
「練習……します」
しょぼんとしたルナリス。紗雪の手にあるのは3人分のスープ。
「ルナリスちゃんは、ずっと閉じ込められていたんですから、仕方がないですよ。それにせっかくなので、手料理を食べてほしかったから、問題ないです」
「う~ん、良い匂い。美味しそう♪」
紗雪お手製のマカロニ入りコンソメスープ。魔法のカバンになっているガーターポーチ様々で、持ち込んだたくさんの食糧。ベーコンとかお野菜から、じっくり愛情たっぷりに紗雪が作ってくれたの。
「話を戻しますけれど、位階の上昇による強化は概念としての強化です。生命力、耐久力、速度、器用さ。等々。ナオの場合は見ている限り、力と破壊力に特化して、強化されたみたいですね。後、多少、相応に耐久も上がっていますかね。もし位階の強化が本当に力の出力だけに特化しきって適用されていたら、今頃ナオは自分の生み出す力で、全身筋断裂や粉砕骨折していますよ。ただ、大剣からの反動くらいは抑制されていますけれど、素手で、敵を殴ったりは出来るだけしないように。まず間違いなく身体の強度が持ちません」
「こ、怖いこと言わないでよ~。でも、なるほどね。紗雪詳しいね、私、全然知らなかったよ……見習いしていた時は、あまり戦わないから、位階上昇なんてほとんど起きなかったし」
「魔導人形は製作者の知識を受け継ぎますからね。ナオのお母様が、継承しても良いと思った知識は私に転写されているのですよ」
「ほえ~、すごい」
あれ、っていう事は、紗雪は実質私のママでもある? 私のお人形で、伴侶でママ。何という属性の化身。
最高かな?
「わたくし……も、なにか……属性? を獲得、すべきでしょうか」
「うん、大丈夫だからね? ルナリスは今のままが最高」
それに、ルナリスは既に、お姫様っていう最強の属性が。その上、健気で献身的……。
「はいはい、そろそろ2人は交代で寝てくださいね」
「は~い」
やっぱり、紗雪、ちょっとママみたいかも。小さい頃に……あれ? 何があったんだっけ。
あの頃から、男嫌いというか、男性嫌悪がひどくなったのだけは覚えているのだけれど。
う~ん?
――「ナオ、起きて」
先にルナリスに休んでもらって交代した後。たぶん、まだそれほど経ってないかも? 優しく、柔らかなおててで揺り起こされた私。
「紗雪~どうしたの? もう朝?」
「しー。静かに外を見て」
ん、言われて集中すると、遠くからどやどや、がたがた、音が聞こえる。
曲がり角になってちょうど、大きな通路から私達を隠してくれている所に、ルナリスがそっと向こうを覗いているのが見える。
そんな可愛い後ろ姿に、引っ付くようにぎゅって抱きしめ、覗き込むと。
「嘘でしょ」
幸せな、柔らかい感触なんて吹き飛ぶ、光景が。
各種武装したスケルトン種、猛毒を持ったグール(屍食鬼)が整然と列を作って行進……ううん、行軍している。
その周りを、ボーンハウンドが遊撃隊みたいに小集団に分かれて行ったり来たり。
さらに行列の途中途中には、中身の見えない鎧、ゴーストアーマーや、鉱石が人型になったストーンガーディアン。
他にも数は少ないけれど、たくさんのアンデッドモンスターがやっぱり隊列をつくって行軍している。
東方大陸の言葉、百鬼夜行みたい。
そっと、簡易テントのところまで戻ると、紗雪がお片付けを始めてた。
「ダンジョンブレイクだよね」
「一般的なそれにしては整然としすぎていますね。従来観測されたダンジョンブレイクは、モンスターが押し出されるように無秩序にあふれ出して襲い掛かってきたようです。あれは明らかに秩序と意思をもった、軍隊みたい」
「どうしよう、地上に知らせようにも、上に行く出口はあの先だけだよね」
「少なくとも私達が知っている出口は、そうですね。他にもある可能性はありますが……探す間にすでに地上に出てしまうでしょう。先頭があそこを通過したのは、ほんの数分前です」
冒険者カードの連絡機能も、ダンジョンの中からだと通じないし。
「ナオ……様、ここまで見る限り、モンスター達は脇目も……振らず、上を目指しているようです」
角から戻ってきたルナリス。
「ね、ルナリスの”生命を宿す才能”で分けてもらっているこの身体が死んじゃっても、また復活できる能力。復活するのはその場でになるの?」
「……? はい、それはそう……です。命が失われない……限りは、緩やかな再生が試み……られ。命を失うと、間もな……く、身体が消滅し、再度同じ……場所に新たな身体や持ち物と共に……せいぜい10秒以内……で、現出します」
「あ、持ち物もなんだ。それはありがたいな~。そういえばそうだよね、あの深淵の古竜の空間で、ドレスも元通りだったね」
ルナリスの才能、あまりにすごいから、神様のご加護。使徒としての力なのかな。どんな神様なんだろう。
「ナオ? 何を考えているの?」
「うん。見習いができる事なんてたかが知れてるけどさ? このまま黙って地上に行かせたら、いきなり大軍が押し寄せて、大変なことになるじゃない? きっといっぱい犠牲者も出ちゃう」
「もっと上の階層にいる人たちが発見して、報告していると思いますよ?」
「そうかもしれない。でも、上層にいるのはたいてい私達みたいな見習いか、下級冒険者だから。足止めなんてできないでしょう? その点私は死んでも死なない身体に、ルナリスがしてくれた。だから、ここで、できるだけの足止めと殲滅をするよ」
うん、これはきっと私にしかできない事。
「馬鹿を言わないでください! 結果的に死なかったとしても、死ぬほどつらい事に変わりないんですよ!?」
「絶対……ダメ、です。どうしても、行かれる……なら、わたくしも、お供……します」
「それこそ、だめだよ。ルナリスは復活は出来ても、傷つくところを見たくないし。紗雪が万が一致命傷を負ったら、ママがいない今、治してあげられない。だから、ルナリスは紗雪と一緒に隠れてて。なんだったら別の出口を探してもいいし」
「なぜ……そこまで」
うーん。単にできるからやる。それで少しでも助かる人が増えるなら、やるだけなんだけれど。
そうだね。
「私ね、昔から憧れていた人がいるの。“剣聖”綾様。誰もが”剣神の才能”とか、すごく希少な”第7等級-英雄級”以上の才能を持っていると信じて疑わなかった。でもね? 彼女は、戦いの才能なんて、何も持っていなかったの! 彼女が持っていたのは、たった一つ、”努力の才能”一つだけ。すごくありふれた、せいぜい第2等級の非凡級程度の才能。それが世界の武の頂点に! そうなれる才能はあったかもしれない。でも、たゆまぬ努力が、形を結んだ。すごいと思わない?」
「すごい……ですが」
「それでもナオが無理をする理由には、なってないよ。私達だって、ナオが傷つくところなんて、見たくないのよ!? まして、あんな大軍の真ん中で戦おうだなんて、何百回、何千回、死んじゃうかもわからないでしょ」
泣きそうに、ううん、涙がこぼれちゃってるじゃない、もう。
ぎゅって二人を抱きしめて。
「それでも、やるよ。できる事をしないで後悔なんてしたくない。町の知ってる人が、才能も分からない私を、見捨てないでくれた人達が、一人でも助かるかもしれない。それで十分♪ さ、どんどん通過されちゃう前に、行ってくるね!」
「……わかりました。なら、私はここから一瞬たりとも目を離さず、魔導映写機ですべて記録します。ナオがどれだけ傷つき、どれだけ戦ったか知らしめて、ギルドから骨の髄まで報酬を搾り取ってやりますから……っ! だから、絶対に……絶対に、無事で戻ってきてよ……!」
「わたくし……も、いざとなれば、加勢します」
「あはは、ありがとう。ルナリスはやめておいてね? 遠隔から剣だけを飛ばそうと思っても、歌を歌わないといけないから、ばれちゃうでしょ?」
腕の中のルナリスが、しゅんってしちゃうけれど、本当に少しでも早く始めた方が良いから、ごめんね。
「よいしょ。じゃあまた後でね」
漆黒のドレスの裾を翻し、金と宝石で飾られた巨大な漆黒の片刃大剣を軽々と振り上げ。
さあ、行こうか。
大軍がゆっくりと、整然と、行軍する大きな通路のど真ん中に。
いざ、突貫。




