第12話 ”目覚めの時、人形姫・紗雪”
「なんだか、町がざわざわしてるっていうか。あっちはお祭りでもしてるのかな」
なんだか、闘技祭の時期みたい。ちょうど、闘技場のあたりから爆発音も聞こえるし。
「そう、なの……ですか?」
「そうだよね、ルナリスはわからなくて当然だよね。普段から騒がしいけれど、もうちょっと静かっていうか、秩序があるっていうか。あっちにはね、冥府ダンジョンの入り口と、闘技場がその近くにある隔離区画なんだ」
「爆発が……起きているようですが」
「魔法使いが戦ってるのかもしれないね~」
深淵の古竜の空間と、その後の死にかけての気絶。いろいろあって、あれから結局1週間もたっていたことが分かったの。
ちなみに致命傷は、徐々に傷を逆再生するみたいに治ったらしいよ?
あそこは、闇シンジケート? だかの、闇オークション会場だったらしくて、その捕縛に来た兵士さんや冒険者が私を助け出した時は、心肺停止状態だったらしい。
沈痛な表情で、遺体安置所に連れて行かれそうになるのを、ルナリスが必死に止めてくれているうちに、呼吸が戻ったんだって。
ちなみにこの闇シンジケート。今までは比較的大人しく、貴族とかの後援も受けて、ある程度お目こぼしされる範囲で運営していたんだって。それが、1年くらい前から、今までとは質の桁が違う商品をどこからか山ほど仕入れるようになって。一ヶ月前にはついに、あの深淵の古竜が封印された魔導具を運び込んできたそうよ。冒険者ギルドも衛兵隊に協力していろいろと調べているんだって、ラティさんが教えてくれたの。
「まあ、戦えない……とまではもう言わなくていいのかな~でも、経験も浅いし。まずはとにかくお家に帰って、紗雪に命を吹き込んであげなきゃ」
腕を組んで歩いている私達。興味深そうに、けれど上品に、そっと目線であたりを見ているルナリス。
町はずれにある私の家に向かっているのだけれど。
「あや」
ちょうどわき道から飛び出してきた人影。ルナリスにぶつからないよう、そっと前に出た私とぶつかったのだけれど。
「ごめんね。大丈夫?」
体重も体格も前と変わらないのだけれど、力が異様に強くなった影響で、私は吹き飛ばされず。ぶつかってきた人の方が、尻餅ついちゃった。
建物の日陰、捲れたフード付きマントから覗いたお顔は、
「わぁ……可愛い」
思わずつぶやいちゃうほど、本当に猛烈な可愛さ。
細身の体に、薄紫色のロングヘア―、ぱっちりと大きなアメジスト色の瞳。お耳が長くて、もしかしたらエルフの血を引いてるのかな? 私より多分年下の女の子。エルフだとすると外見と年齢が一致しないから、確証はないけどね?
なんて考えていたら、
「……しゃま?」
「ん?」
よく聞き取れなくて聞き返したのだけれど、女の子はさっと出てきた路地の方をみて。
フードを目深にかぶりなおして、すごい速さで走って行っちゃった。
「ものすごくかわいい子だったね」
「はい……でも、ナオ……様の方が、お可愛い、です」
「えへへ、ありがとう♪ でもルナリスの方がもっと、綺麗で可愛いよ!」
あんなに可愛いのに、もったいないな~。男の視線とか、うっとおしいから、隠してるのかな。
とか考えていたら今度は、
「なあ、おい。ドラゴニュートがここを通らなかったか!?」
息を荒げて、いきなり路地から出てきた男たちに聞かれちゃった。
思わず、すっとルナリスを後ろに隠して睨みつけちゃう。たじろいだ彼ら……よく見たら衛兵さんじゃない。
わ、私は悪くないよね!? いきなり出てきて、荒い息で女の子に大きな声で話しかける方が悪いよね!?
「ううん。鱗とか角みたいな、竜の特徴がある人間種族よね? 見ていないよ」
「そうか……ありがとうな!」
どたばたとまた、走り出す衛兵さん達。さっきの女の子の事は一瞬頭をよぎったけれど、エルフっぽい子だったし。それにあんな白くてすりすりしたくなっちゃう綺麗なお肌。鱗なんてあるわけないじゃない。無関係ね!
――なんて、ちょっとしたハプニングもありながら、やってきました我が家!
小さいけれどお庭付きの、パステルカラーの可愛いお家。
窓も大きな丸窓だったり、屋根もまあるく、全体的に曲線が多用された、お家。
エバンスさん達が残していってくれた家具も、ふかふかのホワイトのソファーとか、可愛い彫刻が入った、お城のお姫様みたいなトーンの家具がいっぱいで、本当に素敵なの。
ルナリスのお部屋を決めて、今はリビングルーム。
いよいよ紗雪に命を吹き込むのよ♪
「この子が……紗雪ちゃん」
「うん。私のママが作ってくれた、魔導人形の女の子。魔核が貴重すぎて手に入らなくてね。ずっと普通のお人形さんとして、一緒にいてもらっていたの」
さあさあ、取り出しましたは、深い闇色の宝玉。元は私のお胸よりも大きい、巨大な魔石だったのだけれど、女神様が聖別して魔核にしてくれた今は、卵の黄身位の大きさの、小さな半透明の宝石になっているわ。
「これに、私の血をちょっとだけ垂らして~」
帰り道に買った、予備用の短剣でちょこんっと。あ、あっという間に傷がふさがっちゃった。これ位ならすぐに治るの、ありがたいな~。
古代魔導人形のオーナー登録の儀式は、ママのお客様がやっているのを小さい頃に何度か見たから、一応知ってるわ。
夕日も沈み始め、ちょうど西日が綺麗な、金色に輝くオレンジ色の光となって窓から差し込む中。
両手で大切に捧げ持った魔核を、紗雪の胸元に近づける。
魔導人形にあらかじめ施された魔術式が起動して、私と紗雪を取り囲む魔法陣が描き出される。
「私の愛と魂を、貴女に捧げます。流れる血潮と名を、貴女の命に変えましょう。『紗雪』。どうか、これからも私と共に生きて。この先もずっと、私の大切な家族でいてくれますか?」
すーっと、捧げ持った魔核が紗雪の胸元に吸い込まれていく。
ひときわ強い輝きを放った魔法陣が、紗雪へと収束し、消える。
ぴくり。
小さな指先が動く。
長い睫毛が揺らめく。
ぱちぱち。
知的な輝きを宿した、ほんのりつり目気味の、ちょっと猫っぽい大きな翡翠色の瞳に光が宿り、瞬きを数回。
とくん
精巧に創られてはいても、どこかまだ、血の通ってはいなかった肌に彩が加わる。
ひんやりと硬質だった頬に、じわりと熱が灯る。
陶磁器の滑らかさが、吸い付くような人肌の柔らかさへと変わっていく。
しゃらり
灰銀色のハーフアップの長い髪が揺れる。
ドレスの裾が揺れる。
「オーナー、オーナー♪」
「紗雪! できれば、名前で呼んで欲しい、かな」
「ナオ。 ナオ! ナオ♪」
「うん、紗雪。やっと貴女に本当に命を宿してあげられた。10年以上も待たせてごめんね?」
窓から差し込む黄金色の光を背に、きらきらと輝いて見える、60㎝のお人形少女。
私の胸に飛び込んでぐりぐりと、頭をこすりつける、かわいいかわいい、ずっと一緒に過ごしてきた人形少女。
「ううん! やっとナオと、本当の意味で一緒に過ごせるのだもの、十分よ!」
あぁ……生きてる。私の紗雪が、温かい。
私達を祝福する、刹那の時の神秘的な光が融け、闇の帳が落ちるまで、抱擁を交わしたのでした。
――「それで、貴女が、ルナリスさんね?」
「はい。ナオ……様、に……お救いいただきました、ルナリス。と、……申します」
「初めまして、私が紗雪。見ての通りのお人形。ナオのお母さまに創られ、ずっと彼女を見守ってきたの」
互いにドレスの裾を両手でつまみ、綺麗なカーテシーでご挨拶。
ルナリスは透ける純白の生地を折り重ねた、清楚さと淫靡さが交錯する。ベールとティアラも相まって、どこかウェディングドレスを彷彿とさせるドレス。
紗雪は今日は薔薇柄の生地をベースに、胸元は白いピンタックを寄せた、ハイウェストに仕上げたロングドレス。パフスリーブや胸元の絞られたところには、小さな巻き薔薇の飾りがあしらわれてるの。
う、なんだか緊張する。なんでだろう。
二人を左右に、私はちょうど真ん中。
「ナオ? 私は貴女のお母さまから、貴女を託されたの。ナオは、どうしたいの?」
「ナオ……様、わたくしは、貴女様……の、ご決定に全て、従います」
ママったら、紗雪にそんな指示を残していたの?
「どうって……?」
「「私達との関係よ(です)」」
なんか二人とも、口をそろえて。え~。
「紗雪は、私とずっと一緒にいて支えてくれた、大切な。うん、私の半身で、一番大切な伴侶だし。ルナリスは、永遠を誓い合った私の……その、こ、恋人? みたいな? それに運命も織り交ざりあった仲でね? やっぱり伴侶として歩んでいきたいなって」
「つまり、2人ともお嫁さんにしたいのね?」
「2人……ともを……望んでくださる、の……でしょうか」
あれ、何か2人とも不安そうな。え、なんで?
私が捨てられちゃうのかなって、ちょっと不安になりかけてたんだけれど。
まさかの2人意気投合して、私をのけ者にしたラブラブライフ。邪魔な私は追い出されて! なんて。
そ、そそそ、その追放はダメだよ!? 私、哀しさで死んじゃうよ!?
「? 当たり前だよね? むしろ私が捨てられちゃうのかなって」
痛いくらいの静寂にリビングルームが包まれる。
あれ、私間違えちゃったのかな。
静寂がつらいよぅ。
「「よかった(です)」」
また声のそろう二人。
「ルナリス……ルナリスちゃんって呼んでいいかしら」
「もちろん……です、紗雪さん」
「じゃあこれから、よろしくね、ルナリスちゃん。ナオは本当に、ほんっとうに、抜けてて鈍感で、わざとなの!? っていうくらいあれな時があるけれど、見捨てないであげてね」
「わたくし……こそ、ご迷惑をおかけ……せぬよう。これからどうぞ、よろしくお願いいたします」
すっと近寄ると、机の上の紗雪と、かがんだルナリスが、両手を胸の前で合わせてニッコリ。
よかった~。私追い出されなくて済むみたい。
「ナオ……様、また、勘違い……なされています」
「あれはもう治らない病気よ。”勘違いの才能”か何かじゃないかと思ってたくらい。と、そういえば、普段の暮らしはこの姿だと、ちょっと不便ね。」
あれ、そういえば紗雪、魔核がない間の事も記憶がある?
なんて思考が逸れている間に、よいしょって、床に飛び降りる紗雪。
危ないよ!? 60㎝しかない彼女には机だって十分に高いのに。
と、見守る私達の前で、魔力、なのかな? 闇色のもやもやに包まれ始める、可愛い私の少女人形。
「まぁ……」
「わぁ」
なんとなんと、黒い靄が、ぶわ~って大きく縦に伸びたかと思ったら。容姿はそのままに、紗雪が私よりちょっと背丈の低い、少女姿に! 身長140㎝くらいかな。
「ふふ~ん。ナオがくれた魔核が、とんでもない性能だったお陰ね。こんな事もできるようになったわ!」
「すごい、すごいすごい! それに、ドレスまで、合わせて大きくなってる」
細い指を絡め合って、おててをにぎにぎ。
「わぁ……お肌すべすべ!」
しゃがみこんでスカートの下から……。
「ナ、ナオ!? ななな、なにしてるの!!」
てへへ~怒られちゃった。でも、あれれ~?
「関節……」
「あ、うん。そうね、人間と同じ? 中はちょっと違うかな。でも、ナオと一緒の外見になったね!」
球体関節人形だった紗雪だけれど、おっきくなって、人間とおんなじ関節になってたの。
ママのこだわりが詰まった、芸術的な球体関節が見えなくなっちゃったのは、ドールマニアとしてほんの少しだけ寂しいけれど……。
ぬぬ~。でもでも、紗雪が嬉しそうだから、いいよね!
最高!!
「お外に行ったり、いろいろなことを一緒にするのに、この姿が便利そうね。その、たまには今までみたいに、ドールの姿でも可愛がって欲しいけれど」
「もちろん! わ~、わ~~嬉しいな。きっとこれも、女神さまのお陰だよね。嬉しいな~ありがたいな~」
その夜は、3人一緒に、私のベッドで寝ました。
大きいベッドで良かった♪




