第9話 氷の下の巨大な都市
研究区画の奥には、巨大な扉があった。
人類側の設備よりも明らかに新しく、腐食も劣化も見られない。表面には文字とも幾何学模様ともつかない刻印が並び、扉の中央には、雄馬が起動したエグザリアと同じ黒い光が脈打っていた。
「この先に何がある?」
「古代構造物の中枢区画に接続していると推定されます」
「開けられるか?」
「あなたの認証があれば、限定的に開放できる可能性があります」
「やってくれ」
雄馬が扉に手を触れると、黒い光が指先から広がった。
次の瞬間、扉の表面に幾何学模様が走る。
重い音はしなかった。
扉は空間そのものへ溶け込むように消え、向こう側に広大な空間が現れた。
「……なんだ、これは」
雄馬は、思わず足を止めた。
そこには、都市があった。
巨大な柱が天井へ伸び、橋のような構造物が空中を横切っている。建物らしきものは幾何学的な形状をしており、直線と曲線が人間の建築とは異なる法則で組み合わされていた。
青白い光が、都市全体を淡く照らしている。
地上には、道路のような線が幾重にも走っていた。その線は建物の内部へ続き、さらに遠くの構造物へつながっている。
街全体が、一つの巨大な機械のようだった。
「これが……氷の下に?」
「はい。ここはエグザリア・ヴォイドの外縁都市区画と推定されます」
「都市だと?誰が住んでいた?」
「記録が不足しています。建築様式、構造材、エネルギー伝達方式はいずれも既知の人類文明と一致しません」
雄馬はゆっくりと歩き出した。
足元の床は透明に近く、下には幾層もの構造物が透けて見える。遥か下方では、青い光が流れる川のように走っていた。
距離感がおかしい。
天井がどこにあるのかも分からない。地上からどれほど深い場所にいるのか、見当もつかなかった。
「この都市は、何万年も前から存在しているのか?」
「構造材の一部は、極めて長期間にわたり安定した状態を維持していると考えられます。正確な年代は判定できません」
「それだけ古いのに、どうして動いている?」
「都市全体がエネルギー供給網に接続されているためと推定されます」
雄馬は立ち止まった。
視界の端に、何かが動いた気がした。
建物の間。青白い光の向こう。
「ノエル。今、何かいたか?」
「周辺を走査しています。生命反応は検出されません」
「生命反応は、か」
ならば、動いたのは機械か。あるいは、光の錯覚か。
雄馬は警戒を強めた。
先ほどの防衛機構を思い出せば、この場所を自由に歩き回っていい保証などない。
都市の中央へ進むにつれて、周囲の構造物は巨大になっていった。
やがて、広大な広場へ出る。
その中央には、塔が立っていた。
塔というより、巨大な結晶のようだった。黒い柱が幾重にも重なり、その内部を青白い光が流れている。根元には円形の台座があり、床面には複雑な紋様が刻まれていた。
雄馬が近づくと、台座が反応した。
光が広がり、空中に立体映像が浮かび上がる。
最初は無数の点だった。
それらが結びつき、球体を形作る。
青い海。白い雲。大陸の輪郭。
地球だった。
「……地球の地図か」
「惑星地形との照合を開始。地球である可能性は極めて高いと判断します」
映像の地球は、ゆっくりと回転していた。
その表面には、細い線が幾重にも走っている。南極、北米、ユーラシア、アフリカ、太平洋の海底。
線は都市や山脈を避けることなく、地球全体を網の目のように覆っていた。
「この線は何だ?」
「空間構造に関連する接続経路と推定されます」
「接続経路?」
「地球上の複数地点が、同一のシステムに接続されている可能性があります」
雄馬は地球の映像を見つめた。
線の一部は、現在の異常領域が発生している場所と重なっているように見えた。
探索者が潜り、怪物を討伐し、未知の資源を回収する場所。
人類はそれを災害と呼び、同時に利益を生む資源として利用してきた。
だが、もしそれらが単独で発生しているのではなく、地球規模のシステムにつながっているのだとしたら。
人間は、何を相手に戦っているのだろう。
「ノエル。異常領域は自然現象じゃないのか?」
「現在のデータでは、自然発生だけでは説明できない共通性が認められます」
「誰かが作ったのか?」
「その可能性は否定できません。しかし、作られたものなのか、封印されたものなのか、あるいは別の目的を持つ機構なのかは不明です」
雄馬は舌打ちした。
答えに近づくほど、分からないことが増えていく。
それでも、今までの情報だけで十分だった。
この施設は、ただの古代遺跡ではない。
地球上の異常領域と、何らかの関係を持つ巨大な装置だ。
そして、その中枢へアクセスできるのは、今のところ自分だけらしい。
その事実が、雄馬には不気味だった。
「俺は、どうして選ばれた?」
誰に聞かせるでもなく、彼は呟いた。
ノエルは答えなかった。
答えられなかったのかもしれない。
そのとき、地球の映像の一部が明滅した。
南極大陸の地下。都市のさらに深い位置。
そこに、巨大な空白が存在していた。
まるで、地球の内部に何かが埋め込まれているかのように。
雄馬が目を凝らすと、空白の輪郭が一瞬だけ赤く光った。
「ノエル。今のは何だ?」
「追加解析が必要です。観測装置への接続を開始します」
塔の内部で、低い振動が始まった。
都市全体が、ゆっくりと目を覚ますようだった。
そして地球の映像は、次の情報を表示するために切り替わろうとしていた。




