第10話 地球を監視する装置
地球の映像が、塔の上空に広がっていた。
青い惑星を取り囲む無数の線。その一つひとつが、地表や海底、そして地下へと伸びている。
雄馬は、台座から数歩離れた場所に立ち、映像を見つめていた。
「ノエル。これは何を監視している?」
「空間状態です。正確には、惑星全域における空間構造の安定性を観測していると考えられます」
「空間の安定性?」
「通常、空間は連続した構造を維持しています。しかし、異常領域では局所的な歪みや接続の変化が発生します。この装置は、それらの変化を検出し、記録しているようです」
「つまり、地球上の異常領域を監視するための装置か」
「その理解で近いと判断します。ただし、監視だけが目的とは限りません」
雄馬は腕を組んだ。
「ほかに何ができる?」
「現時点では断定できません。観測機能に加え、空間接続を調整する機構が組み込まれている可能性があります」
「異常領域を消すこともできるのか?」
「理論上の可能性はあります。しかし、必要な管理権限とエネルギー量は不明です」
雄馬は鼻を鳴らした。
もし、この装置が異常領域を制御できるのなら、国家や研究機関が欲しがる理由も分かる。
異常領域は危険だ。
怪物が出現し、周辺地域を破壊し、時には都市そのものを呑み込む。
一方で、内部から回収される資源は、現代社会を支える重要なエネルギー源でもある。
制御できれば、危険を減らしながら利益を得られる。
だが、制御に失敗すればどうなるのか。
PROJECT WHALERの記録は、研究者たちがその危険を理解しながら、実験を進めていたことを示していた。
「人間がこの装置を動かそうとしたのは、いつだ?」
「記録の照合を続けています。PROJECT WHALERの活動期間と、一部の異常領域の変動時期には関連性が認められます。ただし、因果関係は未確定です」
「六年前の実験が原因だった可能性は?」
「否定できません」
雄馬の胸に、冷たいものが広がった。
六年前。
自分が参加した探索任務。そして、仲間の死。
あの事件が、この施設と関係しているのなら。
自分は何を見て、何を知らされず、誰に罪を着せられたのか。
「ノエル。俺が参加した任務の記録を、もう一度調べろ。場所は日本国内の異常領域。事故の直前、何か変化がなかったか」
「照合を開始します」
地球の映像に、過去の観測データが重ねられた。
無数の線の中から、一つの地点が浮かび上がる。
日本列島の中央付近。
そこには、赤い点が記されていた。
「一致する観測点を検出。該当地点では、六年前に大規模な空間変動が記録されています」
「やっぱりか」
「ただし、観測記録の一部が欠落しています。欠落した期間は、あなたの探索任務と重なります」
「誰かが消したのか?」
「意図的な削除か、システム障害かは判定できません」
雄馬は拳を握った。
自分が罪人として処分されたのは、事故の責任を押しつけられたからだ。
だが、もしあの事故が単なる探索の失敗ではなかったとしたら。
異常領域の変動と、南極の地下施設がつながっていたのなら。
彼を陥れた人間たちは、何を隠そうとしていたのだろう。
「ノエル。この装置は、過去の記録だけじゃなく、今の地球も監視しているんだな?」
「はい。観測機能の一部は現在も稼働しています」
「なら、今の状態を表示しろ」
ノエルが操作を行う。
地球の映像が拡大され、現在の空間状態が表示された。
最初は、静かな地図だった。
赤い点は少数で、いずれも既知の異常領域と一致している。
しかし、数秒後。
一つの赤い点が明滅した。
その隣に、新しい点が現れる。
さらに別の場所で、線が歪んだ。
「……何が起きている?」
「観測データに異常を検出。複数地点で空間構造の変化が発生しています」
地図上の赤い点が増えていく。
北米大陸。ユーラシア大陸。太平洋の海底。南半球の複数地点。
赤い線は、それぞれの点をつなぐように広がっていった。
「新しい異常領域が発生しているのか?」
「既存の異常領域の拡大に加え、新規の空間変動が確認されています。変化の速度は、過去の観測値を上回っています」
「原因は?」
「不明です」
雄馬は、地球の映像から目を離せなかった。
赤い線が増えるたびに、地球を覆う網目が崩れていく。
それは、巨大な何かを閉じ込めていた網が、少しずつ破れているようにも見えた。
「ノエル。これは、止められるのか?」
「現在の権限では、即時の制御は不可能です。より深い管理区画へのアクセスが必要です」
「そこへ行けば、原因が分かるのか」
「保証はできません。しかし、追加情報を得られる可能性はあります」
「なら、行くしかないな」
雄馬は短く答えた。
彼は世界を救いたいわけではない。
国家への忠誠も、正義への信仰も、もう持ち合わせていない。
自分を見捨てた人間たちのために命を懸けるつもりもなかった。
だが、目の前で何かが壊れ始めている。
その原因が自分の過去とつながっているのなら、知らないまま放置することはできなかった。
「ノエル。次の区画への経路を探せ」
「了解しました。管理者候補の認証を利用し、深層区画への経路を検索します」
塔の内部で光が走った。
地球の映像が一瞬だけ消え、代わりに地下施設の立体構造が表示される。
その最深部に、黒い領域があった。
周囲の構造とは異なり、そこだけが観測できない。
ノエルの声が、初めて明確な緊張を帯びた。
「……異常を確認しました」
「何だ?」
「封印システムの状態が、予測よりも悪化しています」
地球の映像が再び現れる。
赤い裂け目は、さらに増えていた。
そして、その中央に警告が浮かび上がる。
『PLANETARY SEAL:INTEGRITY DECLINING』
雄馬は英語の表示を睨んだ。
「封印システム……?」
「はい」
ノエルが静かに告げた。
「封印システムの崩壊が始まっています」
その瞬間、塔の奥から低い音が響いた。
都市全体の光が一斉に明滅する。
まるで、地球のどこかで眠っていた何かが、こちらの目覚めに気づいたかのように。
雄馬は、黒い装甲の残る右腕を見下ろした。
自分は、古代兵器を起動しただけのはずだった。
だが、目を覚ましたのは兵器だけではない。
地球そのものを覆う封印が、今、崩れ始めている。
そして、その先に何が待っているのか。
まだ、誰も知らなかった。




