第11話 管理者候補の条件
地球の映像が消えたあとも、雄馬の耳にはノエルの言葉が残っていた。
『封印システムの崩壊が始まっています』
あの警告が意味するものを、彼はまだ理解できていない。
しかし、理解できないからといって、放置していい問題ではなさそうだった。
「ノエル。さっきの地図をもう一度表示できるか?」
「可能です。ただし、観測装置の負荷が増大しているため、長時間の使用は推奨できません」
「なら、必要な時だけでいい。まずは、俺がここで何をすればいいのか教えろ」
青白い光が集まり、ノエルの姿が現れた。
「深層管理区画へのアクセスには、管理者権限の一部解放が必要です。現在のあなたは、エグザリアの起動者として認識されていますが、施設全体を操作する権限はありません」
「管理者候補というのは、そういう意味か」
「はい。候補者としての適性を確認する必要があります」
「適性?」
雄馬は鼻で笑った。
「試験でも受けろっていうのか。ここは学校じゃないんだぞ」
「その認識は正確ではありません。管理者権限の取得試験は、戦闘能力だけでなく、危険な状況での判断能力を評価するものです」
「断ったら?」
「現在の権限では、深層区画へ進むことができません。また、地上への経路の一部も封鎖されています」
「つまり、受けるしかないわけだ」
「強制ではありません。ただし、あなたの生存確率は低下すると予測されます」
雄馬は額に手を当てた。
目を覚ましたばかりの古代兵器に振り回され、得体の知れないAIに試験を受けろと言われる。数日前まで、自分は国家の命令に従うしかない罪人だった。
状況が変わっただけで、また誰かに選択肢を狭められている。
「一つ確認する。俺が試験に合格したら、何ができるようになる?」
「施設内の限定区域へのアクセス、位相装甲の制御補助、次元刃の出力調整、および一部防衛機構への干渉が可能になる見込みです」
「見込み、か」
「権限解放後に確認します」
「分かった。やるよ。ただし、俺を勝手に実験材料にするな。危険があるなら、事前に説明しろ」
「了解しました。試験中の危険情報は、可能な限り事前に提示します」
その返事を聞いてから、雄馬はノエルについて歩いた。
通路の先には、円形の部屋があった。壁も床も黒い金属で覆われ、中央には半球状の台座が浮かんでいる。
部屋に入ると、背後の扉が閉じた。
『管理者候補、神代雄馬。適性試験を開始します』
機械音声とともに、床に光の線が走った。
「試験内容は?」
「第一試験は、制限区域からの脱出です」
「敵を倒せばいいのか?」
「敵を倒すことは必須条件ではありません。制限時間内に指定地点へ到達してください」
その瞬間、壁面から複数の機械腕が伸びた。
先端には、鈍い光を放つ刃が取り付けられている。腕は不規則に動き、雄馬の進路を塞いだ。
彼は反射的に位相装甲を展開しようとした。
「待ってください。試験区域では、能力の出力が制限されています」
「先に言え!」
黒い装甲は腕の一部にしか現れなかった。
機械腕が振り下ろされる。
雄馬は身をひねり、刃を避けた。二本目が横から迫る。床を滑るようにしてかわしたが、三本目の先端が上着を裂いた。
装甲を使い続ければ、すぐに消耗する。
ならば、避けるしかない。
雄馬は機械腕の動きを観察した。すべてが無作為に動いているわけではない。一本が攻撃した直後、別の一本が必ず通路を塞ぐ。攻撃と封鎖を交互に繰り返している。
敵を倒す必要がないなら、動きを利用できる。
彼はわざと左側へ走った。
機械腕が反応して進路を塞ぐ。その瞬間、雄馬は急停止し、逆方向へ身体を投げ出した。腕同士が交差し、短い衝突音が響く。
空いた通路を駆け抜け、指定地点へ滑り込んだ。
『第一試験、合格』
「なるほど。力押しをするなってことか」
「判断の正確性を確認しました」
第二試験は、複数の標的から一つを選ぶ課題だった。
部屋の中央に、三つの装置が現れる。それぞれ異なる警告を発していた。
『生命維持装置、異常』
『防衛システム、異常』
『管理区画、侵入者検出』
「どれを優先すればいい?」
「あなた自身で判断してください」
雄馬は一瞬、答えに迷った。
生命維持を放置すれば、自分が死ぬかもしれない。防衛システムを放置すれば、施設全体が危険になる。侵入者を放置すれば、何者かが奥へ入り込む可能性がある。
だが、三つすべてに対応する時間はない。
彼は各装置の表示を確かめた。生命維持装置の異常は軽微。防衛システムは休眠中。侵入者検出だけが、警告の数値を急激に上げていた。
「侵入者を優先する」
雄馬が装置に触れた瞬間、残りの二つが消えた。
『第二試験、合格』
「正解だったのか?」
「判断過程を評価しました。単純な正解・不正解だけで判定する試験ではありません」
「面倒な仕組みだな」
第三試験を終えた頃には、雄馬の額に汗が浮かんでいた。
身体の消耗は大きくない。しかし、考え続けること自体が疲労を生んでいた。
そして、最後の扉が開く。
そこには、何もない白い空間が広がっていた。
「これで最後か?」
「最終試験です。準備はよろしいですか?」
「いつでもいい」
雄馬が足を踏み入れる。
白い空間の中央に、人影が現れた。
黒い戦闘服。見慣れた構え。右手には、実体化した次元刃が握られている。
その顔を見た瞬間、雄馬は息を止めた。
自分だった。
しかも、ただ外見が似ているだけではない。視線の動かし方、重心の置き方、敵を見据えるときの癖まで、すべてが同じだった。
『最終試験を開始します』
もう一人の雄馬が、ゆっくりと刃を構える。
その姿は、かつて仲間たちと探索していた頃の自分を思い起こさせた。
まだ仲間を信じ、任務の成功を疑わず、自分の判断が誰かを救うと信じていた頃の自分を。
偽物の口が開く。
「お前は、あのとき本当に正しい判断をしたのか?」
雄馬の表情が凍りついた。
試験は、まだ終わっていなかった。




