第12話 過去の自分を斬る
「お前は、あのとき本当に正しい判断をしたのか?」
白い空間に響いた声は、雄馬自身のものだった。
目の前に立つもう一人の自分。姿形だけでなく、声まで一致している。
違うのは、目の奥にある感情だった。
そこには迷いも、怒りもない。ただ、雄馬が忘れようとしてきた過去だけが映っていた。
「くだらない幻覚だな」
「そう思いたいだけだろう」
偽の雄馬は一歩踏み出した。
「お前は仲間を信じていた。自分の判断を信じていた。だから、異常領域の奥へ進んだ」
「黙れ」
「危険を感じていたのに、進むことを選んだ。撤退を提案した仲間を説得して、任務を続行した」
「黙れと言っている!」
雄馬は次元刃を呼び出した。
黒い光が右手に集まる。刃は形成されたが、その輪郭は不安定だった。呼吸が乱れ、指先に力が入らない。
偽の雄馬は、それを見て笑った。
「結局、お前は何も変わっていない。都合の悪いことを聞けば、相手を斬って黙らせる」
「お前は、俺の過去を知っているつもりか」
「知っているさ。お前が見捨てた仲間の顔もな」
その言葉が、胸の奥をえぐった。
六年前の探索任務。
異常領域の内部で発生した、予想外の空間変動。通信の断絶。崩壊する通路。そして、仲間たちの叫び声。
雄馬は当時、撤退するべきか、奥へ進むべきかを迫られていた。
奥には救助信号があった。
仲間の一人が、まだ生きている可能性があった。
だから、彼は進むことを選んだ。
その判断の結果、別の仲間が命を落とした。
その後、記録は改ざんされ、雄馬は事故の責任を押しつけられた。
だが、彼自身もまた、自分の判断が本当に正しかったのか、答えを出せずにいた。
「俺は……」
言いかけて、雄馬は口を閉じた。
偽の雄馬が踏み込んでくる。
刃が交差した。
激しい衝撃が腕に伝わる。相手の動きは、すべて読めた。自分と同じ癖を持っているのだから、当然だ。
しかし、相手もまた、雄馬の動きを読んでいた。
攻撃を受け流し、反撃する。反撃を避け、さらに踏み込む。
決定打がない。
「どうした?お前の得意な判断力はどこへ行った?」
「うるさい!」
雄馬は装甲を展開し、力任せに押し込んだ。
偽の雄馬は後退したが、すぐに姿勢を立て直した。
「力に頼るのか。お前はいつもそうだ。自分の判断を疑うくらいなら、敵を倒して終わらせようとする」
「黙れ!」
次元刃が振り下ろされる。
偽の雄馬は、それを紙一重でかわした。
刃が床を切り裂き、白い空間に黒い亀裂が走る。
同時に、雄馬の視界が揺れた。
力の使い過ぎだ。
装甲が薄れ、膝が沈む。
「お前は、仲間を信じていたんじゃない」
偽の雄馬が刃を向けた。
「自分の判断を信じたかっただけだ。誰かを救えたなら、自分は正しかったと思えるからな」
雄馬は、反論できなかった。
あのとき、仲間を救いたいと思ったのは本当だ。
だが、自分の判断を疑わなかったのも事実だった。
仲間を守るという言葉の裏で、自分なら正しい選択ができると信じていた。
そして、失敗した。
「……そうかもしれないな」
雄馬は、ゆっくりと立ち上がった。
偽の雄馬が目を細める。
「何?」
「俺は、正しいと思っていた。自分なら何とかできると思っていた。結果として、仲間を失った。その責任から逃げるつもりはない」
次元刃の光が弱まった。
「だが、お前の言うとおりに自分を責め続けても、死んだ仲間は戻らない。俺が冤罪を着せられたことも、真実が消されたことも変わらない」
雄馬は刃を構え直した。
「過去をなかったことにはしない。けど、過去に縛られて、今の判断まで捨てるつもりもない」
偽の雄馬が、再び突進した。
雄馬は迎え撃たなかった。
相手の刃を避け、半歩だけ横へ移動する。偽の雄馬が振り向く瞬間、雄馬は次元刃を短く形成した。
狙ったのは、相手の身体ではない。
足元の床と、その上に立つ幻影の接続点だった。
黒い刃が空間を走る。
偽の雄馬の輪郭が崩れ、光の粒へと変わっていった。
「お前は……本当に、それでいいのか?」
消えかけた幻影が問いかける。
「ああ。正しかったかどうかは、これからの行動で確かめる」
最後の光が消えた。
『最終試験、合格』
白い空間が元の円形の部屋へ戻る。
雄馬はその場に座り込み、荒い呼吸を整えた。
「……精神的な攻撃まで仕掛けてくるとはな」
「過去の記録を用いた判断試験です。実際の記憶を参照し、行動傾向を再現しました」
「趣味が悪い」
「評価対象者の反応を確認するため、必要な内容でした」
「必要なら何をしてもいいってわけじゃないぞ」
「記録しました。今後の試験設計に反映します」
雄馬は呆れた顔をした。
もっとも、あの試験がなければ、自分は過去を見つめ直すこともなかっただろう。
やがて、台座から黒い光が伸び、雄馬の右腕へと接続した。
頭の中に、見たことのない情報が流れ込んでくる。
施設の構造。限定区域の扉。防衛機構の制御方式。位相装甲の出力調整。
すべてを理解したわけではない。それでも、先ほどまでより明確に、エグザリアの力を感じ取れるようになっていた。
「これが、管理者権限の一部か」
「はい。限定管理権限を解放しました。能力の制御補助と、特定区域へのアクセスが可能になります」
「これで正式な管理者になったのか?」
「いいえ。あなたは、依然として管理者候補です」
「……どうしてだ?」
ノエルは、しばらく沈黙した。
そして、これまでとは異なる口調で告げた。
「あなたの権限は、ある人物の判断記録に基づいています」
雄馬は顔を上げた。
「ある人物?」
「はい。あなた自身の記録ではありません」
胸の奥で、何かが音を立てた気がした。
自分が選ばれた理由。
六年前の事件。
エグザリアが認証した意味。
その答えに近づいたはずなのに、謎はさらに深くなっていく。
「ノエル。その人物は誰だ?」
「記録の一部が封鎖されています。現在の権限では、名前を照会できません」
雄馬は拳を握った。
また、権限だ。
だが今度は、諦めるつもりはなかった。
自分の未来を決めた誰かがいるのなら、その人物の正体を突き止める。
そして、なぜ自分が選ばれたのかを知る。
それが、南極から生きて帰るという目的に、新たに加わった。




