第13話 古代文明の警告
管理者権限の一部を得たことで、雄馬が入れる区域は増えた。
だが、施設の最深部へ続く経路は、依然として封鎖されていた。
「ノエル。開けられる扉が増えたのに、核心部分には入れないのか?」
「限定管理権限では、封鎖区画の解除に必要な条件を満たしていません。代わりに、古代記録の一部を閲覧できるようになりました」
「なら、それを見せてくれ」
ノエルは、都市中央の装置へ雄馬を案内した。
巨大な塔の表面に光が走り、壁面が映像へと変化する。そこに浮かび上がったのは、人類の文字とは異なる記号の列だった。
「読めるのか?」
「翻訳機能を起動します。ただし、原文の一部は欠損しており、正確な意味を復元できない箇所があります」
記号が変換され、断片的な文章が表示された。
『観測対象、惑星地球』
『空間遮蔽機構、稼働』
『外部観測からの隠蔽、継続』
雄馬は眉を寄せた。
「隠蔽?誰から地球を隠しているんだ?」
「記録には、観測対象となる存在の名称が残されていません。該当箇所は破損しています」
「地球を監視するだけじゃなく、何かから隠していたのか」
「そのように解釈できます」
次の記録が表示された。
今度は、古代都市らしき場所が映し出される。巨大な構造物の周囲に、無数の光が浮かんでいた。
そこに人間らしき姿は見えない。
代わりに、都市の中央に設置された装置が、惑星を覆う光の膜を作り出していた。
「これは封印システムか?」
「可能性があります。地球の空間構造と、先ほどの観測装置に共通する特徴が見られます」
映像が切り替わった。
惑星を覆う光の膜に、黒い点が現れる。
点は少しずつ大きくなり、光の膜へ接近した。
次の瞬間、映像が激しく乱れた。
『外部反応、検出』
『遮蔽強度、低下』
『接続経路、閉鎖不能』
雄馬は息を呑んだ。
「外部から何かが接近しているのか?」
「映像だけでは、対象の性質を判断できません」
「その後は?」
ノエルが記録を進める。
映像には、崩壊していく都市が映っていた。構造物の一部が光を失い、地面に亀裂が走る。巨大な装置から伸びた光の線が、次々と途切れていった。
『遮蔽維持を優先』
『文明存続率、低下』
『観測対象の保護を継続』
最後の言葉が表示されたあと、映像は途切れた。
雄馬は、しばらく何も言えなかった。
古代文明は、何かから地球を隠そうとしていた。
そして、その試みは成功したのか、それとも失敗したのか。記録だけでは分からない。
「ノエル。地球を隠す必要がある相手って、どんな存在だと思う?」
「判断できません。記録に残る情報が不足しています」
「星を破壊するような存在か?」
「可能性はあります。しかし、対象が物理的な存在であるかどうかも確定していません」
「物理的じゃない?」
「空間構造に干渉する存在であれば、通常の物質とは異なる性質を持つ可能性があります」
雄馬は、腕を組んだ。
相手が何者なのかも分からない。
ただ、古代文明は地球を隠すために巨大なシステムを構築し、長い時間をかけて維持してきたらしい。
そのシステムが今、崩れ始めている。
「封印を直す方法は?」
「一部の記録では、管理者による修復作業が示唆されています。しかし、具体的な手順は欠落しています」
「俺が管理者になれば、修復できるのか?」
「現時点では保証できません」
「またそれか」
雄馬は苦笑した。
だが、ノエルの言葉には、いつもの機械的な応答とは違う慎重さがあった。
知らないことを、知らないと言っている。
それ自体は、信頼する理由になるのかもしれない。
彼は次の記録を開いた。
古代文明の警告が表示される。
『外部存在の接近を確認した場合、遮蔽機構の維持を最優先とせよ』
『管理者は、文明の存続よりも惑星の保護を優先すること』
「文明の存続より、惑星の保護?」
雄馬は眉をひそめた。
「人間を見捨てろという意味か?」
「その可能性があります。ただし、原文の一部が欠損しているため、断定はできません」
「地球を守るためなら、人間を犠牲にしても構わない。そういう考え方か」
雄馬は、胸の奥に不快なものを感じた。
かつての自分なら、そんな判断を受け入れられたかもしれない。
より多くを救うために、少数を切り捨てる。
探索者として、何度も突きつけられてきた選択だ。
だが、今は違う。
誰かが勝手に決めた正義のために、誰かを犠牲にすること。その結果を、すべて正しかったと片づけること。
それがどれほど残酷なのかを、彼は知っている。
「俺が管理者になったら、そんな命令にも従わなきゃならないのか?」
「管理者権限の内容と、あなたが行う判断は別の問題です」
「……そうか」
雄馬は、少しだけ表情を緩めた。
少なくとも、ノエルは命令に従えとは言わなかった。
さらに記録を進めると、最後の警告が現れた。
文字は赤く点滅し、翻訳結果の大部分が欠落している。
『封印システムが破られた場合――』
『管理者は――』
その先が乱れた。
ノエルが復元処理を続ける。
数秒後、文字列が完成した。
『封印が破られた場合、管理者は地球を放棄せよ』
雄馬は、思わず笑った。
笑うしかなかった。
「地球を放棄しろ、だと?」
「原文の翻訳結果は、そのようになっています」
「ここまで大がかりな装置を作っておいて、最後は地球を捨てろっていうのか」
「警告が想定する状況は不明です。地球を放棄することが、必ずしも人類を見捨てることと同義とは限りません」
「……そうだな」
まだ、答えを出すには早い。
だが、ひとつだけ確かなことがあった。
この施設の設計者たちは、地球を守ることができない事態まで想定していたのだ。
そのとき、遠くで警報が鳴った。
『警告。異常空間反応を検出』
ノエルの表情が引き締まる。
「施設内に空間変動が発生しています。発生地点は、外縁都市区画です」
「防衛システムの誤作動か?」
「その可能性は低いと判断します」
通路の奥で、空気が歪んだ。
黒い裂け目が、ゆっくりと広がり始めていた。
その向こう側から、何かがこちらを覗いていた。




